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徒花  作者:
1/5

一 吸血鬼

 浮き出た汗がじっとりと背中を濡らす五月の末、智樹は学校への長い坂道を登っていた。

 暑くて敵わない。

 まだ初夏にもなっていない梅雨前だと言うのに、この暑さはなんだ。

 地球温暖化がどうのと騒がれ始めて久しく、令和ともなれば暑さは増すばかり。先日はまだ春の終わりだと言うのに、夏日を記録したそうだ。

「恩田ー!走れー!」

 前を走る先輩から喝が飛んでくる。ノロノロと進めていた足に鞭打って恩田智樹は坂道を登り出した。


 夕日が校舎を照らしている。赤瓦がますます赤く、白壁が橙色に染まる。

 まるでおしゃれなホテルみたいだよな。実際間違えて登ってきた観光客もいたらしい。

 智樹は息も絶え絶えに校門の前に寝転がりながら、校舎を見上げた。

 ふと校門脇、駐輪場の影に人影があるのが目に入った。

 よくよく見ようと無意識に目を凝らして、智樹はげんなりした。

(誰だか知らないけど、キスしてやがるよ・・・)

 いくら夕方で先生たちはまだ働いてるからって、職員駐車場の横でよくやるよな。

 呆れるんだか気まずいんだかで目を逸らし、智樹は立ち上がると体育館に駆けていった。

 一抹の好奇心で駆け抜けざま、駐輪場越しに横目で確認すると、彼らはまだ唇を重ねていた。ずいぶん長い。男の方は知らない顔だったが、女の方は見覚えのあるものだった。クラスメイトだ。

 名前は確か・・・常盤時雨。一匹狼タイプの生徒で、休み時間はずっと本を読んでいる。顔はよく見れば整っているが、野暮ったく、あまりいうのは失礼だが恋人がいそうには見えなかった。そういえば、笑っているのを見たことがない。愛想がない平坦な表情でいつもいる。

 正直意外だった。

 あの常盤が男とキスなんて!・・・彼氏だろうか?

 俺は聞いたことはないけれど、我ながら噂に敏感な方ではない。そういうこともあるだろう。

 所詮さして親しくもないクラスメイトのことだ。智樹は適当に納得して、意識を部活に切り替えた。

 まさかまた彼女のキスシーンを見ることになるなんて思わなかったのだ。


 その日、部活を終えた智樹は教室に忘れ物をしたことに気づいて、友人に振り向いた。

「わり、忘れ物したから先帰ってて」

「おう」

 手早く制服に着替えて、更衣室を出る。

 体育館の前で靴を履いて、外を通って校舎に入る。

 うちの高校の校舎の作りは複雑で、新入生や新人の教師は必ず迷う。体育館からは渡り廊下を通って校舎に入る方法もあるが、帰りにまた体育館に靴を取りに行かなければならず、逆に面倒だ。

 智樹は昇降口のところの階段を登って、二階に進む。

 すっかり日は暮れており、校舎の中は真っ暗だった。智樹は廊下の電気をつけながら、教室に向かう。

 夜の校舎というものはなんでこんなに不気味なんだろうか。

 電灯が照らす廊下は心底不気味だ。外の世界と隔絶された世界に思えて、何かこの世のものではない存在が潜んでいそうに思えてしまう。

 智樹はブルと背筋を震わせた。

 教室に着くと、人影があった。薄暗がりの中に何かいる。

 廊下からの薄明かりで何者かの影が蠢くのが見えた。

 手探りで電気をつける。

 パッと一気に明るくなった教室で女が二人抱き合っていた。唇を重ねている。

 電気もつけないで何をやっているのかと思えば。智樹は一瞬呆れ、違和感に気づいた。

 あんな真っ暗の中で、何が見える。互いさえも見えない闇の中でそんなことをする必要があるか?ましていつ人目があるかもわからない教室で。

 明かりがついたことで、向こうもこちらに気づいたらしい。片方の女が顔を上げる。

 智樹は息を呑んだ。女は常盤時雨だった。

 しかも異様なことに目が赤く輝いている。色が変わっている上に、瞳自らが光っているように見えた。カラコンではない。

「・・・お前、なんだ?」

 掠れた声で智樹は問いかけた。喉がカラカラに乾いている。

 智樹の心中は大荒れだ。恐怖?混乱?いや興奮かもしれない。

 智樹は唾を飲んだ。

 常盤は美しく微笑んでいった。

「吸血鬼だよ」


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