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あたたかい手料理

「それにしても驚いたわ。まさか、あの短時間で置いてあった薪全部割り終わっちゃうなんて。自信満々で出ていったから逆に心配だったけど……ごめんなさい、杞憂だったみたいね」


 テーブルを隔てて対面に座るノエルは、驚きと呆れの入り交じった顔でヒューガを見つめた。

 目の前には、大粒の野菜がゴロゴロと入ったヒューガの見たことがないスープ料理が湯気を上げる。


「私の国では、冬は厳しい寒さに見舞われる。薪割りと雪かき、それに暖炉の番ができて初めて一人前の男として認められる習わしがあるのだ」


 嘘八百である。帝都マグナマーレは沿岸を流れる暖流も相まって比較的温暖な気候に恵まれ、多少の積雪はあるものの決して豪雪地帯というわけでもない。

 無論、特にそんな伝統も文化も存在しない。単に新米騎士時代の雑用経験の賜物だ。


「とはいえ、今回は道具に助けられた面も大きいと思う」


「……ふぅん?」


 ノエルの長い耳がピクリと動いた。どうやら「道具」という単語に反応したようだ。


「斧も鉈も、とても良質で驚いた。刃が丈夫で鋭いのは無論のこと、使う者のことを第一に考えられた絶妙な柄の厚みや、縦の上げ下ろしに最適化された重量バランスは、剣や戦斧にも通ずる熱意と深い造詣が窺える。きっと、この国はいい職人に恵まれているのだろう」


 サングロリアの農工具は生産性を重視した画一的な量産品が幅を利かせて久しく、職人の情緒を感じさせるような代物には出会ったことがなかった。

 己が命を預ける武器や防具ならともかく、薪割り斧や鉈にそのような造り手の体温を感じたのは、ヒューガにとって初めての経験だった。


「ちょっと使っただけでそこまでわかるなんて、さすがは剣士ね。……それはそうと、おかわりはいかが? 食べ盛りの助手を飢えさせる趣味はないから遠慮なく言ってちょうだい」


 ノエルはなぜだか機嫌よさそうに、空になったヒューガの皿に視線を下ろした。


「では、お言葉に甘えさせていただこう。初めて食べる料理だが、大変美味だ」


 ヒューガは皿を差し出して言った。


「お口に合ったみたいで安心したけど、ポトフも食べたことがないなんて本当にとっても遠い国から来たのね」


 ノエルは台所でスープをよそいながら意外そうな声で言う。


「私の故郷では、スープといえば基本的に豆や野菜を磨り潰して煮込んだとろみのあるものを言う。こんなに澄んだ色のスープは初めてだし、ここまで野菜の存在を直接感じられるような煮込み料理もなかったよ」


「ふぅん、文化の違いってやつかしら? ――はい、どうぞ。男の人といったらやっぱりお肉でしょう? 薪割りを頑張ってくれたお礼にソーセージたっぷりにしておいたわ」


「ありがとう、明日も張り切らせてもらうよ」


「期待してるわ、薪割り王子様」


 妙なあだ名を賜ってしまった。

 湯気の立つ皿を受け取り、早速スプーンでソーセージを一口大に切って頬張る。

 野菜のエキスがたっぷりと溶け出したスープと弾ける肉の旨味が、口の中で絶妙な調和を奏でる。

 一言、うまい。そして心まで温まるような味わいだった。


 ――これは、いずれ姫にも味わっていただきたいものだ。必ずや気に入っていただけることだろう。


「恥ずかしながら、私はこのキャベツの芯の青臭さというのがどうにも苦手で仕方がなかったのだが、まさか柔らかく煮込むとこんなにも甘みのある魅力的な味わいになるとは……いやはや、料理とは奥の深いものだな」


「作り手の熱意と造詣、味わっていただけたかしら?」


「勿論だとも、ノエル。将来、君と結ばれる男はとても幸せ者だと思うよ」


「……ヒューガ。あなた、女性との関係で苦労した経験はない?」


「と、唐突な質問だな。そうだな……毎日右に左に引っ張られてばかりだったが、別段苦と思ったことはないよ。何より私が望んだことだからね」


 ヒューガは、城下町の視察であちらこちらへと自分を引っ張り回して楽しそうに笑うアシュリーゼの姿を思い浮かべた。

 誰よりも近くで彼女を守る、その一心でがむしゃらに近衛騎士を目指した。

 ヒューガにとっては、アシュリーゼの太陽のような笑顔こそが何よりの報酬だった。

 故に、何があっても彼女を見つけ出して帝国の再建を果たさねばならないのだが。


「……はぁ、王族って大変なのね。生憎と女難の相につける薬は扱ってないの。わたしをややこしい関係の渦中に巻き込むのだけは勘弁してちょうだいね」


 ――??? なぜノエルはアンニュイなため息をついているのだ?


 薬師に処置なし宣告を受けた騎士が首を傾げていると、突然左手のバンクルが眩く輝きを帯び始めた。


「――あーもうっ!! ヒューガってば、ボクのことなんてほったらかして、ひとりだけおいしいごはん食べて、おまけに楽しそうにおしゃべりなんかしちゃってさ! ズルいよっ! ボクだってエルフちゃんの作ったポトフ食べたい! 食べたい! 食べたーいっ!!」


 そして現れたのは純白のワンピースを纏った鮮やかな金髪の少女。

 我慢の限界とばかりに、両手を握り締めて全身で不機嫌をアピールしていた。


「 ――ッ!? お、おい! お前は何を勝手に――」


 スープを咽せそうになるのを必死に堪えて、慌ててセラに食って掛かるがもう遅い。


「……精、霊……?」


 ノエルは驚きつつも取り乱すでもなく、むしろ惹き付けられるように蒼い目を見開き、突如出現した摩訶不思議な幼い娘を前に、そう言葉を漏らした。


「…………あ」


 ようやく状況を理解した元女神は、自分を見つめてくるエルフの家主と、額に手を当て沈痛な面持ちの相棒を交互に眺め、


「あー……ボク、もしかして〝やっちゃった〟?」


 ひどく気まずい顔で視線を明後日の方向に逸らしながら自らを指差した。


 そんな珍妙な空気の中でも、スープは構わず美味しそうに湯気を立てる。

 窓から覗く月は丸い。

 夜はまだ、始まったばかりだ。

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