14.初仕事は前途多難①
「あ、あのう……すみません、お、おおおお話いいですか……?」
そんなわけで、カーバンクルに関する情報を得るため町に繰り出したティナたちは、ひとまず露店の店主に声をかけてみることにした。
「ん? ……あんたら誰? 客?」
「ひぃっ! ス、スミマセッ、えっ、えええとっ!」
「なんだよ、冷やかし? 客じゃないならさっさと帰って暮れよ、俺たちも暇じゃないんだ」
「えっあっ、えと、そうじゃなくってぇ……!」
が、極度の人見知りであるティナに聞き込みなどこなせるわけがない。
しっしっ、と虫を追い払うような所作で拒絶され、ティナの初めての聞き込みは大失敗に終わった。くずおれて項垂れるティナにクロのじとりとした視線が突き刺さる。
「ティナ、お前は聞き込みもまともにできないのか?」
「だ、だってぇ、男の人って怖くって……」
「それにしたって挙動不審が過ぎるだろう。だから僕がやってやろうかと言ったのに」
「……うう」
返す言葉もない。せっかく就職先を見つけたのに、このままでは解雇まっしぐらである。
(……カーバンクルのことだけなら、誰かに聞かなくっても全部わかるのに)
知識だけじゃうまくいかないのだから難しい。ティナはよたよたと立ち上がると、盛大にため息を吐いた。
「……でも、やっぱりみんなピリピリしてるね。なんか余裕がないみたい」
「そうか? 人間は大抵不機嫌そうにしているものだろう」
「そ、そんなことないと思うけど……。きっとみんな、カーバンクルのことで頭がいっぱいなんだと思う」
帝国一の商都であるリアンブルは、町民のおよそ半分が何かしらの店を開いているという活気あふれる町だ。
それがカーバンクルに店を荒らされて、解決の目処も立っていないとなれば他人に気を使う余裕もなくなるだろう。事態は想像以上に深刻らしい。
「……はやく解決してあげないとな」
眉を下げ、ティナはぽそりと呟いた。理不尽な不幸に襲われる辛さは、ティナも十分理解している。
自分にも同じような経験があるからだ。エルン王国の魔法省南部第3支部で働いていた時、ティナは毎日理不尽に怒られ、そして貶められていた。
(……今となっては、辞められてよかったな)
あの時ティナを救ってくれる人はいなかった。
でも、このリアンブルの町の人たちはティナが救えるかもしれない。
「よ、よし……! 行こうクロ、聞き込みやるよ!」
「なんだ、まだ諦めていなかったのか?」
「もちろんっ! わたし、次は頑張るから……!」
せっかく与えられた仕事だ。ふんすと鼻息を荒くすると、ティナは次なる聞き込みのため大股で再度歩み始めた。……なるべく気の良さそうな人を探しながら。
◇◇◇
「カーバンクル? あー、あれは困ったやつらだよ」
そうして10分ほど町を歩いたあと。
意を決して声をかけた果物屋の店主は、頭をガシガシと掻きながらそう言った。
「奴ら、度々やって来ては売り物を盗んだり食い散らかしたり……。追い払おうとしたら魔法まで使ってくるもんだから、もう俺たちの手には負えねえんだ」
「な、なるほど……」
「罠を張ったりして対策も練ってみたんだが、奴ら賢いだろ? ことごとく突破されちまってもう打つ手がねえ」
ため息を吐き、店主は肩を落とす。
一方で、ティナはほっと安堵の息を吐いていた。
(よ、よかった、まともに話を聞いてくれる人で……)
これでまた拒絶でもされようものなら今度こそ心が折れてしまうところだった。
声をかけただけで達成感に満ちるティナを呆れ気味に見やりつつ、クロが尋ねる。
「で? そのうさぎもどきの被害が目立つようになったのはいつ頃だ?」
「3ヶ月前だよ。あそこの──立派な屋敷に住んでるリアンブル子爵の息子さんが爵位を継いだちょっと後だ」
「ほお、3ヶ月? 随分長いこと困っているんだな」
「そうなんだよ! このままだと商売どころじゃねえんだ、この辛さわかってくれるか兄ちゃん!」
「わかるわけがないだろう。僕には関係のないことだ」
あっけらかんとした表情で言うクロに、店主が「えー!?」と抗議の声を漏らす。
そんなやりとりを交わす2人の横で、ティナは顎に手を当てじっと思案していた。考えるのはもちろん、このリアンブルの町を困らせるカーバンクルのことだ。
(3ヶ月前……特別繁殖期ってわけでもないなあ。妊娠で不安定になったメスが町を荒らしてるのかもしれないと思ったけど、そうじゃなさそう……)
となると、何か別の理由で町を襲っているのだろうか。
考え込み、ティナは唸った。カーバンクルたちが暴れ出した理由が皆目検討もつかない。
「でもあのうさぎどもには本当に困ってるんだ。リアンブル子爵も尽力してくれてるんだが、中々うまくいかねえし」
「……リアンブル子爵?」
そう思い悩んでいたティナは、店主の言葉にぴくりと顔を上げた。
リアンブル子爵。さっきも聞いた名前だ。
思わず復唱すると、店主は大きく頷く。
「知らねえのかい? このリアンブルの町を治めてる領主様だよ」
「あ、な、なるほど……」
「俺たち領民思いのいい人でねえ、今回のカーバンクルの一件にも子爵様は心を痛めて怒ってくださってんだ」
そう得意げに語り、店主はフンと鼻を鳴らした。
よほど自慢の領主なのだろう。珍しく平民からも慕われているようだ。
「どうせ貴族だろう。僕は好かんな、あんなのは権力で肥えて腐った奴らばかりだ」
「ははぁ、兄ちゃんわかってねえな。リアンブル子爵家はそこらの貴族とは違えんだ」
「……なんだと?」
「いいか? この町が商都としてこれだけ発展したのは全て先代のリアンブル子爵のおかげなんだ。先代は3ヶ月前に亡くなっちまったが、新しく当主になった息子さんも町のために尽力してくださってる。それに──」
(な、なんか、自慢話が始まっちゃった……)
聞きたいのは領主の話ではなくカーバンクルの話なのだが、変なスイッチを押してしまったらしい。ティナは慌てて口を開く。
「ぁ、えっと、あの……じ、じゃあ、これで失礼します。色々わかったので」
「あれ、もういいの?」
「はい。えと……あ、ありがとう、ございましたっ!」
こうなったら仕方がない。ティナは勢いよく直角に腰を曲げて礼をすると、クロの袖を引いてさっさと店を出た。……なんだかどっと疲れたような気がする。
「1人に聞き込んだだけでへばるとは、お前もまだまだひ弱だな?」
「……うう」
「全くお前はいつまで軟弱なんだ。僕が守ってやらなきゃいつ死ぬかわかったもんじゃない」
なぜか満足げにそう言って、クロは項垂れるティナの肩をぽんと叩く。
「どうする、疲れたなら一度休むか? ちょうど昼時だぞ」
「……もうそんな時間なの?」
「ああ。店主の長話に付き合いすぎたらしい」
ティナは俯いていた顔を上げ、すんと鼻を鳴らした。そういえば、さっきから美味しそうな匂いがあちらこちらから漂っている。
(本当だ。大通りの方から、人の声がいっぱい聞こえる……)
きっと町の人たちも活動を始めたのだろう。ティナはぱちりと瞬きをし、その瞬間、些細な違和感を感じた。
(……あれ?)
人の声や風の音に混ざり、何かがじゅわじゅわと鳴っている──ような気がする。
ティナの人一倍優れた聴覚は、人々のざわめきの中でも確かにその音を拾っていた。目を閉じて耳をすませば、より鮮明に音が聞こえる。
「ティナ? どうかしたか?」
「なんか、変な音……」
「変な音?」
「うん。向こうの方で、えっと……」
町のはずれに広がる森の方を見やり、ティナはじっと眉を寄せた。
一体なんの音だろう。聞いたことがあるようで、でも思い出せない。
(……あ)
そこではたと気付き、ティナは勢いよく顔を上げた。
そうだ、間違いない。この何かがじゅわじゅわと溶けていくような音は。
「森が、燃えてる……?」




