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婚約破棄されたので就活を始めたら、超絶ホワイトな隣国に引き抜かれました 〜その婚約破棄には、相応のリスクがある〜  作者: 鷹目堂


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15.初仕事は前途多難②

 森が燃えている。

 その事実に誰よりも早く気がついたティナは、ハッとして隣のクロを見上げた。


「ね、ねえ、クロ……!」

「ああ。まずいな」


 同じく炎の気配に気がついたらしいクロは、炎が立っているであろう方向を険しい顔で睨みつける。


「ど、どどどどうしよう、早く行った方がいいよね……!?」

「当然だ。急ぐぞティナ、捕まれ!」

「えっ? ……きゃーっ!?」


 そう言うや否や、クロはティナを俵のようにして抱え上げた。反射的に「降ろしてぇ!」と叫んだものの、しかしクロは待ってくれない。


 クロは人間を1人抱えているとは思えないスピードで駆け出すと、何も知らずに会話を弾ませる住民たちの間を縫うようにして走った。


「ひゃー!? ク、クロっ! いいいいくら何でも速すぎっ!」

「非常事態なんだからそれくらい我慢しろ! おいティナ、詳しい炎の方向は?」

「そっ、そのまま南西の方向に直進! ひゃああああ怖いよぉっ!」

「南西……森の方か。全く、人間の身体じゃ五感が鈍っていけないな。お前たちが日々こんな鈍い感覚で過ごしていると思うと恐ろしくなるぞ」


 そんなことより猛スピードで走るクロに抱えられている今の状況が恐ろしい。


 ティナは精一杯の力でクロの身体にしがみ付くと、恐怖心を紛らわすように必死で考えごとを始めた。一体、どうして森が燃えているのだろう。


(特に乾燥がひどい季節ってわけじゃないし、自然発火の線は薄いよね……? 誰かの焚き火が燃え移っちゃったりしたのかな。でもそれにしては火の勢いが強すぎる気がする)


 抜群に耳のいいティナは、聞き取った音からある程度火の様子を特定することができる。


 田舎で生活する中で自然と身についた特技のようなものなのだが、そんなティナの耳は、すでにあの炎が不自然なものであると見抜いていた。


 あの炎は燃え始めから勢いが強く、魔法によって起こされた火のように一定で、そして意図的に燃え広がりやすいようにされていた。


 あれが自然発火や不注意で起きたとは思えない。

 であれば、考えられる可能性は一つしかなかった。


(誰かが、魔法で森に火をつけた……)


 だとしたらとんでもなく恐ろしいことである。


 ティナは恐怖でぶるりと身を震わせる。

 すると、その背をクロの手のひらが軽く叩いた。


「おいティナ、火元はどこだ!」

「あ、う、うん! ちょっと待って……」


 目を閉じ、ティナは耳を澄ます。


 すると、遠くの方で草木が燃える音に混じっていくつか人の声が聞こえた。男性の声だ。何やら困惑している。


「あ、あの、本当に大丈夫なんですか? もう随分と燃え広がってますし、そろそろ消火した方がいいんじゃ……」


(! この声……)


 話しぶりからして、間違いなく森に火を放った犯人だ。

 ティナはうざったい髪を耳にかけ、更に神経を研ぎ澄ました。


 音が風に乗り、耳に届く声が増える。

 今度は高圧的な男性の声だ。部下らしき人に指示を飛ばしているらしい。


「いや、まだだ。まだ巣の中に何匹か残っているだろう、徹底的に燃やして中から引きずり出せ」

「でも、このままじゃ町の方に火が……」

「馬鹿、町から何キロ離れていると思ってるんだ。煙も魔法で遠くに飛ばしてる。これまで誰も気付きやしなかったんだ、バレやしないさ」

「ほ、本当に大丈夫ですかね……?」

「当然だ。それと、わかっているだろうがカーバンクルは燃やすなよ? 煙を吸わせて、奴らが弱ったら足を弓で仕留めろ。奴らの毛皮と額についている宝石は大事な大事な売り物だからな」


 人気のない森に高笑いが響き、ティナは思いきり顔を顰めた。密猟だ。


 本来、魔法生物を許可なく狩ることは、大陸の法律によって禁止されている。


 しかし密猟者は後を絶たないのが現実だ。

 特にカーバンクルのように見た目が愛らしい動物は標的になりやすく、その毛皮や額の宝石は、悪趣味な商人の間でも人気の商品となっているらしい。


(最っ低……)


 魔法生物を愛するティナにとって、一番に許しがたいのがそういった密猟者の存在だった。


 穏やかな魔法生物の暮らしを脅かして、エゴで殺すなんて信じられない。ティナは怒りに拳を握った。


「クロ、このままもっとスピード上げて……! 誰かがカーバンクルを殺して売り物にしようとしてるっ!」

「なんだと?」

「カーバンクルの巣が燃やされてるの! 早く行かないと殺されちゃう!」

「……ああ、任せろ。歯食いしばっておけよ、舌を噛み切らないようにな!」


 クロが楽しげに叫んだその瞬間、ティナの視界が真っ黒に染まった。


 全身が浮遊感に襲われ、ティナは思わず叫び出しそうになったのを唇を引き結ぶことでぐっと堪える。


 無意識に瞑っていた目を開くと地面が遠くに見え、そこでティナは、やっと自分が空を飛んでいることを理解した。

 振り返れば、人間から竜としての姿に戻ったクロが悠々と大きな翼をはためかせている。


 ティナはクロの身体に這いつくばったまま森を見下ろすと、火元を指差してなんとか声を張り上げた。


「ク、クロぉっ、あそこ! あそこの悪そうな人たちっ、全員蹴散らしてぇっ!」


 その言葉が合図だったかのように、クロは大きな口を開け、強力な氷魔法を発動した。


 途端に周囲が冷気に包まれる。

 森を見下ろすと、森を燃やしていた兵士らしき男性たちの足元が綺麗に凍っているのが見えた。


 燃え広がっていた炎もクロの氷魔法で覆われたことよって消火され、氷から逃れたカーバンクルたちがぴょんぴょんと逃げていく。


「な、なんだこれ!?」

「氷か!? 動けねえっ!」

「おいどうなっている! 誰か早くこの氷を溶かせ!」


 そう叫んでいるのは、おそらく先ほど巣を燃やすよう指示していた高圧的な態度の男性だろう。辺りを見回し、氷魔法の出どころを探しているようだが、透明化の魔法を使用したクロたちを見つけられるはずがない。


「おい、ティナ」

「……わ、わかってるよ、大丈夫」


 じれた様子のクロに片翼でせっつかれ、ティナはしぶしぶ頷いた。


 改めて森を見下ろしてみれば、どうやらカーバンクルたちはある程度逃げてくれたらしい。

 間一髪間に合ったようでよかった。ティナは懐から杖を取り出すと、冷たい空気を目いっぱい吸い込んだ。


(……久々だから、うまくできるかわからないけど)


 でもやるしかない。

 目を閉じ、細く息を吐きながら杖に力を込める。


「──〈昏倒せよ〉」


 唱えた魔法が形になったその瞬間、混乱にわめいていた兵士たちがぴたりと口を閉じた。


 昏倒魔法は、対象の意識を失わせることのできる強力な魔法だ。


 その強力さゆえ、使用はおろか会得することさえ難解な上位魔法だが、ティナは得意魔法を聞かれたらまずこの昏倒魔法を上げる。


 というのも、以前過労によるストレスで不眠症になった際、この魔法にそれはもうお世話になったのだ。


 労働において一番大切なものは睡眠だ。1時間でも眠れていれば頭は働くし、逆にどれだけ身体が元気でも徹夜明けなら脳の稼働率は半分以下になって効率が悪い。


 このことに気付いた数年前のティナは、自分に昏倒魔法をかけることで強制的に眠りにつくという荒技を生み出した。


 おかげでこなせた仕事は多い。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったが、うまくいってくれてよかった。ティナはほっと胸を撫で下ろした。


「相変わらずいい腕だ。この数に昏倒魔法をかけられるのは世界でそう何人もいないだろうな」

「い、いや……。クロの氷でみんな動けなかったから、ほとんどそのおかげだと思うけど……」

「全くもったいないことだ。学園で魔法生物について学んだ時間の半分でも呪文学を受けていれば、今頃名の知れた魔法使いになれたろうにな?」

「……またそうやって学園長みたいなこと言う……」


 魔法の式より魔法生物図鑑を眺めていた方が面白いのだから仕方ない。ティナが口を尖らせると、からかって満足したらしいクロは上空からゆっくりと地面に降りた。


 森は酷い有様だった。

 草木は燃え、カーバンクルの巣は荒らされ、そこかしこが焦げている。


(……かわいそうに。突然襲われて怖かっただろうな)


 幸いにも炎によって死んでしまったカーバンクルはいないようだが、彼らが家を失ったことには変わりない。


 しかも、密猟者たちの言葉からしてこれが初めてのことではないのだろう。金のために殺されてしまった尊い命を思うとティナはどうしても悲しくなった。


「おい、ティナ」


 ティナが落ち込んでいる間に、クロはいつの間にか人間の姿に変身していたらしい。


 昏倒魔法によって眠った兵士のそばにしゃがみ込んでいたクロは、何やら真剣な顔でティナを手招きした。

 あたりの氷で滑らないよう慎重に近づくと、クロは兵士の胸元あたりを指さす。


「兵服の、ここに貼ってある紋章。見覚えがある」

「……見覚え?」


 ティナが首を傾げると、クロは切れ長の目を少し細めて頷いた。


「ああ、お前も見ただろう。あの町を治めているリアンブル子爵家の家紋だ」

「……えっ!?」

「見かけた屋敷の旗に全く同じものが書かれていた。覚えていないのか?」

「あ、め、目が悪くて、旗の家紋がよく見えなくて……」


 だが、そうなると色々と事情が違ってくる。

 ティナは森を見渡し、兵士たちが倒れる中でただ一人格好の違う男性に目をとめた。


『森を燃やせ』という指示を出していた高圧的な態度の男性だ。兵士たちが子爵家に所属する兵だというのなら、一際華美な格好をした彼の素性にもなんとなく予想がつく。


「み、密猟を指示してたその人が、リアンブル子爵……ってこと?」


 信じがたい話だが、そうとしか考えられない。


「その子爵とやら、町民には妙に慕われていたな」

「あ……う、うん。3ヶ月前に先代が亡くなって、新しく当主になったって……。町のために尽力してるって言ってたけど」

「それが蓋を開けてみれば密猟者か。全く、だから貴族は好かんと言ったんだ」


 呆れたようにため息を吐き、クロが鼻を鳴らす。


 ティナはやるせなさに肩を落とした。あれだけ慕っていた子爵が犯罪者だったと知って、ティナの聞き込みに気前よく答えてくれたあの町民はどう思うだろう。


 でもだからといって密猟が許されるわけじゃない。現にカーバンクルたちは殺されているのだ。


(カーバンクルたちがリアンブルの町を襲っていたのも……今思えば当然だったんだな。仲間を殺されて怒ってたんだ)


 カーバンクルは人間の言葉を理解できるほど賢い。


 彼らはきっと森を燃やす兵士たちの話を聞き、そして奴らがリアンブルの町を治める子爵家の者だと理解したのだろう。それで町を襲ったのだ。復讐のために。


(……カーバンクルたちのために何かできないかな。パーシヴァルさんに掛け合えればいいけど)


 とにかく、せめて炎によって焼き切れてしまった木だけでもどかして帰ってあげたい。


「……あれ?」


 そう倒木に近づいたティナは、ふとか細い何かの鳴き声を聞き取った。


 ちょうど木の陰になっているあたりだ。覗き込むと、小さな身体をぶるぶると震わせた動物が目に入る。ティナは驚きに声を上げた。


「カーバンクル……!?」


 カーバンクルだ。密猟者にやられたのだろう、足に深い傷を負い、額の宝石はところどころが欠けてしまっていた。


 そばに血のついた弓矢が転がっているあたり、おそらくこれに射抜かれてしまったのだろう。思えば、リアンブル子爵はカーバンクルたちを焼き殺さぬよう弓で仕留めろと指示を出していた。


(この子、刺さった矢を自分で抜いちゃったんだ……! ど、どどどうしよう、煙も吸ってるだろうし、このままじゃ死んじゃう……!)


 とにかく止血だ。ティナはカーバンクルが抜いたであろう弓矢を手に取ると、躊躇いもせずに矢尻をスカートに突き刺した。


 当然だが包帯など持っているはずがない。矢でスカートを破いて簡易的な包帯を作り、急いでカーバンクルの足に巻き付けていく。


 傷が痛むのか、カーバンクルが小さな身体をびくりと震わせ、ティナは眉を下げた。


「ご、ごめんね、痛いよね。でもちょっとだけ我慢してくれる?」

「……きゅぅ……」

「うん、ありがとう。……大丈夫だよ、今は辛いかもしれないけどきっと元気になるから」


 カーバンクルは弱りきった様子で一つ鳴くと、うさぎのように長い耳をぺたりと倒す。


 心を許してくれている証拠だ。応急処置を終えたティナはカーバンクルを抱き上げると、安心させてあげられるようそっと頭をその撫でた。


「よしよし。……ごめんね、すぐちゃんとした手当てしてあげるから」


 腕の中で震える小さな命を抱きしめる。

 早く町に戻らなければ。子爵たちのことも、ティナがどうにかしなければならない。

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