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婚約破棄されたので就活を始めたら、超絶ホワイトな隣国に引き抜かれました 〜その婚約破棄には、相応のリスクがある〜  作者: 鷹目堂


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13/23

13.お仕事、スタートです

 皇帝陛下との話し合いを終えたあと、ティナたちはパーシヴァルの案内で離宮に向かった。


 宮廷と同じ敷地に建てられた離宮には、ティナ専用の研究室と寝室が用意されているらしい。


 うち研究室の方は無駄になる気しかせず、余ったら鳥小屋にでもしてもらおうという感想しか浮かばなかったが、寝室の方はすごかった。


「……し、寝室っていうか、普通に立派なおうちだ……」


 用意された寝室には、風呂やトイレはもちろん簡単なキッチンまでもが完備されていた。


 硬いベッドが置かれているだけだった南部第3支部の職員寮とはとんでもない差だ。いくらかかっているのだろう。


(ち、ちゃんと住むってなったら家賃どれくらいかかるんだろう……)


 恐ろしい想像で震えていると、背後からずっしりと体重を乗せられた。クロだ。


「狭い部屋だな。僕が竜の姿に戻ったら跡形もなくなりそうだ」

「それはどこでも同じだと思うけど……本当にクロもここで寝泊まりするの?」


 振り返り、クロの顔を見上げながら尋ねる。

 クロは楽しげに口角を歪めると、鷹揚な所作で頷いた。


「ああ。どうやら僕の部屋はまだ用意できていないらしいからな」

「な、何でそんなに楽しそうなの……?」

「いいや? 誰かと暮らすのが初めてで緊張しているんだ」


 なるほど。それにしてはニヤニヤしすぎている気もするが、まあ人間始めたての竜の感情表現はこんなものだろう。


「それで? 明日は早くから西に発つんだったか?」

「あ……うん。例の──えっと、カーバンクルの事件? は、西の町で起きてるらしくって」


 そう言って椅子に座ると、ティナは先ほど皇帝陛下から聞いた初仕事の詳細を思い返した。


 カーバンクルが暴れ回っているのは、西の方のそこそこ大きな町らしい。食べ物を盗んだり捕まえようとしたら魔法を使って逃げたり、とにかく打つ手がないそうだ。


「ほお。小動物ごときにやられっぱなしとは、人間も貧弱だな」

「ひ、貧弱って……。仕方ないよ、カーバンクルって魔法生物の中でも魔法が得意な子たちだから」

「そうなのか?」


 自分より弱い生き物にはとことん興味がないのか、クロが驚いたように目を見開く。


 ティナは苦笑すると、鞄の中から父の研究ノートを取り出した。


「カーバンクルはね、ええっと……あった。こんな感じでね、見た目はうさぎみたいですっごく可愛いんだけど」


 ノートに貼られていたカーバンクルの写真を指差し、クロに見せてやる。


「とにかく賢いの。人間の言葉も理解できるし、あと使う魔法もとっても強力で……。このおでこの宝石にはね、周囲の魔力を集めて増幅するレンズみたいな役割があるんだよ」

「へえ……」

「だから安易に近づくと怪我しちゃうし、警戒心も強くて……仲間意識もすごいから、一匹に何かしたら、すぐに群れで攻撃してくるんだよね」


 このノートに貼られているカーバンクルの写真も、父が長いこと苦労してやっと撮らせてもらえた奇跡の1枚だったはずだ。


 あの血の滲むような努力を思い出すと、ティナは今でも涙が出る。小動物相手に正座で交渉を試みる父の姿は普段より3倍増しでかっこよく見えたものだ。


「で、それが西の町で暴れていると?」

「うん……。どうしちゃったんだろうね」


 ノートを閉じ、ティナはそっと眉尻を下げた。


 カーバンクルは、その賢さで過酷な動物の世界を生き抜いてきた種族だ。


 基本的に食うに困ることはなく、強力な魔法を操ることができるため天敵も少ない。


 それゆえ人間と交わることもほとんどなかったのだが、なぜか今西の町ではカーバンクルが暴れ回っているのだそうだ。それが、ティナにはどうも信じがたい話だった。


(ううん……詳しいことは行ってみないとわからないけど)


 一つ言えるのは、魔法生物がおかしな動きを見せる時は何か困りごとがあるときだけということだ。


 彼らは理由なく人を襲ったりしない。きっとそうせざるをえない理由がどこかにあって、であればティナは、そんな魔法生物たちを可能な限り救ってあげたいと思う。


「……よし。そろそろ休もっか、クロ」

「もうか? まだ夕方だぞ」

「うん。でも色々あって疲れたし……たぶん、明日はもっと疲れるから」


 身体を休めるに越したことはない。ティナはきゅっと拳を握ると、静かに決意を固めた。


(うん、とにかく明日は頑張ろう。カーバンクルも西の町の人たちも救って、あとついでに宮廷の人たちにも認めてもらうんだから……!)


 そんな心意気と共にベッドに潜り込み、その日ティナは早くに眠った。



 ◇◇◇



「……ぐぇ」


 そうして迎えた翌朝。

 ティナは全身にまとわりつく重みで目を覚ました。


(お、おもい……)


 ひとまず起きあがろうとしたものの、お腹と足が絡め取られているせいでぴくりとも動けない。


 ティナは重みの原因──お腹に巻きつくクロの腕をぺしぺしと叩くと、抗議の声を上げた。


「ク、クロ、はなれて……」

「……ぁ?」

「起きれないよ……。もうそろそろ準備しないと」


 辛うじて頭を動かすと、時計はいい時間を示している。


 そろそろ出発の準備をせねばならないだろう。大きな身体でティナを覆うような形で眠っていたクロは、眠たげに瞳を瞬かせた。


「……もうそんな時間か」

「うん。……ねえ、何で寝る時いつもわたしのこと抱き枕にするの? クロって結構重いんだけど……」

「馬鹿、こうしておくとお前が襲われないだろう。この世のどこよりも僕の腕の中が一番安全なんだ」

「ぐぇっ」


 ティナを襲う敵なんてただの1人もいないと思うのだが、竜は心配性らしい。一際強い力で抱きしめられ、ティナは喉の奥からうめき声を上げた。


「人間の身体は何かと不便だが、お前を押し潰す心配がないのはいいな」

「は、離してぇっ……! 今まさに潰されようとしてるっ!」

「大袈裟だ」


 何も大袈裟じゃない。苦しみにバタバタと暴れ回り、結局ティナがクロの腕の中から抜け出せたのは、それから10分もした後のことだった。


 初仕事の舞台である西の町へは、昨日も乗った飛行船で向かうことになる。


 しかしある程度時間に余裕があった昨日と違って、今回はティナたちを待って出発してくれるわけではない。


 ティナは急いで準備を済ませ、呑気なクロを引っ張って帝都の飛行船場に向かった。2時間ほど空を飛べば、あっという間に目的地だ。


「う、まぶしい……」


 飛行船場を出ると、途端に強い日差しに襲われる。


 帝国の西部は温暖な気候と聞くが、それにしても暑い。


 上着を着てきたのは間違いだったかと目を眇めていると、ティナより厚着をしているくせにケロッとした様子のクロが辺りを見回して言った。


「結構大きな町だな。なんという名前だ?」

「『リアンブル』だよ。西の商都リアンブル……」


 活気あふれるここリアンブルは、帝国の西部で一番商業がさかんな町だ。


 あちらこちらに露店が並び、食べ物からアクセサリー、何をモチーフにしたのかわからない絵画まで、そこかしこで何かしらが売られている。


 大きな町というだけあって、カーバンクルの被害にも困り果てているのだろう。ティナはあたりをキョロキョロと見回すと、とりあえず町の中心部に足を向けた。


(色々見て回りたいけど……まずは町の人にカーバンクルについての話を聞くところかな)


「おい見ろティナ、向こうでよくわからん楽器が売られてる!」

「あ、あー、うん……」

「今回の旅費は宮廷の財布から出るんだろう? 何か一つくらい買っても──」

「またあとでね」


 聞き込みはティナには向いていない分野だが、クロがいればなんとかなる気もする。


 目新しいのか露店ひとつひとつに感想を述べるクロの袖を引っ張り、ティナはリアンブルの町を歩き出した。初仕事のスタートだ。

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