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8.竜の愛し子、就活に成功する

「ちょっとクロ! 早くしないと遅れるよ……!」


 帝国の人間に熱烈な勧誘を受けた、その翌週のこと。


 早朝に宿を出たティナは、未だ寝ぼけた様子のクロの手を引きながらビアレイの町を駆けていた。


「まだ約束の時間までは1時間以上あるだろ……。お前が急ぎすぎなんだよ、ティナ」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ……! わ、わたし飛行船とか乗るの初めてだし、手続きに手間取ったら帝国行きの飛行船に乗り遅れちゃう!」

「飛行船は貸切にしたってあのストーカーが言ってただろうが。そもそもお前は向こうからしたら客人だろう? 余程のことがない限り置いていかれたりは──」

「あっ! 見て、あれだよ飛行船乗り場! 早く行こうクロ!」


 本人は全力疾走しているつもりだが、運動神経が悪いティナの走りはバタバタとしていてとんでもなく遅い。


 クロがティナを担いで走る方がはるかに速いスピードだったが、クロは何も言わずに大人しく手を引かれていた。活気に満ちた様子のティナが珍しくて、もう少し見ていたくなったのだ。



 あのあと、帝国の人間を名乗る男はティナが出した条件を呑んだ。



 少し躊躇った様子だったが、条件と引き換えにでもティナが欲しかったのだろう。そんなわけで、ティナは無事に帝国での職と家を手にすることとなった。


 竜として長い間世界を見ていたクロは、帝国の事情にもそこそこ詳しい。


 ヴァンタール帝国は、豊富な資源と魔法工学の発展によってここ数十年で大きな飛躍を遂げた国だ。


 歴史と古くからの規範を重んじるエルン王国とは対極の存在と言ってよく、クロはどちらかというと帝国の方を気に入っていた。王国より帝国の方がティナを評価するからだ。


(……ティナが虐げられない場所ならどこだっていい)


 ゼェハァ言いながら走るティナの背を見つめ、クロは小さく息をつく。


 さて、南部第3支部は今頃どうなっていることだろう。ティナのいない中でどう仕事を進めるつもりだろう。


 引き継ぎもなしに追い出して、ティナが請け負っていた数々の仕事は誰かがすぐやれるものだとでも思っているのだろうか。


 その行く末を想像すると非常に愉快だが、しかしティナのそばを離れてまで見にいこうと思う面白さはない。


(あんなのは、勝手に困って喚いていればいい)


「あ、パーシヴァルさん!」


 しばらく走ると、飛行船の乗り場前に見知った姿があった。


 例の帝国から来たストーカー──先週別れ際になって『パーシヴァル』と名乗った男は、2人を見つけると緩く片手を振る。


「ずいぶん早いな。まだ約束までは1時間もあるのに」

「の、乗り遅れちゃいけないと思って……」

「君を乗せずに出発したりしねえよ。それより、宿の居心地はどうだった?」

「あ、す、すごかったです! 本当に泊まらせてもらっていいのかって思うくらいでっ!」

「ふ……、そうか。気に入ったならよかった」


 そう言ってティナの頭を撫でようとした手を、クロがスパンとはたき落とす。


 そう簡単に触らせてやるはずがない。不満げなパーシヴァルにクロが眉根を寄せると、パーシヴァルは呆れたように頬を掻いた。


「それより、こんなに早く出て朝食はちゃんと食ったのか?」

「あ、いえ、急いでたので朝食は……」

「だろうと思った」


 ティナが首を振ると、パーシヴァルは柔らかく笑う。


「今のうちに何か買ってこい。飛行船に乗ったら帝国に着くまでお預けだぞ」

「えっ、せ、船内販売とかは……」

「あるわけねえだろ。ほら、サンドイッチならそこで売ってるぞ」

「い、いいいいいい行ってきますっ!」


 途端に顔を青ざめさせ、ティナは相変わらずバタバタとした不恰好な走りで露店に急ぐ。


 その背を見送ったあと、パーシヴァルは場に残ったクロに首を傾げた。


「お前は行かないのか、浪人」

「いらん」

「お前も朝食はとっていないんじゃないのか?」

「僕は腹が空かない」


 いくら変身魔法で人間の身体になっていようと、クロは竜だ。食事も睡眠も本来は必要ない。


「……先週から思っていたが」


 そんなクロにそっと目を細めると、パーシヴァルは静かに問うた。


「アステル先生に息子はいないよな」

「……ほう?」

「ティナはお前を兄だと言っていたが、あれは嘘じゃねえのか」

「ああ、嘘だ。僕はあいつの旦那だからな」


 顔を顰めたパーシヴァルとは対照的に、クロはにやりと口角を上げる。


 それからわずかに首を傾げると、挑発するような声色で言った。



「お前は、ティナに根負けして『条件』を呑んだだろう。僕が何者であろうと、つべこべ言わずに大人しく受け入れるんだな」



 ──「条件を出していいですか」


 先週のことだ。

 パーシヴァルにそう告げたティナは、クロの背に隠れブルブルと震えながら言った。


 ──「クロも帝国で一緒に働かせてください」

 ──「今後は一緒にいるって、さっき約束したので……。お願いします」


 つまり、クロも帝国に連れて行けということである。


 パーシヴァルの目当てはティナだ。彼は身元のわからない怪しい男を連れて行くことに抵抗を感じていたようだが、最終的には同意した。


 それほどティナが欲しかったのだ。


 あのマクエルなどと違って、彼はティナを評価している。クロはその一点においては彼のことを気に入っていた。


「それに、お前だって身元を隠していることには変わりないだろう。パーシヴァル・ヴァンタール」

「……俺のこと知ってたのか?」

「そりゃあな。帝国の第二皇子の名を知らない奴なんて、ティナくらいのものだ」


 ヴァンタール帝国の第二皇子──パーシヴァル・ヴァンタール。


 外交においては影の薄い、他国の人間にとってはあまり印象のない皇子だ。しかし出会った時、クロは一目見て彼が第二皇子だと気がついた。


 パーシヴァルは小さくため息を吐く。


「……向こうで変なことしてみろ。第二皇子としてすぐにでもお前を帝国から追い出すからな」

「ああ、勝手にしろ。その時はティナも連れて帰るがな」


 静かに火花を散らしていると、またバタバタという足音が迫ってくる。


 ティナだ。彼女は両手いっぱいに抱えたサンドイッチをゼェハァ言いながら運んでくると、それをひとつずつ2人に手渡した。


「い、い、い……一緒に、た、食べませんか……」


 酸欠で青い顔をしながら言うティナに、クロとパーシヴァルは揃って吹き出す。


 サンドイッチを食べ終わった頃には、飛行船の搭乗時間が10分後に迫っていた。

次回、マクエルたちの視点を挟んでから帝国編です…!


モチベーションにつながりますので、

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