神々のルール
「ん~~~~っ! 生きててよかったぁ……!!」
熱々のスープとともにソーセージを一口。
瞬く間にセラの幼い顔がぱぁっと綻んだかと思うと、ついには目に涙を浮かべて歓びを露わにした。
「大げさね……まぁ、神さまのお口にも合ったみたいで安心したけど」
対面に座るノエルは相変わらず頬杖をついて、どこか気だるさを帯びた穏やかな表情で小さな元女神の一挙手一投足を見守る。
もう本格的にどちらが女神なのかわからなくなってしまい、ヒューガは思わずフッと口元を緩めた。
「大げさではないさ。私にとっても一生忘れられない味になりそうだ」
ヒューガも温め直してもらったスープを啜り、豊かな滋味に改めて感嘆した。
「ふふっ、もう素焼きの魚生活になんて戻れないんじゃない?」
「降参だ。どうやら本当に餌付けされてしまったみたいだよ」
言外に「とくに、この女神の方が」と、脇目も振らず黙々とポトフを頬張る金色の頭に目をやりながら苦笑する。
「そのまま丸々肥えてニワトリと一緒に出荷されないように、精々明日から気合い入れて働いてちょうだいね」
「しょ、承知した!」
ヒューガは反射的にビシッと姿勢を正して胸に拳を当て、雇用主に忠勤を誓った。
「――ところで、さっきの話を聞いてて少し疑問に思ったんだけど……」
ノエルは思い出したように言いつつ、ヒューガの顔を見て何やら言い淀むように言葉を途切れさせた。
セラもそれを察したのか、ポトフから目を離して「んー?」と顔を上げる。
「遠慮はいらない。我々に話せることならば、なんでも話すよ」
「……じゃあ、本当に遠慮なく訊くけど――あなたが殺したっていう女神は、どうしてあなただけを排除しなかったの?」
――ッ!?
「あなたが活躍しすぎたせいで帝国の領土が急拡大したからって話だったけど、普通に考えて、そんなことになる前にさっさとヒューガ・レイベルという異物だけ摘み取ってしまえば済む話だったと思うの。どうして、事態が悪化するまで待ってから国ごと滅ぼそうなんて合理性に欠いた話になってしまうわけ?」
考えてみればそうだ。木箱の中の果実が1個腐ったからといって、中身が全滅するまで待ってから箱ごと捨ててしまうような馬鹿な話もない。
「ほえぇ~……ノエル、君は想像以上に頭がいいね。正直驚いちゃったよ」
先ほどまでのポトフに感激していた無邪気な姿はどこへやら、セラは神妙な顔つきで驚嘆の声を上げた。
「神さまを名乗る人にそう言われるとさすがに恐縮しちゃうけど……でも、実際おかしな話だと思わない?」
ノエルの瞳からは気だるさが消え、純粋で真摯な探究心が宿っているように見えた。
「――そう、普通に考えればとんでもなく無駄だらけの不合理な発想。でも、ボクたち創造神にとって、それはとっても自然なことでもあるんだ」
「合理的でないことこそが自然とでもいうのか?」
「人の世界にだってたくさんあるでしょ? 秩序を守るために敢えて自由を縛る概念って」
「……つまり、それが神さまたちの〝ルール〟ってこと?」
「そーゆーこと。《箱庭》の管理っていうのは神界の厳格な掟に沿ってやらないといけない。いくら創造神だからって自分の世界を好き勝手弄くり回していいってわけじゃないんだ」
「なぜ、わざわざそんな不自由なルールを敷く? 自分の司る世界だろう?」
「んーっとね……ボクやサラちゃんが生まれるよりもっとずっと前の話なんだけど、その時はまだ《箱庭》のルールなんてなくて、みんな好き放題、自分に都合のいいように世界をこねくり回してたらしいんだ。そしたら何が起こったと思う?」
セラはそう問いを投げると、二人が思案する間を見越したかのように、ちゃっかりとジャガイモをすくって口に運んだ。
「……戦か」
自分が一国の暴君にでも君臨したと仮定して、そこに自由にできる土地と民があったとすれば……自ずと答えは浮かんできてしまった。
「おっ、ヒューガも冴えてる! ……そうなんだよ、最初はただ景色の美しさとか、文明の洗練具合とか、そこに住む人々の自分に対する信仰心の厚さを見せつけ合って《箱庭》の優劣を競い合ってたはずなんだよ。なのに、いつの間にか、みんなこぞって自分の《箱庭》をわざと過酷な世界に作り替えて、《超越種》っていう極限の環境で生き残るために異常な進化を遂げてヒトの領域踏み越えたヤツらを手駒にした軍勢を率いて神界の覇権争いなんて始めちゃったのさ」
「ヒートアップしすぎてチェス盤の駒を投げつけ合うなんて、今どき子どもの喧嘩だってしないと思うけど……」
ノエルはうんざりしたような顔でぼやいた。
彼女の中で今この瞬間、神は死んだのかもしれない。
「神さまなんて、力と知識があるだけで精神レベルはお子さま以下のヤツが多いってことさ」
――よりによって、その姿のお前がそれを言うのか……。
「――で、神界全体を巻き込んだ終末戦争に発展しそうな本当にギリギリのところまで行っちゃって、『超越種ヤバすぎ。このまま続けたら誰かが覇権握る前に神界滅ぶかも……』って急に冷静になったそれぞれの派閥の盟主たちが大慌てで話し合って、神界の秩序を守るために、もう二度と超越種なんて危険な存在を生み出せないように《箱庭》の管理方法を大幅に制限する掟を作ったのさ。ある〝例外〟を除いて一切の干渉を禁じる、ちょっとやりすぎなくらいのとっても強力な掟をね」
「ええと……とりあえず、その終末戦争とか超越種とかいう途方もない話は一旦置いといて……今言った例外っていうのが、さっきの《勇者》と《魔王》ってことになるわけね?」
いっそ馬鹿馬鹿しいスケールの話に目眩を覚えたような仕草を見せつつも、的確に要点を掻い摘まんで拾い上げるあたり、やはり彼女は聡明な頭脳の持ち主なのだろう。
もっとも、ヒューガの予想も彼女のそれと一致していた。むしろ、それ以外のものなど考えられなかった。




