ソリッシュの婿入り
ここには道化しかいないのか。
この闘技会で欲するはこの地を、セルジェント領を守る者。一族を支え、貢献できる者。力を示し、その優れたる要素を我が血筋に残せる者。
だがここにいる輩何ぞ、三流以下だ。
多方から強き者を集める為、我が婿の候補を選出する為に開いたこの闘技会。
伯爵四女として生まれた私が冒険者を辞め、このセルジェント領を継いで、貴族としての責務を果たすために開いたこの闘技会は今や、道化の集まりになっているではないか。
賢人たちは「全ては力になる」と言う、だがその前につけるべき言葉がある。「力は全てであり」だ。
貴族は領民を守り、敵を撥ね退け、領地の進むべき先を示すことが義務である。
その最たる基本は、守るに足る力を示すことだ。
だがこの道化どもを見よ。
それぞれが一対一で戦う中、ある者は我が配下の衛兵以下の腕で剣を振るい、更に劣る者に勝ったことを誇らしげにこっちにアピールする。
ある者は有名な冒険者の割に道具ばかりに頼ったか、鉄剣を持たせれば碌に剣を振るいもせず、やがて剣を捨てて三流の身のこなしで相手に組技を掛けようとする。
ある者は槍を車輪のスポークのように回し、地面に刺さり動けなくなる。
呆れる。
アヴェーヌ王国の要衝たるこのセルジェント領はこの程度の者しか寄せ付けられんのか。
我が血筋に残せるものを見ようと、参加者の装備を制限したのは間違いとでも言うのか。
そんな席で不快を露わにしている私相手に、傍の執事長ジェロムは競技場の一角を指して言った。
「ビアンカ様、あちらの男をご覧ください。」
ジェロムが指す先に目を向けば、一人の金髪の男が会場の端で相手を圧倒する姿が目に映る。
勝負が付くまでは一瞬。よそに目を向けていたら見逃していただろう。
重い大剣を横方向に一振り、相手のカットラスをへし折り、相手を武器ごと、地面に叩きつける。
尋常じゃない技量だ。
ここにいる参加者全員の装備はこちらから支給したレザーアーマーと、鉄製のなまくらだ。
なまくらの大剣でカットラスを曲げずに折るには優れた力か、相手を遥かに上回る技量が要る。
それだけなら我が配下の騎士皆出来る程度のことだが、問題はそのあとだ。
横方向に振った大剣を一瞬で返し、弧線を描き、剣の腹で上に飛んで行ったカットラスの破片を掬い、斜め下に平打ち、破片を相手ごと地面に叩きつけた。
相手を吹き飛ばすでもなく、両断するでもなく、地面に叩きつける、それも切り飛ばす筈だったカットラスの破片ごとだ。
尋常じゃない一連の動作がその優れた筋力、卓越した技量の証左となっている。
一目で分かる、この男は周りの有象無象とは違うのだと。
ジェロムが渡してくれた参加者名簿を読んでいればもっと早く気付けたかも知れないな。
男はダミアン・ロンラ、冒険者だった頃に何度か聞いたことのある名だ。
何でも切れる魔法の大剣を愛用し、光の剛剣と呼ばれているそうだが、私からすれば剛剣どころか、大剣を変化自在に操る腕前が恐ろしい。
やはり又聞きの伝聞なんぞ当てにはならんな。
予想通り、ダミアンは最後まで勝ち抜いた。
勝利を手にしたダミアンは私に片膝を突き、頭を垂れて待つ。
席から立ち、労いの言葉を掛けて、ようやく闘技会最後の段取りになる。
「ダミアン・ロンラ、汝に問う。この勝利の果に何を求む。」
ダミアンは頭を上げて、闘志に満ちた目で私を直視する。
「セルジェント伯爵、銀槍の影姫と呼ばれるビアンカ・セルジェント様に挑戦したく。」
よろしい、非常によろしい。
力で血筋に加わる資格を示すなら、せめて轡を並べられる程度でなければならない、わかっているじゃないか。
「よろしい、では存分に休め、明日は万全の状態で挑んで来るがいい。」
「はっ!」
ダミアンの案内をジェロムに任せ、私は訓練場へと向かう。
爵位を継いでから忙殺され、それで落とした腕を少しだけでも取り戻さなくてはならんな。
翌日、同じ条件で用意された装備で私とダミアンが競技場に立つ。
彼は昨日と変わらない大剣、私は全長2メートルの槍。
私は少し、試合を始める前に彼と話し合ってみたい。
「私が銀槍の影姫と呼ばれていたことを知っているなら、私も冒険者だったことを知っているのだろう。
ダミアン、同じ冒険者同士のよしみで、ため口で話さないか?」
「ああ、構わないさ。して、ビアンカ嬢は何の話がしたいんだ?」
冒険者らしい切り替えの速さだ、そして上面だけで勝ち取れると思っていない証拠でもある。
「光の剛剣ダミアン、他の冒険者の噂に疎い私でも聞いたことある名だ。昨日の試合を見れば、卓越した腕を持つと分かる。
だから聞きたい。この辺境一歩手前のアヴェーヌ王国まで来た冒険者なら、誰もが前人未踏の地へと進み、暗い森へ踏み入れ、古の遺跡を暴き、名声を、富を手にしようとする。
昨日の有象無象どもと違い、その技量、その力なら、未知の魔物だろうと、邪悪なドルイドだろうと、古の文明のゴーレムだろうと、あなたならそうそう遅れは取るまい。
なのに何故?何故先へと進まぬ?何故この地に根ざそうとする?」
ダミアンは大剣を地に突いて、慈しみに溢れている表情で空を見上げて語る。
「冒険者の誰もが辺境に赴き、一旗を揚げようと思っている。だが、力持つ者が誰一人残らず、暗がりに足を踏み入れたら、誰が文明の灯を持ち、彼らの背中を照らしてあげられるのだろうか?
ここの領主と継承者は続々と急死したと聞く。辺境マウリス城に続く要衝たるこのライモンデッラが危機に瀕していると俺は見ている、が、この地を守る術も、名分も、俺には持ち合わせていない。
ならば、俺がここを守る術と名分を手に入れる、暗がりを歩む者たちの背中を照らす、この風前の灯火を守る最速にして最良の手段は、あなたに勝て、セルジェント領に入ることだ、違うかな?ビアンカ嬢?」
まさか、ここまでの話を聞けるとは、私でも心が少し動いてしまったではないか。
「......ふ、ふふ、いや、違わないさ。話を聞けて良かったと思うぞ。
それほどの力を持ちながら、自ら進んで力を振るうではなく、他人の背中を守りたいとは、良き統治者の器だ。
さあ、貴族たる心意気は十分のようだが、その心に相応しい力があるか、全力を以て見せて貰おうぞ、ダミアン!」
大剣対槍、長さと取り回しの良さならこっちに分がある。
どれだけ強い筋力の持ち主だろうと、槍で攻撃ルートを制限し、隙を見て魔法で妨害、傷つけていけば、勝つことは容易い。
だがダミアンは違う。
試合開始の瞬間から絶えることのない連撃、大剣どころか、まるでシミターを相手にしているような変化自在で、絶え間ない連撃だ。
槍で進路を防ごうとすれば大剣で当てに来て穂先が大きく逸らされ、両手で力いっぱいに槍を返して石突で対応しないと、ギリギリで躱すこともことも難しかった。
仕方なく槍を斬撃から外し、足の牽制としようにも、大剣に手首を狙われ、槍が踏まれそうになる。
筋力、技量、経験、近接戦闘のセンス、その差は何もかもが歴然で、距離を開かないと勝つことは有り得ない。
思わず苦笑する、これでも白兵戦はギリ一流に入ると言われているんだけどな。
何とか打開しようと回避に徹し、後退しながら魔力を足に込めて、土に簡易的で不完全な魔方陣を描き、初級魔法のソーンバインドを発動する。
二本の蔓が地面から伸び、ダミアンの足に絡む。
ダミアンからしたら予想外の魔法のようで、一瞬足が止まって驚いた様子を見せたが、すぐに足を上げて軽々と蔓を引き千切る。
不完全な魔方陣ならその程度だろうと思いつつ、その一瞬を逃さない。
全力で後ろへと下がりながら、左手を槍から離れて、手の平をダミアンに向け、精一杯の魔力を込めて、中級魔法の詠唱を短縮する。
「暗き帳で覆え!シャドウヴェール!」
闇が手の先から一気に吹き出し、周りを覆い、黒く染め上げる。
光はすべて遮断され、シャドウヴェールが彼我の視界を奪う。
魔力が短縮詠唱にごっそり持っていかれるが、これが状況打開の最低条件だ。
シャドウヴェールの暗闇の中で次の詠唱を始める。
「重力の束縛より解き放ち、浮かび......」
詠唱の途中に足音が聞こえて来る、あなたほどの戦士ならそう来て当然だな、ダミアン。
「我を空へと運べ!フライ!」
体を地面に伏せ、頭の上に大剣の風切り音が聞えたら詠唱を再開して、上半身を後ろに倒して、体を後方に回転。
さっきまで伏せていた地面に、ダミアンの大剣が切り付ける音が耳に届く。
回転で体が真上に伸びた瞬間、手と槍で地面を押して、跳ぶ。
体が空中に浮かべて、体が軽くなり、意のままに空へと舞い上がる。
だが同時に、まだ体より低いところにあった槍に金色の光が迸る。
軽い振動と金属音とともに、金色の輝きを放つ大剣に、槍の穂先が切断された。
距離を取り、20メートルほどの空中に止まってからシャドウヴェールを解除して、自分が持っている槍の穂先を一瞥する。
綺麗な切断面だ。
なるほど、そういうことか。
「ははは!流石は銀槍の影姫、押し切れると思ってたんだがね。」
「光の剛剣という二つ名、愛用の大剣の事だと思ってたが、まさかあなた自身の力とはね。」
「噂は独り歩きするものさ。でもこれで武器破壊は成ったな、勝負ありって事でいいか?ビアンカ嬢?」
試合はもう終わりにしていい、それは間違いない。
ダミアンはその力、その技量、その優れたる故を示した。
私は手も足も出ないまま、彼に武技で圧倒された。
だが、久々の戦闘に血が滾る、すべてを出し切るまで終わりにしたくない。
彼は、私はどれ程の者なのかを、試したくて仕方が無い。
私が一方的に魔法を撃てるこの状況で、乾坤一擲の大逆転を演じられるものなら、して見せろ。
「何を勘違いしている?銀槍の影姫は槍だけで戦うわけがないだろう。」
「なるほど、もう少し続けるってことでいいんだな?」
「ああ、今度はそっちが逃げ回る番だ。」
そう言って魔法の詠唱を始める。
パーティー仲間だった魔法使いのリディアほどではないが、魔法を使えたら、私も簡単には負けん!
「光遮る黒き靄、全てを包む泥となり、絡み、纏え!クラッドシェイド!」
大量の黒い靄がダミアンがいる競技場に降り注ぎ、競技場全体に靄がかかり、ダミアンの身に一層に濃い黒が纏わり付き、その行動を遅らせる。
ダミアンは靄に纏わり付かれながらも手を挙げて、詠唱もせずに一つの光点を私に放った。
避けようとした、が、光点は追尾して来て、私の肩に当たり、消える。
何も感じなかった。
衝撃もなく、体に異常もない、光点はただ当たって、消える。
無意味な行動の筈がない、その狙いを暴かなければ。
魔法の並列行使、三つなら、問題はない。
「見えざる力の輝きを、世に満ちる神秘の流れを、我が目に示せ!マナサイト!」
見える全てが変わり、視界に無数の輝きが目に映る。
人、魔力の有無を問わず、観客席にいる人々に宿るマナが薄っすらと見える。
物、ジェロムと待機する騎士たちが所持している魔法の品が色とりどりなマナの輝きを放つ。
魔法、私のクラッドシェイドは月光のような輝きを放ち、競技場を充満する。
そして、ダミアンと消えたように見えていた、私の肩にある小さな光点は金色に輝きく。
だが、光点は小さく、静かで、動きを見せない。
魔法ではない、破壊力を持ち得るマナ量もない、マナの流れも感じない、ただ静かに私の肩に付いているだけだ。
考え得るのは、マークか。視界が塞がれた場合の保険か?
ダミアンは笑みを浮かべて、動きを見せず、こっちの出方を待っている。
ふん、気味が悪い。後で種明かしをして貰おう。
こっちの魔法を待っているなら、望み通りにくれてやろう。
真上から落とすのに丁度いい魔法がある、だが魔法を使える状況を作るフライ、妨害のクラッドシェイド、動きを監視するマナサイト、外せる魔法はない。
精度は落ちるし、魔法も不安定になる可能性があるが、四つ目の並列行使をする他ない。
手を頭上に掲げ、リディアが教えてくれた呪文を口にする。
「空よ、凍えよ、集えよ、凍える塊りを我が下に。飛び出せ、降り注げ、仇なす者を押し潰せ!|マッシブヘイル!」
七割ぐらい残っていた魔力が一瞬で抜かれて、魔力が四割を切る。
魔力が抜かれるのと同時に、周りに人間サイズの氷が無数に現れる。
数は......98個か、やや少ないな。
自分が展開した魔法を一瞥して、競技場のサイズを確認する。
制御はやや不安定でかなりキツイが、何とか観客席に影響を及ぼさない程度には出来そうだ。
「これを凌いだらあなたの勝ちだ、これぐらいで死ぬことはないだろうな、ダミアン!」
手を振り下ろして、巨大な氷が地面に降り始める。
驚くことに、ダミアンは空から降り注ぐ人間サイズの氷を、クラッドシェイドに妨害されながらも砕き、弾き飛ばしていく。
だが次々と地面に降り注ぐ氷は塵を起こし、クラッドシェイドの靄と相まって、競技場の視界を遮っていく。
私は肉眼で見えなくなっても、マナサイトでダミアンの動きを確認できる、でもダミアンは違う筈だ。
例え光点で私を見えていても、マッシブヘイルを見えなければ、このこの状況の打開は難しいだろう。
傍から見れば私の圧倒的優位に見えるかも知れないが、四重の並列行使はさすがに無理があって、どうしても制御が甘くなってしまう。
少し魔法の制御が狂って、マッシブヘイルの氷が二枚、ダミアンから少し離れたところに落ちた、その時だった。
マナサイトで見えていたダミアンのマナは歪み、瞬く間に視界から消えた。
「なっ!」
「捕まえた。」
振り返る間もなく、回避できる筈もない。耳に伝わるダミアンの声と共に、体に彼の重さがかかり、腕が捕まれ、口も塞がれる。
ダミアンは空中にいる私の後ろに瞬間移動した。
その手口が分からない。
魔法ではない、マナの流れにも異常はなかった。
どちらかと言うと、恐らくは神術か異能の類だろう・
まったく面白い男だ。
詠唱破棄で魔法を使えばまだ続けられるかも知れないが、多分無駄だろうし、ここまで来ればもう十分だ。
フライ以外の魔法を全部解除して、ゆっくりと地面に降りてゆく。ダミアンも魔法の解除を見たらすぐに私を放して、地面で私を受け止める。
「とんでもない力を持っているな、ダミアン。その種明しをしてもらいたいものだ。」
「観客のいないところでいくらでも話すよ、ビアンカ嬢。」
「ビアンカで良い、あなたを疑う者はもはやいないだろう。」
これほどの男はそういない。冒険者だった頃の記憶でも、さっきの闘技会でも分かることだ。
ましてや 冒険者上がりにしては十分すぎる程の心構え、これ以上求めるものはない。
そしてそんな彼に私も、少しは興味を持ってしまった。
地面を足で踏み、ダミアンに振り向いて、手を差し伸べる。
「ダミアン・ロンラ、あなたにセルジェントを名乗る気はあるか?」
私の手を取り、ダミアンは手の甲に口づけする。
「喜んで致しましょう、ビアンカ。」
冒険者だった頃ならいざ知らず、今の私の身分から、自由は許されているものではない。
だが、我が責務、我が信念に背かぬ限り、精一杯の愛を与えると約束しよう。
「これからはよろしく頼むぞ、花婿さん。」