痴情のもつれ
「ひどいよ、サラちゃん! お姉ちゃんさすがに怒るよっ!?」
神話の顛末を聞かされた《魔神》は、今度は甚だ心外と言わんばかりにがなった。
精一杯怒りを露わにしているのだろうが、幼い顔立ちとかわいらしい声も相まって子どもの癇癪にしか見えない。
「真実ではないのか……?」
「ぜんぜん違……わなくもないというか部分的に正しいというか……微妙に事実ベースなのに都合よく脚色されてて、信じちゃってる人に説明する時すっごくめんどくさい感じとかサラちゃんの性格の悪さ全開で逆に感心しちゃうけど! でもでも、やっぱぜんぜん違うったら違うのっ!!」
――はっきりしろ! 結局どちらだというんだ!?
そもそも、この娘は本当に女神の作り出した《魔神》の幻影なのだろうか?
自分の作り出した姉の幻に名指しで「性格が悪い」と揶揄される女神の胸中など、欠片も察したくはない。
「その……お前は、本当に《魔神》――ではなく、本物の女神セラだというのか? 女神サラが生み出した幻影などではなく……?」
よほど嫌なのか《魔神》の単語に目ざとく「むぅ」と唸られ、慌てて言い直す。
「正真正銘、本当のホンモノだよっ! いいかい? 勝手にボクを《魔神》なんかに仕立て上げたサラちゃんが、こーんなカワイイ女の子の姿でボクのニセモノなんか用意してくれると思う? ぜーったいありえないよ! もっと不気味で恐ろしい怪物みたいなヤツをでっち上げて、それこそがボクの真の姿だったのだー! ってことにしちゃうに決まってんじゃん」
さらりと自分をかわいいと言い切り、またしても女神サラの品性に疑念を抱かせる一言が飛び出す。
ああ、これはきっと本物なのだ。そんな馬鹿げた理由で確信したくなどなかったが。
「わかった、とりあえず本物だというのは信じる。――それで、女神サラに事実をねじ曲げられたようなことを言っていたが、具体的に私の知っている神話とどう相違があるというのだ?」
そこを整理しないことには、おそらく一向に話が進まない。
「まず大前提として、《天空の女神》っていうのは最初からふたりいるってこと。先に目覚めたセラ……つまりボクが姉で、サラちゃんが妹。ひとつの魂を分けて生まれた双子の女神であるボクたちは、例外的にふたりでひとつの世界を司ってたってワケ」
女神セラは一丁前に人差し指を立てた。
「……なるほど。では、その……魔に魅入られて暗黒に堕ち、同族であった神々を次々に殺して回ったというのは――」
口にしていて寒気がしてくる。自分はそんな神界の叛逆者と、今こうして顔を突き合わせているのかと。
「魅入られてないし、堕ちてないし、次々になんて殺してないよっ!」
「……少しは殺したのか?」
「う……ひ、ひとりだけ! ひとりだけだもんっ!」
親指と人差し指で必死に「ちょびっと」アピールする《天空の女神》の片割れ。
「やはり同族殺しではないか! いったい何のために! 誰を殺したというんだ!?」
「ち、痴情のもつれで……えっと、その、サラちゃんの彼氏……?」
非常にばつが悪いといった顔で、うつむき加減の上目遣いがヒューガを覗く。
「…………は?」
恐らくヒューガの人生の中で一番間抜けな声が出た。
「貴様、私が真面目に聞いていたかと思えば……この期に及んで面白くない冗談を抜かすとはいい度胸だ」
「いやいやいやいやっ! ホントなんだってばっ!」
「冗談の方が万倍ましだ! 神話の真実が『痴情のもつれ』などであってたまるか!!」
「それはごもっとも……。い、いや、痴情のもつれってのはちょっと語弊があって……うーん、どこから話したらいいんだろ?」
小さな女神は腕を組んでうんうん唸りだした。
「えーっとね、ボクたち『双子の美神姉妹』って呼ばれて神界でもかなり有名な女神だったんだけど――あ、待って! 剣に手をかけないで! ちゃんと真面目な話に繋がるからっ!」
ヒューガは半分抜きかけた腰の剣を鞘に納めた。
「……んで、超美人でモテモテのサラちゃんには、当然まあそれなりにお似合いな二枚目の恋人ができたんだけど、いざ付き合い始めたらわがままヒス子ちゃんな我が妹に振り回されてメンタル参っちゃってたのかな? そいつ、何を血迷ったのか、サラちゃんと別れて今度は双子のお姉ちゃんであるこのボクとお付き合いしたいって、なんかこっそり言い寄ってきちゃったんだよね……」
「本当に血迷っているとしか思えん。その神は小児性愛の気でもあるのか?」
「――ちっ、違うよ、失礼だなっ! この身体はサラちゃんに力を奪われた時になんか知らないけどちっちゃくなっちゃっただけで、本当のボクは健康美弾ける永遠のスレンダー美少女だったの!! 本当にサラちゃんと神界の男神人気を二分する美の女神さまだったんだもん……」
――どうやら女神セラに力を奪われたのは事実のようだな……。
ヒューガは自分にとっての要点以外をすべて聞き流し、「それで?」と先を促した。
「かわいい妹を蔑ろにされて頭にきちゃったボクは、思わず持ってた剣でそいつをぶっ飛ばしちゃって、神核――えっと、心臓の奥にある神の力の源となる結晶体のことね――それが粉々に砕けて存在そのものが完全消滅しちゃった☆」
「『しちゃった☆』、ではない! そもそも、そんな物騒な代物をなぜお前が持っている?」
やはり神界の転覆でも企んでいたのではないか。そんな疑念が湧き上がる。
それに、そんなものがおいそれと手に入るのならば、神が神をひとり殺したところで、一時騒ぎにはなれど「同族殺し」などと逐一神話に残るほどの大事件にはなっていないだろう。
人間の世界がそうであるように。
「いやぁ……それがボクもちょっと引っかかるところでさ。さっきも言ったけど、神界随一の美貌と名高いボクは当然毎日デートのお誘いも絶えなかったんだけど……まあほら、中にはやっぱ結構強引なヤツも少なくなくてさ」
「モテ自慢なら余所でやれ」と言いたい気持ちを抑えてヒューガは耐えた。
「ボクやサラちゃんなんかはべつに戦いが得意な女神ってわけじゃないし、軍神や闘神みたいな力の強いヤツに本気で迫られたらさすがに抵抗なんてできないんだよ。だから、恐い目に遭わされる前にドワーフの職人に依頼して護身用の剣を打ってもらったのさ」
「そんな一撫でで神を殺せるような得物をか……?」
ドワーフなどという伝説上の種族が実在していたことも驚きだが、それ以上にそんな武器が依頼ひとつでポンと納品された事実にヒューガは唖然とした。
「もちろん、そんな物騒な護身グッズお願いした覚えはボクもぜんぜんなくって。精々、斬られたって『エッチな気分になったら下半身に立ってられない程度の激痛が走る呪いをものの百年受け続ける』くらいの、女の敵をお仕置きするのにちょうどいい感じの威力ってお願いしたはずなんだけどなぁ……って、苦しそうな顔してどうしたの?」
「……構わない、続けてくれ」
――なんて惨い呪いだ、聞いただけで腹の下辺りがズキズキしてくる。
ヒューガは、身に覚えのないとばっちりのような幻痛に顔を歪めた。
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