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5.竜は結構万能らしい

「とにかくね、色々あってわたしは一文無しなの」


 1時間ほど空を飛んで辿り着いた、深い森の中。

 ティナは、クロの大きな身体を背凭れにしながら言った。


「だから仕事を探すんだろう?」

「うん、そう」

「それにしても、あの息子は相変わらずの馬鹿だな。片足も吹き飛んでしまえばいいのに」

「片足『も』って……マクエル様は健康でしょ」


 ティナが苦笑いを浮かべると、クロはフンと鼻を鳴らして目を逸らす。


「それでね、クロ。わたし、あの町じゃもう雇ってもらえないから別の町に行きたいの」

「雇ってもらえない? 職が余っていないのか?」

「ううん。むしろ若い人は全然足りてないんだけど……でもわたし、あの辺だと魔法省のお金盗んで解雇されたすっごい悪人ってことになってるから。どれだけ人が少ないところでも雇ってもらえないんじゃないかな」


 半分に割ったサンドイッチをクロへと差し出し、ティナは目を伏せる。


 一方、包み紙ごと大きな口で飲み込んだクロは、如何にも自信ありげな表情を浮かべた。


「なるほど、なら単純な話だな。お前が変身魔法なりなんなり使えば良い」

「……変身魔法?」

「ああ。ちょうどこんな風に」


 言うや否や、クロの目が鈍く光り──次の瞬間、ティナは背の支えを失って「うぎゅ」という間抜けな声を上げながら倒れた。


 恐る恐る瞳を開くと、そこに荘厳な竜の姿はない。


 代わりにティナを膝枕していたのは、木漏れ日をバックににやりと口角を歪めた黒髪の青年だった。


「わあっ!? 誰っ、なに!? クロ……!?」

「ああそうだ。これはな、擬態魔法を応用した変身魔法で──」

「す、すごい……けど聞いてないよ! クロ変身魔法なんて使えたの!?」


 父の手帳にも、竜が変身魔法を使えるなんて記述はなかったはずだ。慌てて上半身を起こすと、人間の肌の質感までしっかりと再現しているクロは自慢げに頷いた。


「ああ。アステルも知らなかったんだ、すごいだろ?」

「え、ええ……今頃お父さん泣いてるんじゃないの……」

「ざまあないな」


 竜には倫理観というものがないらしい。が、魔法で身分を誤魔化して働くという提案は、ティナには却下せざるを得ない。


「いやでも、わたし変身魔法なんてまともに使えないよ……」

「そうなのか?」

「そうだよ、そもそも変身魔法自体すっごい難しいんだから。自分の身体丸ごと変身させちゃう人なんて世界に何人もいないんじゃないかな」


 変身魔法は、魔法の中でも特に難解な高位魔法だ。


 学園で専攻でもしていない限り簡単なものさえ扱えないし、学生時代から魔法生物学に傾倒していたティナには現実的な手段ではなかった。


「ふうん。……人間は思った以上に貧弱なんだな」


 そうつまらなさそうに言って、クロは大きな手でティナの頭を撫でる。その仕草があまりにも自然で、ティナは思わず頬を赤らめた。


(な、なんか、この姿だと緊張する……!)


 クロの羽で頭を撫でられたことは何度かあるはずなのに、見た目が人間になったというだけで異様に照れ臭い。


 しかも人間に変身したクロがやたら美青年なせいで、殿方に免疫のないティナの心臓はバクバクと大きな音を立てていた。切れ長の目も大きな手も、クロのはずなのにまるで違って見えるのだ。


(なんか、変な感じ……)


「? ……おい、なんだ。勝手に固まるな」

「あ、ご、ごめん」

「それより、お前はこれからどうするんだ? どこか別の場所に移動するなら、早くしないと日が暮れるぞ」


 そうだった。脱線して忘れがちだが、目的は職を探すことだ。クロにドギマギしている場合ではない。


 何にせよ行動は早い方がいいだろう。

 そう早速立ち上がろうとしたティナは、不自然な何かの音を聞き取って動きを止めた。


(……魔法生物が近くにいるのかな?)


 魔法生物が両足の爪を擦り付けるような音だ。きょろきょろと辺りを見回してみるも、動物の影はない。


(南部の森にいるってことは、ウガルルム科かな……? 森の奥なのに音が反響していないし、近くでわたしたちを見てるみたい)


 ティナの抜群に良い耳と卓越した魔法生物の知識は、ものの数秒でそう結論付けた。


 哺乳綱のうちのひとつ、食肉(しょくにく)目・ウガルルム科は、異形の肉食哺乳類を指す科だ。


 恐らく、森の奥に入ってきたティナ達を監視しているのだろう。ウガルルム科はほとんどが夜行性だったはずだが、早起きした子でもいるのだろうか。


「ねえクロ、はやく行こう。そろそろ出なくちゃ」

「もういいのか?」

「うん。近くに魔法生物もいるみたいだし……、怒らせちゃったら嫌だもの」

「……魔法生物だと?」


 辺りを見回すが、クロにも動物の姿は捉えられなかったらしい。


「まったく、人間の身体に変身すると視力が落ちて仕方ないな。この僕が動物一匹の存在にも気付けないとは」

「仕方ないよ……。たぶん、音の距離からして20mは離れたところにいるから」


 苦笑すると、クロが『じゃあ何故お前は気付いたんだ』とでも言いたげな目を向ける。理由などない、ただ聞こえただけだ。


「よし、それじゃあちゃっちゃと大きな町に行かなきゃ。仕事は早いもの勝ちなんだから……!」


 ともかく、今重要なのは魔法生物より飯の種である。気合いを入れて拳を握ると、ティナは呆れた様子で竜の姿に戻ったクロの背にもう一度跨った。


 背に乗る時、先ほどの人間の姿に変身したクロを思い出してちょっと気まずくなったのは、生涯誰にも言わない秘密である。

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