《殺神同盟》
「――まっ、何はともあれ、これからよろしくね、ヒューガ! お互い不本意にも神さまを殺してしまった仲間同士……名付けて《殺神同盟》ってとこかな?」
「我ながらナイスネーミング!」と言わんばかりに、セラはパチン! と指を鳴らした。
「却下だ、却下! そんな物騒な同盟、いったいどこで誰に名乗るつもりで――」
『サラ様? わたしです、リリエラです。例の《勇者》の魂の件ですが、こちらで迎える準備が整いましたのでお譲りいただきに参りました。《領域》に入れていただいてもよろしいでしょうか?』
突然、暢気に不謹慎な会話を断ち切るように天から声が降り注いだ。姿は見えないが、若い女の声だ。
まるで《天空の女神》サラが降臨したときに似た感覚に、ヒューガは緊張の面持ちで夜空を睨む。
「うげっ……ヒューガの引き取り手ってリリエラだったの⁉︎」
「知っているのか!?」
「ボクがサラちゃんの彼氏と会ってたってチクった取り巻きのおでこちゃん」
――つまり、貴重な情報源ということか。
「……お誂え向きに、早速不名誉な同盟を名乗る相手が現れたようだな。ちょうどいい、お前の力の封印について――」
「教えてくれるわけないでしょ!? むしろ、君がサラちゃんを斬り殺しちゃったなんてバレたら有無を言わさず捕まっちゃうよっ!」
「か、かくなる上はこの剣で――」
ヒューガは背中の剣に手をかけて天を見上げた。
人間をまるで盤面遊戯の駒としか見ていないことも、誤解とはいえあらぬ嫌疑で結果的にセラを貶めたことについても、少し礼をしたいと思っていたところだ。
「だっ、ダメに決まってるでしょ! 1人斬ったらもうあと何人斬っても変わんないみたいなアバウトな吹っ切れ方は、とりあえず魔剣と一緒に仕舞っとこうねっ⁉︎」
「そ、そうだったな……あの女神はともかく、奴の《箱庭》に生きる人々にまで迷惑をかけるわけには……」
女神サラによれば、あのリリエラという女神の世界は今まさに《魔王》の脅威に晒され、人々は存亡の危機に立たされているという。
そんな世界を己の都合で創造神不在の混沌たらしめることなどあってはならない。やむなくヒューガは魔剣から手を離した。
「いや、うん……まあ、君がそれで納得するならそれでいいや……。――って、そんなこと言ってる場合じゃなくって! ヒューガがサラちゃんを殺したなんてことがバレたら、あの子のファンだった大勢の男神たちが血眼になって君を捕らえに来ちゃうんだって! 君、神界で今一番ホットなお尋ね者になっちゃったっていう自覚あるっ!?」
「それこそ、この剣で――」
ヒューガは再び背中に手を伸ばした。
「斬れるわけないでしょ、おバカっ! サラちゃんみたいな戦いなんて専門外なのほほん女神ならともかく、もし戦神や闘神みたいなマジヤバ連中に喧嘩なんて吹っ掛けたら、いくら必殺の魔剣があったって人間なんか斬りかかる前に一瞬で魂焼かれちゃうよっ!」
「で、ではどうすると言うのだ!?」
「決まってるでしょ、誰にも見つかる前にさっさとどっかの《箱庭》の中に逃げるの! ――いいからこっち来て! ほら、急いでっ!!」
そう言ってセラはヒューガの袖を掴むと、湖畔からそう遠くない、なだらかな丘陵の上に建つ小さな東屋に向かって走り出した。
「――って、わわっ!?」
「この方が早い、しっかり捕まっていろ。苦情は後で受け付ける」
ヒューガは背中の魔剣を腰に差し直すと、セラの身体をひょいと持ち上げて空いた背中に負ぶった。
「それで、あそこに何があるんだ?」
「ボクが一番最初に造ったポータルの試作機。まだちゃんと動くといいんだけど」
「そもそも、そんなものがあの妹に見つからず無事残っているのか?」
逃げられた腹癒せで、いの一番に破壊されていてもおかしくなさそうなものだが。
「アレ、一応ボクのお昼寝スペースなんだよ。小うるさいサラちゃんに至福の時間を邪魔されないように結界のセキュリティがかけてあって、ボク以外には開けられないようになってるのさ」
「……怪しげな研究を企てるにはもってこいというわけか」
「ご明察! ……って怪しげは余計っ」
頭をポコポコと叩かれた。
そうこうしているうちに、程なくして丘を登りきり目的の建物に辿り着いた。
ドーム状の屋根から、それを支える六本の柱に至るまで、混じり気のない純白で染め上げられた白亜の東屋を見上げて、ヒューガは首を傾げた。
「趣味は悪くないと思うが、お前はこんな狭い吹きさらしの東屋で本当にあの大がかりな魔方陣装置の研究を……?」
「外から見るとちっちゃい東屋だけど、中はもっとずっと広いから安心して。さあ、入るよ」
「???」
「中の方が広い? 何かの謎掛けか……?」と困惑するヒューガを余所に、セラは柱のひとつに右手をかざして何やら囁いた。
見たこともない模様の小さな術式が3つ重なって現れたかと思うと、パリン……とひとつずつ砕けるようにして消えていく。
「ふぅ……まさか神核認証じゃなくて単純な生体認証にしといたのがこんなトコで幸いするとはね」
「どういう意味だ?」
聞き慣れない単語が次々飛び出し、ヒューガは困惑しきりだ。
『サラ様? いらっしゃらないのですか……?』
返事がなくてしびれを切らしたのか、再び天から《領域》の主を呼ぶ声が響く。
どうやら悠長にしている暇はなさそうだ。
「説明はあとあとっ! さあ、ついてきて」
セラはまたヒューガの袖を掴んで引く。
言われるがまま彼女の後に続いて東屋の中へと入った瞬間、ヒューガは目を見張った。
「これは……!」
たしかに何の変哲もない東屋の中に入ったはずだというのに、目の前には見たこともない箱形の構築物が所狭しと並ぶ、文字どおり何かの研究施設といった空間が広がっていた。王宮のアシュリーゼの私室よりも広いだろうか、ヒューガにはちょうど帝都にある王立魔道研究所のメインラボに似た雰囲気を感じた。
「ようこそ、ボクの秘密の研究室へ。とりあえずここに入っちゃえばそう簡単に見つかることはないから、ひとまずは安心していいよ」
「いったいどうなっている……? ここは東屋の中ではないのか?」
「外から見たアレはカモフラージュで、実際は内部っていうよりボクの《深層領域》――えーっと、簡単に言うとボクが生み出したプライベート空間に繋がってるのさ。……まぁ、実際は『くれぐれも美観を損ねるような変なモノは建てないでくださいね?』ってサラちゃんに釘刺されて、しかたなくお昼寝スペースってごまかして入り口としてそれっぽい感じの東屋建てたんだけど……あーあ、ホントはドワーフも喜んで手伝いに来たくなるような立派なラボ建てたかったのになぁ」
「お姉ちゃんってつらいよね」と、小さな元女神はとても残念そうにため息をつく。
どこの世も、長子は何かと我慢を強いられる運命にあるらしい。
「お前、空間を生み出すなんてことができたのか!?」
「そりゃまぁ、これでも一応神さまだったワケだし?」
さも当然のような返答に、ヒューガは改めて神と人間とでは次元の違う存在であることを実感させられた。
「そういえば、先ほど認証がどうのと言っていたが、あれは結局なんだったんだ?」
「ボクとサラちゃんはひとつの魂を分けた双子だから、生まれ持った神核も本質的にはまったく一緒なんだよ。だから神界で一般的に使われてる神核を照らし合わせて開けるタイプのセキュリティだと、同じ神核持ってるサラちゃんには簡単に突破されちゃう。だから敢えて、指紋・声紋・虹彩というボク固有の三つの生体キーで開く原始的な認証方式を採用したんだけど……よいしょっと」
セラはあちらこちらに配された金属の箱やそこから伸びたカラフルな線の類いを忙しく確認して回りながら丁寧に説明してくれているようなのだが、ヒューガには何がどう原始的なのかすら理解できなかった。
「よくわからんが……要は、神核を失った今のお前ではその神核認証とやらは開けることが叶わなかったと?」
「そういうこと。なんたって鍵を失くしちゃったわけだしね。――よしっ! さすがフォーナインマイスターのエンジニアに特注した永久システムだ。これなら問題なくポータルを起動できそうだよ」
「本当か!」
「うん、バッチシ♪」
セラはグッと親指を立ててみせた。その顔はとても活き活きとしている。
果たして、旅立ちの準備は整った。
「ところで、このポータルという装置は異界に行ったっきりで、その行き先すら転移してみないことにはわからない代物なのだろう? そこからまた別の世界に飛ぶには、いったいどうするつもりなんだ?」
セラに手を引かれ、王宮の地下で触れたのと同じ模様の描かれた淡く光る魔方陣に入りながら、ヒューガは思い出したように尋ねた。
「えぇー……いまさら? もしかして、なんの考えもなしに『封印を解いて回る』なんてカッコいいこと言ってたの?」
「いや、まあなんだ……その場の流れというか、勢いでだな……」
下から覗くジトーっとした視線が痛いが、現にヒューガは具体的な方策など何も考えていなかった。
「やれやれ……。さて、問題です。これからボクたちはどうやって世界をハシゴしてボクの神核とお姫様を探しにいくのでしょーか?」
急に問われてヒューガは顎に手を当て暫し思案したが、やはり解決策は思い浮かばない。
「――はい、時間切れー。 答えはとっても簡単。――ポータルなんて、なければ造る! 材料は現地調達! 設計図はボクの頭ん中! 以上、説明おわりっ!」
「冗談だろう!?」
愛らしい顔立ちからは想像もつかない泥臭い力技の発想に驚く間もなく、魔方陣が眩く輝きだした。マナの充填が完了したようだ。
「刻は来たれり……開け、異界の扉よ! 我が叡智の顕示たる秘法の輝きに応え、我らを未踏の大地へ誘いたまえ! ――《殺神同盟》、いざしゅっぱーつ!!」
元女神の景気のいい掛け声とともに、ついに光は弾けた。
――なぜ最後だけくだけた? そもそも、あの地下の装置はそんな詠唱のようなもの必要なかったはずでは……?
そんな詮無い疑問と一抹の不安、そして確たる決意を胸に、傍らで満足げな顔をした元女神とともにヒューガは光の収束の中に消えた。
――待っていてください、アシェ。今に必ず、お迎えに上がってみせます。それまで、どうかご無事で……!
*
忙しない二人の出立を見届けたセラの《神層領域》は、思い出したかのように元の静寂を取り戻していく。
久しぶりの仕事に満足するようにポータルの魔方陣は光を失い、主人のいつとも知れないの次の帰還をただ待ちわびて再び長い眠りに就いた。
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