耳の長い種族
(わぁっ! すっごい美少女……)
――っ⁉︎
だが、ヒューガがそれ以上に目を奪われたのは、彼女の長く尖る特徴的な耳の方だった。
「君は……エルフ、なのか?」
「……それ、どういう意味?」
ヒューガの問いに、少女は不信感を露わにするように眉を顰めた。
(ヒューガ!? ちょっと、いきなりなに失礼なこと言ってんのさっ!)
(ど、どういう意味だ……?)
ヒューガとしては何か無礼を働いたつもりなどまったくないはずなのだが……。
(君は初対面の人間に対して「あなたは人間ですか?」って聞くのかい?)
――っ!?
自分の失言の意味をようやく理解し、ヒューガは血の気の引く思いだった。
「こ、これは失礼! エルフ族という長い耳を持つ種族の存在は話に聞いていたのだが、実際こうして相見えるのは初めてだったもので、つい変な訊き方をしてしまった。……どうか、気を悪くしないでほしい」
「ふぅん……なら別にいいけど。今どきエルフを見たこともないなんて、あなたいったいどこの人? なんだか汚れてるけど身なりは随分しっかりしてるし、腕輪のそれ……太陽石でしょう? それに、その見たこともない鮮やかな赤い髪……もしかして、森に迷って途方に暮れてた、どこか遠い国から来た放蕩王子様とかだったりして」
誤解が解けたのかエルフの少女は警戒を解き、ヒューガの服装を興味深そうに眺めて言う。
ちょっと自信ありげと言いたげな長い睫毛の蒼い双眸に覗き込まれ、ヒューガは思わず吸い込まれてしまいそうな気分になった。
(当たらずとも遠からず。……このエルフちゃん結構鋭いかも)
万が一にも異世界の騎士などと言い当てられることはなかったが、この少ない情報を元にしたプロファイリングとしてはかなりいい線を行っていると言える。
(なんと答えたものやら……。太陽石の腕輪を身につけていては、素直に騎士と名乗ることもできなくなってしまったぞ……)
太陽石は富の象徴。教会にルーツを持ち清貧を是とする騎士道の価値観とは対極に位置する嗜好品だ。
ヒューガの身に纏う近衛の制服でさえ、心ない一般の平民騎士からは華やかすぎて〝お貴族しぐさ〟と陰口を叩かれる始末だというのに……。
(いいんじゃない? もう放蕩王子様のお忍び旅行ってことで。近衛なら王族の暮らしも見慣れてるでしょ? なんとかなるなるっ♪)
(簡単に言ってくれる……が、こうなれば仕方あるまい)
「――ま、まあ、そのようなところだ。私はヒューガ・レイベルという。サングロリアという代々小さな島国を治める家の生まれなのだが、訳あって今はこうして身ひとつで世界を旅して回っている。あまり大事にしたくないので、できれば私の身分については内密にしてもらえると……」
「サングロリア……? 申し訳ないけど聞いたことがないわね。どうやら随分遠くから来たみたいだし、何か複雑な事情でもあるのかしら? でもまあ安心してちょうだい、べつにわざわざ王族だなんて言いふらすつもりはないから」
エルフの少女はそう言うと、ローブに付いた草を払ってヒューガに向き直った。
「申し遅れたけど、わたしはノエル・ノワイエ。この先のプリュイって村で薬草医をしてるの。こんなところで立ち話もなんだし、助けてもらったお礼もちゃんとしたいから、わたしの家でよければ案内するわ。……その様子だと、どうせ今夜の寝床も見つけられてないんでしょう?」
ノエルと名乗るエルフの少女は、ゴロツキたちが駆けていったのと逆方向の林道を指差して言った。
「心遣い感謝するよ、ドクター・ノワイエ」
先導しようと歩き出したノエルが思いきりつんのめった。
「……普通にノエルでいいから。あなたがどうしても人前でヒューガ王子って呼ばれたいなら止めないけど」
ジトーっとした視線がヒューガの額を焼く。どうやら敬意を込めたつもりのその呼び方は、あまりお気に召さなかったようだ。
「しょ、承知した、ノエル。だから頼む、王子だけは勘弁してくれ……私も気軽にヒューガと呼んでほしい。家名よりもこちらの方が馴染みがあるからね」
「ええ、心得たわ。ヒューガ殿下」
ノエルは少し悪戯っぽく言うと、くるりと前を向いてしまった。
(参ったな……。しかし、この世界で初めて出会えたのが親切そうなレディで助かった)
(しかも、このボクだって認めちゃうほど超絶キュートな美少女エルフちゃんだよ? ヒューガってば……堅物そうな顔して抜け目ないなぁ、このこのっ!)
(人聞きの悪いことを言うな……)
あらぬ嫌疑をかけられて、ヒューガは大げさにため息をついた。
「もしかして、慣れない野宿でもしてお疲れだったかしら? 村に戻ったら念のためポーションを処方してあげるから、それまで辛抱してちょうだいね」
「重ね重ね、心遣い感謝するよ、ノエル」
――ああ、なんて慈悲深い女性なんだ。
今のヒューガには、人をからかって面白がる左腕の元女神より、前を歩くとんがり耳の少女の方がずっと女神に思えてならなかった。




