姫君は魔王の過去を知っている
「ディオン様っ!
早くわたくしと結婚してください!」
可愛らしい顔をむくれさせてミレイユは
ディオンの腕に抱きついたまま上目遣いをする。
ディオンはため息をつくと口を開いた。
「結婚はできないと何度も言っているだろう」
「何故ですか??
後見人は用意したではありませんか!」
「姫、メイドが後見人の役割を担えるとでも?」
ミレイユはうっと苦い顔をする。
あれからミレイユは毎日のように
交流のある貴族達へ後見人のお願いをするため
手紙を書き、送っていた。
すべては恋慕う伝説の魔王ディオンと結婚するため。
しかし、自国の姫君が魔王と結婚するために
後見人を立てようとしていることを知ると
大抵の貴族はその打診を断る。
その理由は言わずもがな。
騒ぎを起こさなくなったとはいえ
人々に植え付けられた恐怖心を消すことはできない。
だから仕方なくメイドで手を打ったのだが。
「でも、でもでもっ!!
わたくしはどうしてもディオン様と
結ばれたいのですっ!」
ディオンはその好意を返すことなどできない。
仄暗い感情とミレイユから視線を逸らした。
「……」
「分かっています。亡くなられた魔王妃様を
忘れられないのですよね」
悲しげに微笑むミレイユにディオンは目を見開く。
「何故、姫がそのことを……」
「わたくし、ディオン様に関わることなら
何でも知っていますのよ?古参ファンを
舐めないでいただきたいわ」
ふふんとドヤ顔をして胸を反らせる。
亡くなった前魔王妃、エルファ。
彼女はとても美しく、気高いディオンの
最初で最後の愛する人だ。
「……知っているのなら、話が早いな。
わたしが愛するのは今も、
これからもエルファだけだ。
だから、姫の想いに応えることはできない」
その言葉にミレイユは表情を曇らせるが
すぐにディオンを見上げた。
「ディオン様、いつまで過去の出来事を
引きずっていますの?
あの事件が起こったのは……」
「うるさい!!!!!!」
感情の制御ができなくなり、ディオンの言葉を
きっかけに魔術が発動する。
足元が凍りつき、何本もの氷の刃の切先が
ミレイユの首に伸びる。
だがミレイユは動じることなく
真っ直ぐにディオンを見つめた。
「ディオン様、失ったものは戻ってきません」
「お前に何がわかる……」
頭の中で誰かが泣き叫ぶ。
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』
その声がディオンの頭の中に突き刺さるように響き、
顔を歪ませる。
なんだ、これは。
やめろ。やめろ。やめろ。
頭を抱え、息を荒げる。
『現実から目を背けるな。エルファは
お前が殺したんだ』
自分自身の声があざ笑うかのように纏わりつく。
そんなこと、分かっている。
だからこんなに苦しんでいるんだ!!!!
「ディオン様?大丈夫ですか?」
ミレイユの声がノイズ混じりに聞こえ、
視界がぼやける。
ディオンは意識を絶った。




