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第18話 凱旋

第18話で一旦一区切りですね

第19話からは19時更新になります!

「え、衛生兵にでもなったつもりですの?」


 カレンは倒れたまま這いずるように後ずさりした。

 しかしリグという足を失った彼女に、もはや逃げ場は残されていなかった。リリスは抵抗する術を失ったカレンの腹部へ腰を下ろした。


「……っ、がはっ!な、なにを……ッ!」


 リリスの体重が容赦なくカレンの体を圧迫し、肺から空気を抜いていく。リリスはカレンの両手首を組み伏せると、さらに体重を預け、彼女の体から空気を絞り出していった。


 馬乗りになったリリスの太ももがカレンの脇腹を強く締め上げる。リリスが動くたび、カレンがもがくたびにボディースーツが擦れる音と、彼女の浅い喘ぎが重なった。


「苦しい?肺が潰れそうで、体の末端から痺れていくこの感じ、これが死の感触だよカレン。見ているのと全然違うでしょ?」


 リリスは上半身を沈め、胸元が重なり合うほど密着し、カレンに顔を近づけた。薄くしなやかなボディースーツ越しでも伝わる体温、お互いの激しい鼓動ががリリスを興奮へ誘う。


 カレンが必死に逃げようと腰を振ると、リリスはさらに腰を深く沈め、逃げ場を塞ぐように太ももの締めつけを強めた。


「ひっ……おねが、やめっ……」


 酸素を求めて喘ぐカレンの唇に、リリスは冷たい指先を押し当てた。首筋をなぞり、カレンの瞳が恐怖で濁るのを冷徹に見つめる。カレンのプライドが、恐怖と重圧によって音を立てて崩壊していく。


「もっと深く、色んなことを教えてあげようか?」


 カレンが首を振って拒絶しようとするが、リリスは空いた手で彼女の顎を掴むと強引に固定した。リリスの指先の硬い感触が、カレンの頬に食い込む。リリスはさらに体重を腹部に集中させ、カレンが苦しげに体を反らせるのを楽しむかのように目を細める。


「んんっ……?!」


 リリスはカレンの顔を両手で抑えると、そのままキスをした。

 カレンはパニックに陥り、拘束された手足を必死にばたつかせて抵抗した。リリスの体を押し返そうともがいたが、二人の体格差と実践で鍛え上げられた筋肉がそれを許さない。リリスはカレンの抵抗を受け止め、なおも唇を付ける。


 三十秒、一分、カレンにとっては永劫のような時間が流れた。

 激しかった抵抗は次第に弱々しい痙攣へと変わり、やがて末端から力が抜けていく。彼女の瞳から光が消え、ぐったりと地べたに伸びた。

 リリスはゆっくりと唇を離すと、自身の口元を手の甲で拭った。


「ふうっ……教育終わり、いい夢見てね」


 * * * * *


「っ……この……しぶとい女!」


 アイリスの叫び声が銃声の合間に響く。

 テセウスマーチが火を吹き、ベティが構える盾を激しく叩く。既に盾の表面は完全な青に染まり、もはや光学迷彩は意味を成していなかった。市街地に不自然に映る一点の青が酷く目立ち、ベティは危機感を募らせていた。


「はっはっ!いいねぇその焦った顔、もう弾丸も銃身も僅かだろ?」


 ベティは次第に距離を詰める。お互いが前衛の重火器だと決定打に欠ける。特に、訓練用のペイント弾だと尚更だ。一世紀以上前の塹壕戦のように泥沼化し、ひたすら消耗し、疲弊していくのみだった。


「や、お待たせ。ベティ」

「……リリス!」


 ベティの背後、路地の暗がりからリリスが姿を現した。アイリスは彼女を戦慄した様子で見つめる。


「おのれ……まずはお前からだ!」


「ベティ、あとは私が片付けるよ」

「ストレス発散はした?」

「いや、次で終わり」


 ベティが笑う。リリスは手にしたライフルを棍棒のように構え、勢いよく走り出す。

 同時にアイリスは、テセウスマーチの残弾を全て撃ち出した。

 ベティは青く染まった盾を迷わず投げた。さながらフリスビーを投げるように、勢いよく振り回して飛ばす。視界を遮る盾に、アイリスの狙いが一瞬逸れた。


「リリス!」

「助かった!」


 盾の陰から、リリスの体が飛び出た。刺さった盾を軸に繰り出したローキックがアイリスの膝に当たる。体勢を崩したアイリスが悲鳴をあげる。膝をついたアイリスの視界に映ったのは、肉薄するリリスの瞳と、ゼロ距離で突きつけられた銃口だった。


「や、やめ──」


 アイリスが倒れた。

 試合終了の文字が大きく表示され、ホログラムが消えていった。



「いやはや見事だったリリス一等兵、ベティ軍曹」


 控え室の前でマクスウェルが拍手をしながら言う。リリスたちは大佐の階級章を見ると、メンテナンスをしていた手を止め、敬礼をした。マクスウェルが手を軽く振るとリリスたちは作業を再開した。


「実に素晴らしいものを見せてもらった。見事な余興だったよ」

「身に余る光栄です。大佐」


 二人は頭を下げる。


「録画を見せてもらったぞサラ大尉、魔弾の射手の渾名は伊達じゃなかったな。まさかペイント弾であの距離を狙撃するとは」

「光栄です。ですが、少しばかり腕が鈍っていたようで。すぐ撃墜されてしまいました」


 マクスウェルは柔らかい笑みを浮かべていたが、同時にリリスに厳しい視線を向ける。リリスの体についたペイントの跡を見ながら、周りに聞こえないようリリスに耳打ちした。


「ところでリリス一等兵……カレン少尉への特別講義、あれは少々刺激が強すぎたんじゃないか?彼女、まだ医務室でうなされているそうだ」


 リリスの手が震えた。

 カレンの痙攣の感触、それがまだ手のひらに残っているようだった。


「……実戦の厳しさを教えるのが私の役目だと感じました。実力はあっても、あのように甘えを見せていては、いずれ死にます」

「確かに、恐怖を知らぬまま戦場に立つのは、残酷すぎるかもしれんな」


 マクスウェルはそういうと、リリスの肩に軽く手を置いた。


「しかし……なんだ。次はもう少し手加減してあげなさい。色々見られているからね」


「善処します。大佐」


 リリスは機械的に答えた。

 エリートとして教育され、自らを無敵と勘違いしたカレン。彼女にとって、リリスがした屈辱的な行為は世界の崩壊に等しかっただろう。

 リリスは黙って大佐の言葉に耳を傾けていた。


 言い終えると、マクスウェルは足早に去っていった。その背中を見送りながら、リリスは自分の右手をじっと見つめた。冷たさの残る手が、妙に嫌らしく感じたようだった。


(エレンにも……見られてたのかな)


 リリスはエレンの顔を思い浮かべた。ドームの中からモニター室の様子を見ることは出来ない。一挙一動がエレンに見られていたかもしれない。リリスは小さく「最悪」と呟いた。

 サラやベティよりも整備を早く済ませ、一人足早に控え室から出た。


 しばらく下を向き、負のオーラを出しながら廊下を足早に駆ける。


「……ちゃんと前見て歩けっ……て、エレン?」


 曲がり角でエレンにぶつかると、リリスは素っ頓狂な声を出した。慌てて言葉を訂正し、いつも通りの笑顔を見せた。しかし今日はどこかぎこちなく、不自然な笑顔だった。


「り、リリスさん!お疲れ様でした!」


 リリスの気迫に一瞬押されていたエレンは声を振り絞る。


「ああ、うん。お疲れ様……見てたんだよね、さっきの試合」


 リリスの笑顔は砂の城のように、今にも崩れそうだった。いつもは凛として、エレンに強い自分を見せていた彼女だったが、今だけはただ心の弱い凡人になってしまいそうだった。

 リリスは未だに震えていた自分の手を後ろに回し、指先を握りしめた。


「本当は……あんなことやるつもりじゃなかったんだけど、つい……カッとなっちゃったというか」


 言い訳めいた言葉が口から零れる。

 ふと、リリスは最悪の想像をした。自分がエレンを締め上げている様子だった。細い首を折ってしまうようや力で、苦しみに悶えるエレンの足を押さえつけ、強姦魔のように体にのしかかる。


「……怖かったよね。私らしくなかったし」


 リリスは自嘲気味に呟き、エレンの顔を見ることなく歩き出そうとした。このままだと自分がどうにでもなってしまいそうだ、と本能的に感じた。傷ついてしまう前に、この場を去ってしまいたい。


「え……?怖かったですか?」


 エレンは不思議そうに首を傾げる。拍子抜けした声と、真っ直ぐな濁りのない瞳を向けられて、リリスは立ち尽くした。


「どこも怖かったところなんてなかった気がするんですけど……あ!そういえば、ベティさんとアイリスさんが戦うところ、すっごくかっこよくて!」

「え……あ、ああ……そうなの、かっこよかった……かも」


 リリスは声を漏らし、呆然とエレンを見つめる。

 エレンが興奮気味に語った。ベティとアイリス、重装備の二人がぶつかり合い、汗と火花を散らした激戦の様子。今までに見た事のないような戦闘に、未だエレンは興奮が収まらないようだった。


 見られていなかった。

 画面の主役がベティたちに変わっていたおかげで、エレンはリリスの裏の顔を、恐ろしい本質を知らずに済んだのだ。


「そうなんですよ!いつも訓練の話しか聞いたことなくて、心臓が止まっちゃうかと思いました!あ、もちろんリリスさんが最後、アイリスさんの背後を取ったところもスマートでとってもかっこよかったです!」


「スマート……ふふっ、そう見えたのなら……よかった」


 リリスは安堵したため息をつく。

 冷たい汗が背中を伝い、流れ落ちていた。まだエレンにとって、リリスは今も変わらずスマートな先輩だった。自分の醜い執念や、獲物を踏みつけるときの快楽を知られずにすんだのだ。


 ぎこちなかった笑顔が、ようやく自然に緩んだ。リリスは背中で握っていた拳を解くと、エレンの髪にそっと手を伸ばした。


「ありがとう……エレン。なんだか、あなたと話してると安心するよ」

「えへへ……大袈裟ですよリリスさん。でも……やっぱり顔色が少し悪い気がします。やっぱり無理してました?」


 エレンが心配そうに顔を覗き込む。

 彼女の優しさがリリスの胸に深く突き刺さる。


「大丈夫……帰ろうか。せっかくここまで来たんだし、サラにご飯奢って貰わなきゃね」

エリヤ・カレリン少佐(26)

アイリス・ベルモンド中尉(24)

ニーナ・ワイズ少尉(22)

カレン・ボルテックス准尉(19)

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