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騎士と皇女と逃避行

 暗く狭い、もう何十年にも渡って人の通った痕跡すらない朽ちかけた地下道にふたつの足音が響く。

 華麗なドレスに身を包んだ娘の手を引いて、襟足で束ねられた燃えるような長い赤毛と純白のマントをなびかせて、若き近衛騎士ヒューガは駆ける。


「もう少しの辛抱です、姫!  ご安心ください、私がどこまでもあなたをお守りいたします!」


「……はい、ヒューガ! 貴方がそばにいてくれるなら、私は……っ!」


 姫と呼ばれた、輝く白金色の髪を湛える麗しき娘は、あふれる感情を押し殺して乱れた呼吸で精一杯気丈に応えた。

 煌びやかだったはずの純白のドレスは埃で煤け、狭い地下道の石壁に何度も擦れた裾はひどくほつれてしまっている。


 大陸南部の覇者サングロリア帝国の終焉は、唐突に訪れた。

 大陸から突き出た半島と無数の島々が複雑に入り組むカピトーネ湾を隔て、長らく無言の睨み合いを続けてきた北の強国ノルド大公国による突然の宣戦布告。

 彼の軍勢は未知の魔法で国境を臨む沿岸警備の目を欺き、まるで音もなく背後を取るように帝都マグナマーレ南方から軍を展開。瞬く間に街を占拠すると、電光石火の勢いのままに帝国の象徴たる王宮へと攻め上がってきたのだ。

 帝国が誇る騎士団の精兵たちが総出で応戦するも、ノルド兵の身を包む不気味な漆黒の鎧によって魔道士部隊の攻撃は無力化され、部隊は壊滅。

 すかさず白兵戦の各個撃破に切り替えるも、今度は元来不可能とされた無詠唱の高位魔法による波状攻撃の前に為す術なく討たれた。


 1人、また1人……と指折り数える暇もなく、王宮に立ち上がる黒炎の中、漆黒兵の放つ雷撃は淡々と命を刈り取っていく。


 戦況は、そしてこの国の行く末は――もはやその火を見るよりも明らかだった。


 ヒューガは己が無力さを呪いながら、けれど、その命に代えても違えることのできない絶対の使命を果たすために、今この瞬間も懸命に剣を振るう仲間たちにさえ背を向けて、王宮から続く秘密の地下道を駆ける。

 玉座に留まり、臣民とともに国の最期を見届けると決断した皇帝夫妻からの最期の命。一人娘の皇女アシュリーゼ、彼女の亡命を無事成し遂げるために。


 やがて、ヒューガはある石壁の前で足を止めた。


 ――双頭の鷲……皇帝家の紋章、ここで間違いない。


「姫、こちらに」


「わかりました」


 ヒューガに促されて、皇女アシュリーゼは石壁に刻まれた紋章へと右手をかざした。二対の鷲の眼が青白い光を放ったかと思うと、露わになった鉄の隠し扉が地鳴りとともに左右に割れて、奥の空間へと誘うように門戸を開く。

 ここが目的の封印区画。かつて繁栄を極めた古代文明が残したとされる魔法陣型の大規模転移装置を安置した《転儀の間》。

 初めて訪れる神秘の空間に感慨を抱く余裕はない。一刻も早く転移方陣を起動させ、皇女とともに遙か遠くの地へと逃げ延びなければならないのだから。

 転移先は未知の世界。皇帝家の古い伝承によれば、大陸はおろかこの世界ですらない、どこか遠い異界の地へ通じているのだという。


 ――どこだっていい。ノルド軍によって帝都を完全に占拠された今、脱出手段は他にない。姫さえ無事ならば――皇帝家の血筋さえ途絶えなければ、帝国再興の機は必ず訪れる。陛下の御言葉を信じ、私はただ、この命に代えても殿下をお守りするのみ!


 皇帝家の血を引くアシュリーゼが起動装置に魔力を込めることで魔法陣が無事起動し、安堵したのも束の間のことだった。

 

「逃避行ごっこはおしまいですよ、お姫様。異世界なんかに逃げられちゃったら、さすがの僕も追っかけられませんからね」


 不意に扉の方から、どこか愉悦混じりの、ヒューガたちにとってはこの上なく不快な声が投げかけられた。


「……貴様、何者だ?」


 ヒューガは咄嗟にアシュリーゼを背中に庇い、腰の鞘から片刃の細剣を抜いて対峙した。

 問うまでもない。まさか、こんなにも早くノルドの連中にこの地下道を嗅ぎつけられようとは。歯噛みする思いで相手を睨む。


「何者、ですか。難しい質問ですが……さて、なんて答えるのが適切なんでしょう?」


 20歳(はたち)のヒューガよりひとつふたつ年下だろうか、華奢な体躯に中性的な声の男は勿体つけた口ぶりで大げさにかぶりを振る。

 黒衣に全身を包んだ出で立ちはノルドの魔道部隊のものだろう。フードに隠れて顔立ちは掴めないが、覗く口元は愉しそうに吊り上がっていた。


「…………」


 態度こそふざけているが、今まで相対したことのない底知れない不気味さ。ヒューガの直感が、目の前の男は間違いなく強敵であると警鐘を鳴らす。


「おっと、そう恐い顔しないでくださいよ。一応ノルド大公国宮廷魔道士団特別顧問(アドバイザー)っていう長ったらしい肩書きはあるんですけど、敢えて僕の気に入ってる方で名乗るとするなら――」


 男は人差し指を立てると、一層不敵に口元を歪めて言った。

 

「女神様に選ばれし《勇者》……っていうヤツらしいですよ?」

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