女神に追放された女神
「――まぁ、経緯はどうあれ、ボクはこともあろうに最愛の妹であるサラちゃんの恋人をお星様にしちゃったもんだから、さあ大変。最初は全部しらばっくれるつもりで、とりあえず凶器の剣は君たちの住む下界の適当な地下神殿に封印して何食わぬ顔で過ごしてたんだけど、結局サラちゃんの取り巻きのひとりが、ボクたちがふたりで会ってるとこをバッチリ目撃しちゃってて……それ知ったサラちゃんは当然すんごい顔してボクのこと問い詰めに来て……まっ、あとはご想像のとおりって感じだね」
女神セラはそう言うと、頭の後ろに手を組んで「てへっ」と苦笑してみせた。
「最初に原因を作ったのは、その不埒な男神の方だろう? 殺しの事実は消えないにせよ、せめて言い訳くらいは聞いてくれたのではないか?」
「いやぁ……そんなの言えないよ。だってさ――」
女神セラは少し言いづらそうに頬を掻く。
「信じてた恋人に裏切られたなんて知ったら、サラちゃんすっごく傷ついちゃうもん」
「お姉ちゃんとしてそれはちょっと、ねぇ?」と眉尻を下げる幼い顔つきの中に、ヒューガは女神としての慈愛を垣間見た気がした。
「では、お前は妹の尊厳を守るためだけに、なんの抗弁もせず黙秘を貫いたとでもいうのか?」
「まあね。おかげで、サラちゃんの彼氏に粉かけたけど相手にされなかったから逆恨みでぶっ殺した極悪女神ってことになっちゃったけど。……ま、状況証拠的には妥当な筋書きかな。いやぁ、おっかない女神さまもいたもんだよねぇ?」
とんでもない冤罪だというのに、当の女神はあっけらかんとした顔で言ってのける。
「……それで、結局その後はどうなったんだ?」
「まぁ当然の流れというか、神界の裁きにかけられたんだけど、ボクが完全黙秘したからサラちゃんの言い分が全面的に通って同族殺しの罪で魂の凍結が決定。刑の執行は間接的な被害者であるサラちゃんに委ねられたんだけど……まぁ、サラちゃんにも慈悲の心はあったってことかな」
どこか懐かしむような顔で、女神は夜空を見上げた。
「……慈悲?」
「魂の凍結って要は永久的な封印処置のことで、神界での最高刑なんだよ。当然意識も凍っちゃうし、人の世界で言う死刑と一緒。……なんだけど、サラちゃんってば、ボクを封印するフリして神核だけ抜き取って、神としての権能を全部失ったボクを《箱庭》――つまり君たちの住む下界にポイして閉じ込めちゃったんだよね」
「……それは慈悲と言えるのか? 随分な仕打ちだと思うが」
「サラちゃんってば『姉さまには、これから永遠に人の世を這いずり回る、魂の凍結よりも惨めな一生を送っていただきます』なんて言ってたけど、本当は封印しちゃうともう絶対に会えないしお話しもできなくなっちゃって寂しいもんだから、どうにかそれだけは避けようとしてくれたんだよね。結構カワイイとこあると思わない? ボクの妹」
――いや、まったく思わん。
むしろ今まで聞いてきた女神サラの情報を総括するに、言葉どおり死よりも惨めな思いをさせたくて敢えて下界に突き落としたとしか思えない。
薄々感じていたが、姉の方の女神は少々お人好しが過ぎるのではないか。ヒューガはこの小さな女神のことが段々心配になってきた。
「……と、とりあえず、神の力を失って我々の世界に閉じ込められてしまったということは理解した。ということは、つまり今までずっと人知れず私の住む世界を彷徨い続けていたのか?」
「サラちゃん的には常に目の届く自分の《箱庭》にずっと閉じ込めておきたかったんだろうけど、その時のボクはなんだかんだで神核抜かれて神さまの力取られちゃったことにはそれなりにムカついててさ……。ちょっと愛しの妹を困らせてやろうと思って、昔サラちゃんに内緒でこっそり《箱庭》の中に造ったポータルで他の神の《箱庭》に転移しちゃったんだよね」
「――ちょっと待て、そのポータルというのはなんだ? 今、たしかに転移と言ったな!?」
ヒューガの頭に浮かんだのは、アシュリーゼを異界に逃がすために起動した、あの古代文明の遺産とされる魔法陣型の転移装置。
「ポータルっていうのは、ボクが発明した別の神の管理する《箱庭》に転移するための装置のことだよ。ボクお散歩が趣味でさ、自分の《箱庭》眺めてるだけより、いろんな神の《箱庭》にこっそり忍び込んで冒険する方がずっと好きだったんだよね」
――やはり! あの装置は古代の超文明が築いた遺産などではなかったということか……。
「なぜ神であるお前が、わざわざ下界なんかに降りてきて冒険をしたがる?」
「だって上から覗き込んでるだけより、実際に飛び込んでそこに住んでる人たちと同じ目線で世界を感じてみた方がずっと楽しいじゃん。だからボク、《箱庭》って言い方も実はあんまり好きじゃないんだよね。中に入っちゃえば、むしろ神界よりずっとずっと複雑ですごい世界が広がってるんだもん!」
小さな女神は目をキラキラさせて当然のように言い切った。
「……お前、だいぶ変わり者の神と言われたりしていなかったか?」
「ホントに失礼だな、君はっ! ……って言いたいとこだけど、実際神界でもまぁまぁ変なヤツ扱いされてたのは事実かな。まっ、それでもこの超絶キュートフェイスに魅惑の曲線美、そしてなんてったって抜群の愛嬌をもってすれば、むしろサラちゃんよりもモテモテだったりしたのだよ、これが」
――魅惑の……曲線美?
非常に愛らしい顔立ちも、感情豊かで少なくとも妹の方よりは断然親しみやすそうな性格なのも認めるところだが、現状の姿が姿だけにその一点だけは疑問を差し挟まざるを得なかった。
「――で、話を戻すワケだけど。ポータルで別の《箱庭》に転移してサラちゃんを出し抜けたのはいいんだけど……」
「何か問題でもあったのか?」
「それが……ポータルって片道切符で行き先も完全にランダムな設計なんだよ。だから、神力を失って自力じゃ神界に戻れないの忘れたまま転移先の世界に閉じ込められちゃって、サラちゃんの《箱庭》に帰りたくても帰れなくなっちゃった」
「失礼ついでに言わせてもらう。……お前はアホなのか? なぜそんな設計にした!?」
いくら力を失ったとはいえ、下界で迷子になる創造神の話など聞きたくなかった。
「うぐっ……だ、だって行き先わかんない方が毎回ワクワクドキドキできるかなぁって。昔はいざとなればどこからでも一瞬で神界に戻れたから、そういうの深く考えてなかったんだよぉ……」
まるでイタズラに失敗して半ベソの子どもを窘めるような気分だ。
「……では、その転移した先の世界で今度こそ隠遁生活を送っていたというのか?」
「んー……まぁ、そんな感じかな……? 見た目はこのとおり人間の女の子そのものなのに、何年経っても身体はまったく成長しないし、そもそも寿命なんて概念もなくて無限に生きられちゃうから、人間じゃないってバレないように定期的に住むところを転々とする必要はあったけどね」
――? 微妙にはぐらかされたような気がするが……。
「そんなことより、だよ。サラちゃんの趣味全開なこの懐かしい空間、どう見たってボクたち双子の《領域》だよね? 肝心のサラちゃんはどこ? ……ってゆーか、今さらだけど、君はだぁれ? なんで神界に人間の騎士くんがいるのさ?」
――そんなものは私が一番教えてほしいのだが……。
ヒューガは急にどっと疲労感が溢れてきて、大きくため息をついた。
「さてな……私にもわからん。先ほど、女神を騙る妖しい悪魔ならばこの手で斬ったところだが」
「……え? 悪魔を斬ったぁ!?」
「ああ、美しい姿と甘い言葉で私を惑わそうとする狡猾な悪魔だった」
「えーっと……一応確認。その悪魔ってさ、ちょうどボクとおんなじキラッキラの鮮やか~な金色の髪で、超絶美人のナイスバディなお姉さんだったりしなかった?」
「……ああ。悪魔に讃辞を送るのは心底不本意だが、女神を名乗られて最初は私も騙されたほどだ。おまけに口の利き方まで我々の想像する女神然としていた。……だが、言葉の端々に滲む押しつけがましい独善性は、やはり悪魔の本性を隠し切れていなかったようだな」
「んー……? ――あー…………うん、わかった。騎士くん、それたぶん〝やっちゃった〟ね」
女神セラは額に手を当て、頭痛を催したような仕草で言った。
「何をだ?」
「君が斬ったっていうその悪魔ね、正真正銘 《天空の女神》サラちゃんだよ……」
非常に困ったような声で、《天空の女神》の片割れは告げる。
「………………はぁ?」
ヒューガにとって人生最大の間抜け声は早くも更新されることとなり、女神の《領域》にはとても気まずい沈黙が流れた。




