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第16話 模擬戦─②

 電子音がドームに鳴り響くと同時に、全員がリグのブースター吹かす。

 ベティが前線に立つために全速力で走り、サラは高台を目指すため足場になりそうな場所を見つけると縦横無尽に駆け回る。リリスは遮蔽物を利用しながらパエトーンと距離を縮める。


 アリアドネがアスファルトを蹴って走るのに対して、カレンの動きは異質だった。彼女は僅かに前傾姿勢を取ると、スーツの背面に付けられた高出力ブースターが猛烈な勢いで青白いプラズマの火を吹いた。


「行きますわよ……!」


 最新式のリグが可能にするホバー移動。摩擦を無視して走りはまさに弾丸。カレンが複雑な建物を滑るように、それでいて物理法則を無視したような速度でリリスたちとの距離を縮める。

 風を切り裂くような音が響く。


 リリスの視界の中で、カレンの姿が瞬く間に大きくなる。


「っ……速い!」


 リリスは銃を構え、狙う余裕すら与えられない。カレンは最高速度を維持したままブースターの噴射を瞬時に切り替え、建物の壁を蹴り、跳弾するような軌道で銃を構える。

 一瞬遅れてレンガが砕け、ガラスが弾け飛ぶ。


 やたらめったらリリスはペイント弾を乱射する。

 しかしカレンの狙いは最初からリリスではなかった。リリスの頭上を飛び越えると、狙撃ポイントに片膝を立ててライフルを構えるサラに銃を向ける。


「まずは、目障りな貴女から退場ですわ!」


 カレンはアスファルトの上を滑走し、目を見開いたサラの懐へ一気に飛び込む。サラにとってこの速度は未知の領域だった。セミオートの狙撃銃の弾幕だとこの速度を捉えるのは至難の業だ。


 刹那、カレンは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ホバーの慣性全てを華奢な足に乗せ、鞭のように振った。


「サラ!!」


 リリスの叫び声がこだまする。

 カレンの蹴りがサラの腹部を捉えようとした瞬間、二人の間に巨大な壁が割り込む。耳を劈くような金属音が建物の谷間を打ち付ける。


「いきなり狙撃を落とすのは無理だろ、お嬢様!」


 地響きと共に突き立てられたのはベティの盾だった。

 カレンの蹴りは盾の表面を滑り、激しく火花が散る。衝撃をまともに食らったベティだったが、一歩も引かずにむしろ至近距離で銃撃を浴びせた。

 盾の裏側から放たれたプロメテウスの豪雨。本来であれば回避不可能な攻撃だったが、カレンはブースターを異常な角度で噴射させ、ほとんど物理法則を無視したような動きで、弾幕を紙一重で避けきった。


「ちっ……二対一だと分が悪いですわ!」


 体勢を整え、再びホバーで距離を取る。腰のホルスターから二丁のP-09「セラム・バイター」オートマチックピストルを取り出す。


「ですが、数的優位がいつまでも続くと思わないことですわね!」


 カレンの言葉と共に、ビルの向こうから無数の弾が放たれた。放物線を描きながら飛んだくる弾は、流星群のようにリリスたちに降りかかり、回避しようとしたところをカレンダーに銃撃される。

 隙のない二段構えだ。


 模擬戦のルール上、ペイント弾がセンサーに触れればダメージが入り、体力が無くなるとその時点で脱落とみなされる。しかしカレンはあえてダメージの低い体の端を狙い、ジワジワとアリアドネを追い詰める。

 今度はリリスの頭上を飛び越え、アクロバティックな乱射を浴びせた。


「あはっ!逃げ惑いなさい!スーツが色とりどりに染まっていく様は、さぞかし滑稽でしょうね!」


 カレンが楽しげに空中を飛び回る。その間にも絶えず弾幕が張られ、リリスは動けなかった。下手に顔を出せば狙撃されるか、全身にペイント弾を浴びるかの二択だ。


 だが、その弾幕の中で、サラだけは動かなかった。

 呼吸を忘れてしまうほどの集中力が、加速によって歪むカレンの軌道を捉えていた。コンマ一秒の動きを分析し、動きの癖を読み取る。狙いを定め、引き金を引くまでの間、サラは無限の時が過ぎていくようだった。


(旋回するコンマ五秒前、排熱口のスリットが僅かに動く……そこね)


 乾いた銃声が一つ。


 縦横無尽に跳ね回っていたカレンの体が不自然にのけぞった。彼女のバイザー、顔で言うと眉間には、鮮やかな青いインクが弾けていた。


「……えっ?」


 リグが強制的に停止し、ブースターの火が消える。機動力を失った彼女の体は、慣性に逆らえずアスファルトの上を無様に転がる。


 カレンの体力ゲージは、今の一発でゼロまで削られていた。


「やった……!」


 ベティが歓声をあげる。その瞳には、かつて戦場で何度も窮地を救った頼もしい戦友の背中が重なっていた。


「魔弾の射手が帰ってきた!」


 一方、転がった勢いのまま動けずにいたカレンは、信じられないといった様子でバイザーに触れる。指先にねっとりと絡みついた青のインク。それは自分が格下だと思っていた相手から見事にキルを取られた屈辱の証だった。


「アイリス様……エリヤ様……どうか仇を取ってくださいまし……」


 カレンの声に呼応するように、エリヤが飛び出した。カレンという速攻火力を失ったことで、パエトーンの槍はさらに鋭さを増した。


「カレン、あとは私たちに任せなさい!」


 アイリスの声が地響きと共に響く。巨大なシールドを押し出し、壁となってベティに突進する。リグが猛烈な熱を帯び、盾がアスファルトを削る。

 ベティが突進を正面から抑えるため、同じように構えた。


 盾と盾がぶつかった刹那、火花が散りホコリが舞う。ベティの体が後方に押し込まれ、思った以上の出力に困惑した表情を見せる。


「ベティそのまま耐えて!」


 リリスが地面を蹴る。彼女はストックを密着させ、アイリスの隙を見つけては撃ち抜く。重装甲の隙間、シールドの端から覗く体を狙い撃ち、アイリスのバイザー付近を赤くペイントで染め上げる。


「目障りね……」


 アイリスは残った腕で機関銃を乱射し、リリスを牽制する。瓦礫を飛び越え、壁を蹴り、驚異的な反射神経で機関銃の弾幕を回避した。

 リリスの挑発によりベティはなんとかアイリスに押しつぶされることなく、体勢を立て直すことが出来た。


 勝機は見えていた。このまま弾幕を掻い潜り、リロードする隙を狙う。アイリスが使っている機関銃はU-56「テセウスマーチ」だ。ベルト給弾のためその気になれば無限に弾丸を撃てるが、銃身のオーバーヒートを防ぐため二百発で止めるようになっている。

 既に一度リロードを挟み、恐らく残弾数は百二十程度だ。あと十秒も撃てば再びリロードに入るだろう。そのタイミングでサラがトリガーを引く。サラは狙撃ポイントに座ると、準備を整えた。


 勝利への確信が慢心へと変わった瞬間だった。

 上空、時計塔の陰から一筋の光が走り抜けた。


「サラ──!」


 リリスの叫び声が虚しく響いた。

 サラの首からは赤いペイント弾が流れていた。致命傷を食らい、バイザーに表示された体力が凄まじい速度で減っている。首元を真っ赤に染めた彼女は、苦しげに顔を歪めるとその場に倒れた。

 サラが崩れ落ちると同時に、全員の視界に赤く「脱落」の文字が映って消えた。


「……一人やった。アイリス、次はリリスを抑えるぞ。奴を落としたらあとは足の遅いベティだけだ」

『了解、挟むか?』

「いや……袋小路に追い込もう」


 アイリスは「了解」と短く応じると、機関銃に弾を込める。


「ベティ離れて!私がエリヤを落とす!」


 リリスは弾丸の雨をくぐり抜け、複雑に入り組んだ路地に入る。この狭い空間であれば大型の銃をいなせる。高さのある壁に囲まれ、上空からの奇襲は難しい。リリスはほくそ笑む。


「逃げているつもり……?無駄だけどね」


 エリヤはスコープを覗き込み、トリガーに指をかけた。

 ドームの中に構築された街並みは、彼女の故郷だ。リリスがどこで角を曲がり、どの障害物に身を隠すかは、手に取るようにわかる。

 リリスは狙撃を避けるために高い建物を選んでいたが、むしろそれはエリヤにとって好都合だった。


「広場に出た瞬間……それが貴女の最後よ」


 リリスが狭い路地の突き当たり、視界が開けた広場へと出ようとしたその瞬間。エリヤの指が吸い付くようにトリガーを引き絞る。弾丸がリリスを目指して一直線に飛ぶ。

 リリスは何かを察したように勢いよく振り向く。

 その瞳に、死神が映った。


「──っ!」


 リリスの体が仰け反り、アスファルトの上を転がる。首元には鮮血のように赤い飛沫が付き、彼女はそのまま力なく倒れた。

わっ!!


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