彗星のごとく現れたのは
「女神よ! 真なる《天空の女神》よ、ご覧いただけましたか!? 私は――ヒューガ・レイベルは、悪魔の妖しき色気にも、卑劣な甘言にも決して惑わされることなく、見事これを打ち破ってみせましたぞ!!」
ヒューガは星空に向かって力の限り叫んだ。
――《天空の女神》も底意地が悪い。王宮勤めの近衛となり、一線を退き腕が鈍りかけていたかもしれない私を叱咤するために、わざわざこんな夢を見せ、妖艶な悪魔まで差し向けて私の忠誠を試そうとするなど。騎士ひとりを相手になかなか手の込んだお節介を焼いてくれる。
だが、自分は女神の与えた試練を見事克服してみせた。
だからこそ、もうすぐこの奇怪な夢も覚めるはずなのだ。
しかし、いくら待てども夢は覚めず、女神が褒美の言葉を遣わしに来る気配もない。
ヒューガの背中に、もう何度目かも知れない嫌な汗が伝う。
「女神よ、そろそろお戯れはおやめください。 ――聞こえているのでしょう!? 《天空の女神》よッ!!」
焦燥とともに発せられた悲痛の叫びは、果たして夜空に一条の流れ星を呼び寄せた。
「うわわわわっ、うわあああああああああああああ――――――――っ!?」
夜空に一点の光が煌めいたかと思うと、それは一直線に湖の畔に程近い水辺へ落下して、豪快に水柱を立てた。
「けほっ、けほっ! うわぁ、びっしょびしょ……。まったくもう! 久しぶりの再会にしちゃあ随分歓迎のしかたが乱暴じゃないかな、サラちゃんっ!? …………って、あれっ? 君、だれ???」
――こ、子ども!?
待望の真なる女神光臨を確信して畔に駆けつけたヒューガは、突如として現れた飛来物の正体に困惑した。
年の頃は11、2といったくらいだろうか。袖のない純白のワンピースドレスを纏った、腰まであろうかという黄金の艶髪の映える一際愛らしい少女が、大きな双眸をぱちくりと瞬かせてこちらを見つめていた。
このまま健やかに成長すれば、いずれは道行く人々誰もが息を止めて振り返る圧倒的な美貌の持ち主になるだろう。
そう、きっと今し方斬り捨てた悪魔のように。
――もう、たくさんだ。
ヒューガは再び剣を抜き、湖の方へと駆けた。
女神の戯れもいいかげんにしつこい。今度は幼い少女の姿をした悪魔で油断を誘うつもりか。
それとも、そんなに信用ならないほど自分は腑抜けになっていると言いたいのか。
「わっ、なんで!? ――ちょっ、ちょっと待って! たんま、たんまっ! お願い、話を聞いてってば!」
少女は尻餅をつきながらブンブンと両手を振って必死に訴えた。
「悪魔の言葉に貸す耳などない」
「悪魔じゃないって! ボク神さまだよっ!! まさか、《天空の女神》セラを知らないなんて言わないよねっ!?」
「――セラ、だと?」
ヒューガはその名を耳にして歩みを止めた。
「ふぅ……やっと信じてくれた? まったくもう、創造神を捕まえて悪魔だなんて失礼しちゃうなぁ!」
少女は立ち上がると、精一杯背伸びするようにふんぞり返ってみせた。
「フ、フフフ……今度は《魔神》の幻影が相手とは、女神も凝った趣向をする」
――いいだろう、なぜ《魔神》が小さな娘の姿をしているのかは知れぬが……こうなれば女神が飽きるまで、とことんこの茶番に付き合うしかあるまい。
その代わり、満足したならば今度こそこの不条理な夢から解放してほしい。もうそれ以外、ヒューガは何も望まない。
「へ……? 魔神? ななななっ、ナニソレ? どーゆーこと???」
「あくまで白を切るか、《天空の女神》に封印されし古の《魔神》セラよ!」
「封印って、えぇ……??? ――あっ! あー……うん、どうにも話が噛み合わないと思ったら、ボクのいない間にそういうことになってたんだ。ひどいよサラちゃん……お姉ちゃん泣いちゃいそう」
――な、なんだ?
急にひとりでコロコロ表情を変えたかと思えば突然落ち込みだしたりと、どうにも様子がおかしい。
「ねえ、君。その《魔神》ってヤツについて知ってること、ボクに教えてくれない?」
かと思えば、今度はなぜか自分自身のことについて尋ねてくる始末。
これも油断させるための演技なのかと疑ってかかるも、不思議とヒューガの《異能》は何かを危ぶむ兆しを見せない。
危機管理を自身の異能に頼り切るのも妙な話ではあるが、埒が明かないのでヒューガは自分の知っていることを話して聞かせることにした。
世界の誰もが知る、教会の聖典にもその名を記された悪魔の首魁、《魔神》セラ。
《天空の女神》サラと魂を分けた双子の姉でありながら、魔の力に魅入られ数多の同族殺しに手を染めた、暗黒に堕ちたる闇の女神。
やがてセラは自らを魔を統べる神――すなわち《魔神》と名乗り、生み出した配下の悪魔を引き連れて神界の転覆を目論む。
しかし最後は激戦の末に双子の妹サラとその仲間の神々によって力を奪われ、その魂は5つに分けられて、それぞれが異界に封印された。
そんな神代の逸話を。
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