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第1話 夏乃

 その時、扉は開かれた。狭き門から我先にと続々と飛び出してくる。

 小さな力、中位の力、大き目の力、全てが混ぜこぜに、行き場を求めて噴き出している。

 と、突如桁違いの大きな力が飛び出した!

 周囲の力が散り散りに距離を取る。

 桁違いの大きな力は、機嫌良く唄い始める。

 目の前に広がる『新しい世界』の眩しい情景を唄う。


 どんぐりころころどんぐりこ


 ころころ可愛いやどんぐりこ


 あれま人子の頭じやないか


 どの子が良いかな可愛いや可愛い


 一番綺麗なこの子にしよか


 私の物だよ他はお退き


 どんぐりころころ可愛い娘


 今日から私の身体だよ



 風が吹いた。校門前の銀杏の大木から吹き下がる風は、生暖かく、沢山の砂埃を頭上に振りかけるように生徒達の群を襲った。


「痛い!」


「うわ!めっちゃ目に入った!」


 辺りが騒がしくなる。


 私も例に漏れず目の中に砂が入り、思わず立ち止まって顔を押さえた。涙で流そうと瞬きを繰り返す。


「夏乃ゴメン、ちょっと眼鏡持って」


 隣を歩いていた流喜(るき)が外した眼鏡を渡してくる。涙を流しながら受け取ると、ボヤけた視界に流喜が目薬を指すのが見えた。


「眼鏡なのに砂入った?」


「何故かね。役に立たない眼鏡だ」


 その為の眼鏡では無いだろうに。


 そう思いながら、目薬を指し終わった彼に眼鏡を返した。


 この春から私達は3年になった。中高一貫のこの学園の最上級生。


 彼は磯野流喜、私の恋人で生徒会長。中等部時代からの付き合いなのでもう5年も一緒に過ごしている事になる。


 成績優秀でスポーツもそこそこ出来る。何かと面倒見の良い性格で、先生達からの受けも良い。


 生徒会長にはうってつけの、所謂()()()だ。


「そうだ夏乃、今日の放課後時間ある?引越しの荷物の片付けがまだ終わらないんだ。良かったら手伝ってもらえないだろうか」


 流喜は、掛け直した眼鏡の位置を直しながらそう言った。


 この学園の生徒は寮生が多い。彼もそうだったが、進学に伴い寮長を押し付けられそうだったので近場のマンションに越したのだ。


 優等生の流喜でも、寮長はやりたくないらしい。私は、やれば良いのにと思ったが、なんでも癖の強い後輩がいるとか何とか。


「勿論・・・」


 答えながら、私は目の奥に痛みを感じた。痛みと共に「手伝いたくない」という真逆の思いが湧き上がってくるのを感じる。


 胸の奥がざわざわする。いつも横にいる彼が鬱陶しく、憎たらしく感じてしまう。


 何だろう、これ。


 胸の辺りをぎゅっと掴んだ。


「夏乃?」


 どうかしたのかと彼が見てくる。


「何でもない」


 無理矢理笑顔を作って誤魔化した。


「勿論手伝うよ。放課後迎えに来てね!」


 流喜に笑顔を向ける事に苦痛を感じる。チクチクとする胸を押さえながら、私は平静を装っていつも通りに教室へと向かった。



「夏乃おはよう。強風大丈夫だった?私目に砂入ってまだ痛いよー」


 教室に入ると、仲の良い友人がそう言って話しかけてきた。フワフワにカールした髪がいつも通りに可愛い女の子だ。視界がユラユラする。友人の首筋から、美味しそうな良い匂いがする気がするような気がしてならない。


 「食べたい」という気持ちが湧いてくる。


 何これ・・・。


 欲望を我慢する様に彼女から目を背けて、耐えながら無言で席に着いた。友人は、何も喋らない私を不思議そうな面持ちで見ている。でも私には距離を取る以外何も出来なかった。そうしなければ、今にも彼女に襲いか掛かってしまいそうだ。


 何故⁈


 やっぱり胸がチクチクとする。私は、胸のチクチクにひたすら耐えながら、机の上に突っ伏した。



 授業が始まる迄の短い時間に、少しだけ夢を見た。


 自分が、もう少し年上の大人の女性になっている夢だ。エナメルの様な艶のあるロングブーツに露出の激しい水着の様な服を着ていた。周囲にも同じ様な格好の女性が大勢いて、薄暗い空間でぬらぬらと蠢いていた。


 黒い大きな何かが、女性達の体を包んでいる様に見えた。



 教師の声で目が覚めた。日直が号令を掛け、授業が始まる。


 教師が挨拶をし、教科書を読み始める。すると、何故か斜め前の男子生徒の事が気になって仕方なくなっきた。


 長野忍。


 ほとんど話した事も無い子だ。


 帰宅部で色白で、内気で声の小さな男子。


 そんな印象しか無いその子の事を、急に抱きしめたい気分になる。


 背中から抱きしめて、こちらを振り返った所に口付けて、それから・・・。妄想が止まらない。


 動悸が激しくなる。私、本当にどうしたの?


 恐怖感に襲われて、自分を両腕でぎゅっと抱きしめた。


 周囲を見回すと、半数近い生徒が机に伏せて眠っていた。教科書片手に黒板に向かう教師も、チョークを持ちながらうつらうつらと立ったまま船を漕いでいる。


 私だけじゃ無い。皆んな何か様子がおかしい気がする。


 そう思った瞬間、ガクッと体から力が抜けて、私は再び机に倒れ込む様にして眠ってしまった・・・。



「夏乃」


 流喜に呼ばれた。


 授業を受けた記憶があまり無かった。でもしっかりと、午前中の授業分の時間は過ぎ去っている。


「あ、流喜・・・」


 放課後になっていた。新学期が始まって間もないので、まだ午前中だけで授業は終わる。朝の約束通りに私を迎えにきたのだろう。


 私は、ぼんやりとしていた。朝教室に入ってから、一度も鞄を開けていない事に気付く。


 でも、時間だ。帰らなきゃ・・・。


 私は、そのまま鞄を持って立ち上がった。



 流喜の隣に並んで、彼の新しいマンションに向かって歩く。


 私は、彼の顔も見たくは無いと思ったが、このままマンション迄一緒に行って、そこで仕留めるのもアリだな、と思った。


 え、仕留める?仕留めるって何?


 自分の思考に驚く。驚きながらもぼんやりとした状態は続いていて、視界が揺れている。まるで夢でも見ているかのようで、フワフワと浮いているみたいだ。


「急いで決めた部屋だけどさ、ちょっと変わっている以外は割と良かった」


 並んで歩きながら彼が言う。


「そう。どんな風に変わっているの?」


 他の人が喋っているみたいに口が動いた。


「玄関の鍵が、内側外側両方から閉まる」


「・・・へぇ」


「おまけに窓が全部小さくて、人が出入りできるサイズじゃ無い」


「・・・ふうん」


「だから鍵が無いと部屋から出る事が出来ないんだ」


 確かに変わっている部屋だな、と思った。何の為にそんな構造になっているのだろう。というか、よくそんな部屋に引っ越す事に決めたものだ。


 そう思ったものの、今はそれどころでは無い。私の様子がおかしい事に、流喜は気がついているのだろうか。


 顔を彼の方に向けて見てみると、彼はいつも通りに良い姿勢でしっかりと歩いている。いつもと違う素振りは感じられなかった。


 マンションの彼の部屋に着くと、確かに段ボールが山積みで片付けに苦戦している様子が見られた。


 2人で雑談をしながら荷解きを進める。自然な会話が続き、順調に作業は進むが、私はユラユラとした視界にフワフワとした感覚で、自分で何かをしているという感覚は無かった。


 流喜、気づいて。私変なの。


 そう言いたいのに口が動かない。


「流喜」


 突然、私の口が彼を呼んだ。


 私の目に彼が映った瞬間、彼への殺意が溢れるように湧き上がってきた。


 動悸が激しくなる。彼の荷物を整理していた私の手が、勝手に彼に向かって伸びる。


 お腹の底から熱い何かが湧き上がる様な感覚がした。


「死ね!ババァ!」


 勝手に私の口が怒鳴り声を上げ、彼の両腕を掴んで襲い掛かる。


 ババァ⁈ババァって誰の事?流喜に向かって言ってるの⁈


「夏乃⁈」


 流喜は驚いて抵抗する。2人でもつれ合っていると、玄関のドアが迫っていた。押し合い引き合いをする勢いのまま、流喜が背中をドアに強く打ち付けてしまう。


 流喜が息を飲んで出来た隙、目に飛び込む頸動脈。私はがぶりと噛みついた。


 流喜は、咄嗟に私の頭をその場にあった傘で殴った。一瞬飛ぶ意識。私の体から力が抜けた隙に、彼は外に出てドアに鍵を掛けた。


 ガチャンという無機質な音が響く。


『玄関の鍵が、内側外側両方から閉まる』


『おまけに窓が全部小さくて、人が出入りできるサイズじゃ無い』


『だから鍵が無いと部屋から出る事が出来ないんだ』


 先程の会話が思い出された。


 ああ、なんて事・・・。でも良かった。流喜を傷付けなくて済む・・・。


 私は、流喜によって、流喜のマンションの部屋の中に閉じ込められてしまった。

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