ふたりきりの野宿
「――さて、明日も早い。食べ終わったらさっさと寝るぞ。日が出ているうちに少しでも歩を進めておきたいからな」
「明日こそ、おいしいごはんが食べられますよーにっ!」
揃って川の水で口を濯ぐと、ふたりは辺りで一番立派な木の下に移動した。
足元には枝から落ちた木の葉が天然の絨毯を形成する。今日の寝床はここに決まりだ。
「……それで、今日もこれでないと駄目なのか?」
「これでないとダメなのだ」
ヒューガの問いに、セラは口真似で答えた。
ヒューガが幹に寄りかかり片膝を立てて座り、そこに小さな背中がもたれかかる。体格差のせいか、ちょうど親が子どもに絵本の読み聞かせをするような姿勢だ。
「だってヒューガのマントあったかいんだもん」
「だから、寝るときくらい貸してやると……」
「これが一番あったかいのっ!」
そう言ってヒューガが身につけたマントの両端を掴むと、自分ごと包み込んで満足そうに振り返る。
「ねっ?」
こうも無邪気で愛らしい笑顔を向けられてはヒューガも閉口するしかなく、これで3日目となるやりとりも小さな元女神に押し切られる形で決着した。
「そ・れ・に、だよ。ヒューガはもっと光栄に思うべきだと、ボクは言いたい」
「藪から棒になんだ?」
「男神たちを虜にした神界一の美少女女神さまと、こーんなにピッタリくっついてるんだよ? もっと嬉しそうにしてくれたっていいじゃん!」
「……自分で言うな、元女神」
ヒューガはセラの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
本来の女神であった頃の姿をどう想像してみても、美しさと愛らしさが同居するとんでもない美少女になってしまい、なんだか無性に腹が立った。
「ひゃわっ!? ――こっ、こども扱いするなよぉ!」
「私は、ちゃんと嬉しく思っているぞ」
「えっ……?」
「もし仮に、私だけで異界に転移してきたとして……恥ずかしながら自分ひとりでは、きっと一刻も早く姫を助け出したい焦りと、ままならない現実の板挟みで、早々に参ってしまっていただろう。あるいは、破れかぶれの無茶を働いてせっかく拾った命をむざむざ散らしていたかもしれん」
「ヒューガ……」
「呆れ返るほど冷静なお前の姿を見たおかげで、私も逸る気をどうにか静めることができた。……感謝している」
預けられたこの小さな背中が、今はとても大きく感じられる。
見た目は幼くとも、中身はやはり悠久の時を生きる存在なのだと。
「ふふん、ボクが一緒でよかったでしょ? ま、これでも下界に落ちてからそれなりにいろんな経験してきてるからね。焦ってじたばたして、なんも状況良くなってないのに、必死にもがいてる自分を正当化してヘンな安心感覚えちゃうのが一番サイアクなのさ」
「耳が痛いな……」
「……で?」
「『で?』……とは?」
「それって単純にボクが相棒として頼もしいって話じゃん! 肝心の、ボクのカワイさについてのコメントは? ねぇねぇ、どうなのさぁ? クールな顔してホントは毎晩ムギューってしたくてたまんないんじゃないの~?」
「素直になっちゃいなよ~?」と、ヒューガの頬に頭を押しつけニヤニヤと生意気な声が問う。
――め、面倒くさい……。
この自分の容姿への絶対的な自信、見習えるものならば見習いたいくらいだと逆に感心してしまう。
「生憎と私に小児性愛の趣味はない。つまらないことを言ってないでさっさと寝ろ、よい子はおねんねの時間だ」
ヒューガは金色の頭をマントの中にムギューっと押し込むと、すかさず出口を塞いでしまった。
「――ぷはぁっ。こども扱いするなってばぁっ!」
モゾモゾとモグラみたいに顔を出した元女神は、柔らかそうな頬を目一杯膨らませて猛抗議の様子。
やはり中身も子どもかもしれない。なんだかおかしくなってしまい、ヒューガは思わず頬を緩ませた。
「フフ、昔から言うだろう?」
「???」
頭に疑問符を浮かべ、かわいらしく小首を傾げる元女神。
ヒューガはそんな彼女に見えるようにマントから右手を覗かせ、わざとらしく人差し指を立ててみせた。
「寝る子は育つ」
顎に頭突きを喰らわされ、その晩ヒューガは目蓋の裏に満天の星空を拝みながら眠りに落ちた。




