やられたぁー!
クーはバトンを拾い、スタート地点に戻って走り始める。
この時点で、先頭は半周以上の差ができていた。
あいつ、わざと転んで、バトン投げやがったな
クソ野郎が!
とクーは思う。
アキトは、前のめりで前転して転んで、バトンを遠くに放り投げていた。
普通、転ぶ時には前に手をつく。
バトンを放り投げるなんて、もっての他。
見る人が見れば、わざと転んでいる事なんて分かるはずだ。
だが、アキトは陽キャ。
クラスの中心人物で、スクールカーストも高い人間だ。
誰も何も言わず、疑うことなく、アキトが転んだと考えるのだろう。
クーのクラスは、圧倒的ビリ。
クラスメイト達も陰キャのクーなんて応援しない。
もう流すか。
全力でやっても、疲れるだけだし。
クーが走るスピードを落とそうとした時。
「頑張れ!クー!」
グランドには、他の声援も聞こえる中、はっきり聞こえた。
リンだ。
クーは走るスピードを上げる。
リンのためだもんな。
リンなら最後まで全力でやるよな。
出たくても出れないリンの気持ちを考えろ。
こんな俺にリンは・・・。
心臓が破裂しても、ダッシュだ。
クーは必死で前を走る選手に近づこうとする。
そして、各自チームがアンカーにバトンを渡す。
クーは2周目に入り、スピードがガクッと落ちる。
他のチームは、アンカーという事もあり、足が早い。
クーはどんどん離される。
クーは息を切らしながら、必死で走る。
足が硬くなり、動かなくなってきても走る。
もう頑張ったから良いじゃん。
歩いちゃえよ。
負けるの分かってただろ?
クーの心の中は、そんなネガティブ意識でいっぱいになっていく。
でもクーは走る。
なぜか。
「クー!頑張れ!」
リンが応援するから。
ビリで陰キャな俺を、負けると分かってるのに応援してくれる可愛い女の子に応援されたら男見せなきゃな。
クーは最後、ふらふらしながらも何とかゴールする。
全校生徒の声援が広がるが、クーの耳には届かない。
「ハ、ハ、ハ、」
クーは息切れしながら、グランドを出て隅の方に行き、倒れこむ。
もうやらねぇ。
クーは心底思う。
「クー!大丈夫?」
リンだ。
「ハ、ハ、ハ、大、丈夫。」
クーは答える。
「お疲れ様!」
リンは笑顔で言う。
走って良かったとクーは思う。
「あぁ。俺、ちょっと保健室で休むわ。閉会式お願い。」
クーは、その場を立ち去り、教室に向かう。
クーは自分の荷物を持つと、学校は出た。
保健室に行くと言ったのは嘘。
自分の出番が終わったからには、もう帰りたい。
アキト達の顔なんて見たくない。
きっと俺の悪口を言ってるだろう。
だけど、良い。
リンが応援してくれたから。
クーの心は何となく軽く、負けたのにイライラしなかった。
帰り道のクーの機嫌はすこぶる良かったのだった。
リンは体育祭の閉会式が終わり、保健室に行く。
「クーいる?」
シーン
リンは気付いた。
陰キャなクーが本当に保健室にいたのか。
否。
いるわけ無い。
閉会式なんて面倒くさいんだから。
リンは教室に走り、クーの荷物を確認。
無い。
「クー!もう!やられたぁー!」
リンの叫び声が教室に響いたのだった。




