第9話 沙奈
「私さ、授業中寝てたじゃない?その時夢を見ていたの」
弥生ちゃんはミニサイズのタコライスを食べながらそう言った。
保健室での事件(?)の後、帰宅しようと思った所で、哲平君が「腹減った」と呟いた。その言葉が、それまでの非現実から一気に現実へと引き戻してくれたみたい。途端に私は空腹を覚え、それは弥生ちゃんも同じだったらしく、結局3人でそのまま食堂へと直行する事になったのだ。
午前授業の今日も、食堂は部活のある生徒達を中心にそれなりに混み合っていた。なのに食堂のおばちゃんは1人しかおらず、とても忙しそうに見える。
「みんな急に体調悪くなったみたいでねぇ」
対面で準備をしながら、そう教えてくれた。
だから弥生は、準備に手間の掛からないタコライスにしたのだろう。
「そういやみんな寝てたな。先生も寝てたし。何の夢見てたん?」
哲平君がそう言った。彼も、食堂のおばちゃんの負担にならない、盛り付けの簡単なカレーを選んだ。福神漬マシマシの大盛りだけど。
セルフのコップのお水を3杯も用意して来て、そのうち1杯を食べ始める前に飲み干す。喉も乾いていたみたい。
「さっき剣道部の先輩が『ミアナ』って言ってたじゃない?・・・その『ミアナ』になってる夢・・・」
「・・・はい?」
「・・・はぁ?」
私と哲平君は同じ様に間を空けて、声を合わせて聞き返してしまった。
思った通りの反応だったのか、弥生ちゃんはそのまま話し続ける。
「何だか、病的に抗えない眠気だったのよ。それでね、女の人と猫と蝙蝠を混ぜたみたいな化物に襲われて、男の人に助けてもらったの。その男の人が多分剣道部の先輩とリンクしてた?みたいな感じだと思う」
弥生ちゃんはトマトをスプーンに乗せて、口に運びながらそう言った。
女の人と、猫と蝙蝠をミックスしたような化物って何だろうか、とちょっと考えてしまった。
「え、じゃあ何?夢と現実と繋がってるとんでもない状況なの?今」
私は、手間なく会計だけで済む、食堂横の売店のサンドイッチにしていた。3種類あるうちのひとつ目を手に取り、ひと口サイズに千切って口の中へ運ぶ。マヨネーズで和えたゆで卵の味が広がって美味しい。
お腹が空いていたせいか、弥生ちゃんの話す内容よりも食べ物の方に注意が向いてしまう。かなり非現実的な事を言われているけど、最初のインパクトは持続せずに、適当な相槌を打って軽く聞き流せてしまっていた。
たまごサンドを味わいつつミルクティーを飲み、猫の顔の付いた人間の足の蝙蝠を思い浮かべる。
「何か、朝の凄い風あったじゃ無い?あれが怪しいと思う訳よ。私は」
食べ物に夢中なのは弥生ちゃんも同じ様で、その非現実な話を、何の変哲もない日常会話の様にサラリと続ける。レタスとご飯とソースをバランス良く混ぜながら。
弥生ちゃんの言葉に、私は朝の風を思い出した。確かに何度か強風が吹いて、登校中の生徒はみんな慌てていた。
「そんな風吹いてたのか?俺遅刻したから知らねーわ」
哲平君は凄い勢いで2杯目の水を飲み、カレーも飲むように食べて行く。
「確かに、みんな風に吹き付けられた後フラフラ歩いてたね。教室では寝ちゃう人だらけだったし」
私は答えながら授業中の様子を思い出す。半分くらいの生徒が寝てた。そして先生までも眠そうにしている様に見えた。
「寝てた奴全員そういう夢見てたりしてな」
最後の福神漬けをスプーンに掬いながら哲平君が言った。食べるのが早い。その早さと、哲平君の言葉の非現実の度合いの大きさに手が止まる。
「・・・まさか、ね」
私は、お腹が落ち着いて来たせいか、話の内容の非現実さを実感し始めて来た。2つ目のサンドイッチ、ツナトマトサンドを見詰めて固まってしまう。
「まぁとにかく、食べよ!沙奈、またトマト見て止まってる。ちゃんと野菜食べないと要君に怒られるよ」
「えっ・・・、」
弥生ちゃんの言葉に、止まっていた私は慌てた。
違うのに。別に野菜が嫌で固まっていた訳じゃないのに。
そう思って私はプーっと膨れた。
要というのは私の弟。中等部の3年で、中等部の生徒会長をやっている。頭も良く、リーダーシップも取れる出来の良い弟だ。
「ここで要を出さないでよ」
「要君元気?ウチに婿に来る日が待ち遠しいわ」
弥生ちゃんは要の事がお気に入りなのだ。勝手に付き合っているという設定の妄想話をよくする。とうとう結婚の話にまで発展してしまった。
「婿には出しません。要は家の大事な後継ぎですから」
私は苦笑いして、丁重にお断りした。
「沙奈が婿貰って継げば良いじゃない」
またそんな勝手な事を、と思っていると、哲平君がボソリと呟く。
「婿に入って家を継ぐ、か」
よく分からないが、俯いて目を瞑り、唸りながら頷いている。
「私は家を出てパン屋さんを開業するんだから無理ですー」
私は哲平君を無視してそう言い返した。
私の夢は、子供の頃からパン屋さんだ。その想いは今でもブレていない。
「夫婦でパン屋の経営、アリだな」
また哲平君が呟く。
「・・・哲平、あんた何か変な妄想してない?」
弥生ちゃんが目を細めてちょっと引きながら哲平君を見る。
「あっ、えっと、してないよ。うん。何もしていない。ほら、早く行くぞ。もうお前等遅いから置いてく!」
そう言い捨てて3杯目の水を一気飲みし、一足早く食べ終わった哲平君は、素早く下膳を済ませて行ってしまった。
「早・・・」
「まぁ、うちらも食べて行こうか」
ピークは過ぎ去ったのだろう。食堂を利用する人の姿はまばらになって来ていたが、長居する理由も無かったので、私達2人も、早々に食べ終えて食堂を後にした。
何だかよく分からないながらも、寮に帰ろうと昇降口へと2人で向かった。すると、そこには人だかりが出来ていた。
「何だろう?」
弥生ちゃんと立ち止まって目を合わせた。
人だかりの中の何人かが私達2人に気付いて駆け寄って来る。駆け寄る人に気付いた他の人達も続いてこちらに来た。みんながみんな真剣な表情をしている。
「ミアナ様!ご無事で何よりです」
1番早く私達の元に来た子は同じクラスの女生徒だった。その子はそう言いながら弥生ちゃんの両腕を掴んだ。
「えっと・・・」
また例の名前『ミアナ』と呼ばれる事に戸惑う弥生ちゃん。助けを求める様に再び私の方を見るけれども、私もどうして良いのか分からなかった。
戸惑う私達に向かって、近寄って来た人垣の向こう側、先程人だかりが出来ていた所から助けを呼ぶ声がする。
「おい弥生、沙奈、何とかしてくれ!」
先に食堂を出た哲平君が、鈴蘭テープで縛られているのが見えた。
「待って、何これ。新しい遊び?」
弥生ちゃんが苦笑いしながら私に聞く。しかしながら、周囲の真剣な様子から、遊びではない事が伺える。
「『ミアナ様』って言ってるし、遊びじゃないんじゃないかな・・・様子も変だし・・・」
そう言った私の腕を誰かが強く掴んだ。同じクラスの、隣の席の男子だった。
「痛!何?」
抵抗する私を無視して、彼は哲平君を縛ったテープで私も縛ろうとする。
「えっ、え⁈」
「ちょっとあんた、何してるのよ!」
ビックリして泣きそうになっている私を見て、隣の男子を弥生ちゃんが怒って止めてくれる。止められた男子は、申し訳無さそうに説明した。
「領寺さんも寝ていなかったから危険です。午前中眠りについていなかった者は、全て魔物に取り憑かれている恐れがあります」
敬語・・・。
「はぁ?」
弥生ちゃんが、呆れた様な声を出した。私もよく分からなくて、眉を寄せた。
・・・訳が分からない。
確かに私は、午前中居眠りしていなかったけども、それがイコール魔物に取り憑かれるとは何なのか。
ここに居る生徒達にふざける様子は無い。大半がクラスメートで、ハッキリとは言えないが見回した感じ、そこにいるクラスメート全員が居眠りをしていた様に思えた。
私達が保健室に行って、その後お昼ご飯を食べている間に一体全体何が起こってしまったのだろう。
更に縛ろうとする男子に私と弥生ちゃんの2人で抵抗していると、激しい足音が聞こえて来た。そして、酷く慌てた感じの大声で言い放つ声が響いた。
「中等部棟、閉鎖!」




