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◆9.暗雲立ちこめる第3支部

 魔法省南部第3支部で副支部長を務めるマクエル・チェスターは、その日父であるチェスター男爵に呼び出されていた。


 南部第3支部の支部長である父は、基本的に放任主義でマクエルに口を出すことはない。


 つまり今回呼び出されたのは、そんな父にすら看過できない何かがあったということだ。


 マクエルが苛立ちながら支部長室に向かうと、父は開口一番に言った。


「一体どういうことだ」

「……はい?」


 何のことだ。

 思わず尋ね返すと、父は眉間に皺を寄せる。


「魔法省の本部から通告が来た。うちの先週の会計報告が未だに上がっていないと」

「は……」

「会計はお前の管轄だったな? これはお前の責任だ。先日の〈竜鷲〉のことといい、一体どれだけ醜態を晒せば気が済む?」


 大きく舌を打ち、父はじとりとマクエルの右肩を睨んだ。そこから伸びているはずのマクエルの右腕は、先週起きた〈竜鷲〉の一件で切り落とされている。


(知るか、そんなもの……!)


 マクエルは唇を噛んだ。そもそもの話、この辺りは本来〈白鷲〉のように危険度の低い魔物しか現れないはずなのだ。


 なのに、先週になって突然〈竜鷲〉が現れた。


 あんなのが田舎の支部でどうにかできるわけがない。それどころか南部第3支部は討伐隊用の予算を極限まで削っていて、兵の装備も貧弱なのだ。


(それでも、今まではどうにかなっただろうが……!)


〈竜鷲〉との戦闘は何もかもが失敗だった。


 そもそも部下の質が悪い。マクエルは逃げようとしたのに、綺麗事ばかり述べてちんたらしていた無能な部下のせいでマクエルだけが被害を受けたのだ。


 あのあと、マクエルは討伐隊を全員解雇した。


 ついでに町で再就職ができないよう根回しもした。当然だ。この腕を切り落としたのはあいつらなのだから相応の責任は取らせねばならない。


「このままだと、魔法省の本部から監査が来ることになる」


 ため息を吐き、父は不機嫌を隠そうともしない声で言う。


「うちに監査が入れば面倒だ。それまでにお前がどうにかしろ」

「…………」

「ヘマをしたらわかるな? 早急に対策を立てろ」


 最後にもう一つ舌を打ち、父は支部長室からマクエルを追い出した。


 イライラする。どうしてマクエルがこんなことを言われなければならないのだろう。父なんて、ただ運良く支部長の座が転がってきただけの無能なのに。


「……チッ」


 苛立ちをぶつけるように左腕で壁を殴り、マクエルは職員寮に向かった。目的の扉の前で立ち止まると、荒々しくノックする。


 部屋の中から「はぁい」という間の抜けた声が聞こえると、マクエルはその名を呼んだ。


「レイラ、僕だ」

「あらマクエル様。何かご用?」


 レイラ・ブリストムは、ティナとの婚約を破棄したあの日から、マクエルの新しい婚約者になった。


 レイラはいい女だ。なんたって彼女はティナと違ってマクエルを褒めそやすし、愛嬌もあってスタイルもいい。


 加えて邪魔だったティナの不正を告発し解雇に貢献してくれたのもあって、マクエルはレイラのことを気に入っていた。何より自己顕示欲を適度に満たしてくれるのがいい。


「私今日休みなんですけど……。どうかなさいました?」

「悪いな、少し会計のことで話があるんだ。確か今会計を担当しているのはレイラだったよな?」

「え?」


 尋ねると、レイラは目を丸くした。


「本部から先週の会計報告が上がっていないと報告があったらしいんだ。どうなってる?」

「え? あ、いや……」

「先々週のぶんはあの女(ティナ)がやっていたはずだよな。このままだと監査が来るらしいから早くしてもらいたいんだが」

「あー、えーっと……」


 レイラは口ごもると、困ったように笑って言う。


「会計報告って何をすればいいんですか?」

「……は?」

「ああいや、やらなきゃなのはわかってたんですけど……やり方がわからなくて。聞こうと思ってたのを忘れてそのままにしちゃってました。すみません」


 マクエルは絶句した。一体どういうことだ。


「ち……ちょっと待て! 君は確かティナから会計の仕事を押し付けられていたんだよな!?」

「あー、そうですね」

「それなのにやり方がわからないって一体──」

「違うんですよぉ。ティナさんってば、その報告? の仕事だけは自分でやってて……。だから知らないんです。ごめんなさいね?」

「でもそんなこと一言も」

「聞かれませんでしたから。それで、報告ってどうやるんです?」


 ヘラヘラと笑って首を傾げるレイラに、マクエルは頭が痛くなるのを感じた。話とまるで違う。


 ティナを解雇したあと、マクエルはティナが請け負っていた仕事を適当に割り振った。


 その中で会計の仕事をレイラに任せたのは、彼女がティナにその仕事を押し付けられていたと聞いたからだ。


 会計は専門性が高く、そこらの人間が適当にマニュアルをさらってできるものではない。


 そのため資格が必要なのだが、本部もわざわざ資格の有無を確認はしないのが実情だ。そのため、責任者であるマクエルが黙認する形で無資格のレイラに会計を任せた、はずなのだが。


(それが、『やり方がわからない』だと……?)


 そんなの聞いていない。マクエルは奥歯を噛んだ。


「……僕も会計は専門外だ。別の誰かに聞いてくれ」

「えー、そんなぁ。じゃあその監査? っていうのが来たらその人にやり方を聞いて──」

「無理に決まってるだろう! 無資格の君に会計を任せていると本部に知られたらどうなるか……!」


 八方塞がりだ。会計を任せたレイラは仕事のやり方を知らず、そして現在南部第3支部に会計の資格を持つ者はいない。


 何よりまずいのは、このまま会計報告ができずに本部から監査がやってきた場合だ。


 田舎の1支部ということもあって、南部第3支部には本部からの監視の目がない。それをいいことに、マクエルとその父であるチェスター男爵はそれなりに好き勝手やってしまっているのだ。


 特にマクエルは、削減した討伐隊の費用を自分の懐に入れて好きに使っている。


 会計を務めていたティナのことは騙せても、本部の調査が入ったら誤魔化しきれないだろう。横領がバレたらおしまいだ。解雇は免れない。


(……あの女が全て悪いんだ)


 小さく舌を打ち、マクエルは踵を返してレイラの部屋を後にした。何もかもが不愉快で仕方がない。


(あの女、ティナ、ティナが……! あいつのせいで僕の人生が狂った、あいつが!)


 しかし、憎きあの女も今頃職と金と家を失って路頭に迷っている頃だろう。


〈竜鷲〉の一件では何やら見たことのないバケモノを連れていて驚いたが、だから何だと言うのだ。あいつがノロマで馬鹿なことや、全てを失ったことには変わりない。


「あ、副支部長……! こんなところにいらっしゃったんですね」


 そう落ちぶれているであろうティナを想像して少々機嫌を良くしていると、前方からパタパタと職員が駆けてくる。


「何だ、今は忙しいんだが」

「それがちょっと緊急の用事で……。事務の人が何人か辞めたいって騒いでるんです」

「はあ?」


 いきなり何の話だ。マクエルが苛立たしげに目を細めると、職員は表情を曇らせて続けた。


「この間、シストロイズさんが辞めたからって彼女が担当していた仕事をみんなに割り振ったでしょう? それがもうかなりの負担で」

「…………」

「休みも返上したけどまだ終わらなくて、かくいう私ももう限界なんです。どうにかなりませんか?」


 職員は懇願するようにマクエルを見上げる。


 それに舌を打ちたい衝動を堪え、マクエルは深くため息を吐いた。全く、これだから無能な平民は。何が『辞めたい』だ、笑わせる。


(人1人分の仕事を割り振っただけで大袈裟な……)


 元々はティナが1人でこなせていた仕事なのだ。しかもティナはそれを他人に押し付けていたというのだから、立ち行かなくなるはずがない。


「ただ騒いでるだけだろ。無視しておけ」

「え、で、でも……」

「うるさい。そんな話二度と僕にするな」


 ただでさえ不機嫌なのに、そんなアホらしい話を聞いている余裕はない。


 会話を打ち切り、マクエルは再び大股で廊下を歩き始めた。これも全部ティナが悪いのだと、そう怒りを滲ませながら。

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