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魔王は亡き妻を想う


『ディオン』


靄がかかった視界で、青い海のような髪を

揺らして振り返る女。


聞き慣れたその声の主の顔をよく見たいのに、

靄が邪魔をする。


ふふふっと笑う声。


『愛してるわ』


『ああ、わたしもエルファのことを愛している』


温もりを包み込むと小さな体は

ふふふっと揺れる。


幸せそうにふたりはお互いを抱きしめ合う。


しかし、場面が切り替わり、幾つもの死体が転がり

血の水溜まりが広がる中、

ディオンの前に立ち塞がるエルファは

悲痛な面持ちで叫んだ。


『もうやめて!!!

何の罪もない人々を殺さないで!!』


『そこをどけ、エルファ』


『嫌よ!!私のためにこんなことをするのは

間違ってる!!』


『何故だ、エルファ。

この者らはエルファに反論した。

だから殺したまでのことだ』


エルファはかすかに目を見開くとすぐに

悲しげに長いまつ毛を伏せた。


『私はもう、

昔の貴方のようになって欲しくないのよ。


……でも、私がいることで、

貴方はまた《《魔王》》になってしまう。


それなら』


エルファはディオンが

腰に下げていた鞘から剣を

引き抜く。

ディオンはエルファが今から

しようとしている行為に気づき叫んだ。


『エルファッ!!!やめろっ!!!!』


声を上げると同時に大量の生温い液体が

ディオンに降り注ぎ視界が赤く染まる。


まさか。

嘘だ。


そんなはずはない。


震える手で顔にかかったものを拭い、

右手に目を向ける。


……血。


目の前で倒れているエルファを幻だと思いたかった。


固く閉ざされた瞼の奥にある

紫水晶(アメジスト)はもう2度と輝きを見せない。


にっこりと笑う唇も。


血の気を失った肌さえ。


全部、全部、全部!!


……いや、まだだ。


まだ、望みはあるかもしれない。


早く治療師に診せなければ!!


『エルファ!しっかりするんだ!!』


声を掛けても反応はない。

震える手でエルファの手を握る。


その冷たさに思わず手を引っ込めた。


嘘だ。


嘘だろう。


『エルファッ!! エルファッ!!!』


残酷な現実から目を背けてしまいたかった。


そして気付く。


エルファは自分が殺したも同然だと。


自分の行いを正すためにエルファは

ディオンの元から去ったのだ。


『あ、あ、あぁ……』


顔を覆うと肌に爪が食い込むほど力がこもる。


なんて馬鹿なことをしたのだろう。

自分のせいでエルファが命を落とした。


その罪に耐えきれなくなったディオンは

空に向かって咆哮する。


頰を伝うのは果たして血か、涙か。

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