薬草探し
昨日ノエルが言っていたとおり、林道を少し外れた先――昨日までヒューガたちが彷徨い続けていた森は薬草の宝庫だった。
彼女は「これは煎じて飲むと食あたりに効く」とか、「こっちはハーブと一緒にお香にして焚くと、虫よけと鎮静効果が得られる」といった具合に、ヒューガに薬効を説明しながら手際よく摘み取った薬草を大きなバスケットに入れていく。
そうして日が傾きかかる頃にはすっかり籠も一杯になり、幸い危険な獣と遭遇することもなく村に戻ることとなった。
「ひょっとして、君はいつもひとりで薬草を採っていたのか?」
「そうよ? あの通り、みんな自分たちの仕事で手一杯だもの、ひとりじゃ危ないからってわざわざ誰かにお願いして付いてきてもらうわけにもいかないでしょう?」
「一応、最低限身を守るための魔法だって使えるし」と、ノエルは指先に魔力を込めて作り出したつむじ風をもてあそびながら当然のように答える。
だが、仕事柄過保護な気質が染みついたヒューガとしては、たとえ魔法の素養があったとしても、こんな人気のない森に妙齢の女性が丸腰で立ち入るという事実自体が信じられない思いだった。
薄々感じてはいたが、このエルフの少女は見た目の繊細な美しさに反し、度胸の据わり方がなかなかのものだ。
「君は本当に責任感が強いな。だが、これからは安心してくれ。私が君の助手である限りは、君や村を脅かすあらゆる危険から皆を守り抜くと誓おう」
ヒューガは胸に手を当て、腰に差した魔剣の鞘を叩いて言った。
セラ曰く、《ミストルティン》に神を殺せる以外に特別な力はなく、その一点を除けば、抜群の切れ味と決して刃こぼれしない強靭性を兼ね備えた〝ただの〟名剣らしい。
手に馴染ませて来る日に備えるためにも……という彼女の勧めもあり、今後は普段からアシュリーゼから賜ったこの宝剣を振るうことに決めたのだった。
ヒューガにしてみれば、よく切れて刃こぼれしないというだけで立派に魔法の剣だと思うのだが、あまり面倒くさいことを言って二人に厄介な刀剣マニアと白い目を向けられても困るので、余計な言及は慎むことにした。
「頼りにしてるわ、用心棒さん」
ノエルは騎士の誓いを立てる助手を流し目で見上げた。
「はぁ……でも、今日もやっぱり白霜苔は見つからなかったわね」
残念そうに小さくため息をつく雇用主のエルフ。
当初の目的だった植物は、ついぞ見つけることが叶わなかったようだ。
「その白霜苔というのは、そんなにも珍しいものなのか?」
「別名 《ドワーフの髭》と言って、湿った岩肌に生える白くてふわふわした苔なんだけど、湧き水があって水温の安定したところじゃないと生えてきてくれない気難しい子なのよ」
ノエルはお目当ての苔をまるで人や動物のように喩えて、やれやれとかぶりを振る。
彼女によると、乾燥させて石臼で粉末状に挽いた苔を、羊毛を洗浄する際に出た油脂を精製したラノリンという蝋と混ぜて軟膏にすることで、強力な鎮痛作用と火傷や裂傷の化膿を防ぎ治癒を促す効果を併せ持った万能薬になるのだという。
まさに、日々を必死に生きるこの村の人々にとって、なくてはならない生命線とも言える薬だ。
「それが、よりによって昨日出くわしたゴロツキが根城にしているという廃教会近くの泉というわけか……」
昨日ノエルがゴロツキたちと揉めていたのは、まさにその貴重な苔を求めてのことだったようだ。
元々はその泉で薬の材料となる白霜苔を採取していたのだが、半月ほど前に突然無法者たちが流れてきて、放棄されていた教会に住み着いてしまったのだという。
「まぁ、そういうことね……。ああ、くれぐれも力尽くで乗り込んで無理矢理採ってこようなんて考えないでちょうだいね? あなたがずっとこの村にいて、みんなを守ってくれるならそれでも構わないけど、そういうわけにだっていかないでしょう?」
ヒューガたちの立場を慮ったのか、ノエルは少しだけ寂しそうに眉尻を下げた。
ヒューガは何か気の利いた一言を返して安心させてやりたかったが、うまい言葉を見つけることができなかった。




