第三章
さて、土曜日になった。
予定なら午後に、
カフェ・ヴェルデで上川カヤコと
卒業アルバムを見ながら話し合う予定だったが、
まさかの泥棒騒ぎで、
予定が無くなってしまった。
朝のカフェ・ヴェルデのミーティングで、
アヤカは昨日のカヤコとの会話を報告した。
「えっ・・・」
「えーーーーっ!!」
反応は似たり寄ったりだったが、
この新しい事案はミナとチカを十分驚かせた。
「空き巣?
上川さんが亡くなって、
カヤコさん、それでなくても大変なのに。
・・・でもケガがなくて良かったわね」
ミナが痛まし気にそっと目を伏せた。
反対にチカは怒り心頭で声を荒げた。
「信じられない!!
泥棒に入られて、
家の中を歩き回られたなんて
気持ち悪いし、怖いじゃん!
うわ〜〜考えるだけでヤダヤダヤダ!
家の片付けも大変だったんでしょ!?
警察も来て。
鍵とかも取っかえなきゃダメだし。
って・・・それより姉さん・・・」
チカの眉が険しくなった。
「これってやっぱり、上川さんの事件って
フツーの通り魔じゃないってことでしょ!?」
「・・・う、う〜〜ん?どうだろう?」
通り魔に普通も無いけれど、
チカの迫力に思わず身体を引いた。
「んもう!さすがにおかしいと思うでしょ!?
上川さんが亡くなって、
その家に泥棒が偶然入るだなんて、
偶然を通り越してる!
しかも奥さんによれば、
上川さんが言ってた卒業アルバムだけが
無くなってたんだよね?
他は何も無くなってないんでしょ?
やっぱり上川さん、
計画的に殺されたんじゃないの?」
するとミナが間に入ってきた。
「チカちゃん、落ち着いて。
チカちゃんの考えもわかる。
・・・私もそう思う。
仮にアヤカが言うように、葬儀中の留守を
狙った泥棒だとしても、
盗るのはお金や貴金属の高価なものよね?
銀行通帳とかキャッシュカードとかも
そうだけど、それらは盗られていなかったって
カヤコさんは話している。
上川さんは、その、センセーショナルな事件で
亡くなったんだから、
少し調べれば、昨日がお通夜で
家に人がいないことはわかるから、
押し入ろうとすれば可能だわ。
でも、アルバムだけが無くなった」
一瞬、沈黙が部屋に落ちた。
ふーーっと息を吐いて
アヤカがゆっくりと口を開いた。
「・・・二人とも上川さんの事件は
偶然ではないと、そう思うのね?」
「・・・ええ」
「うん!」
二人の返答にアヤカがため息をついた。
「実はね・・・」
アヤカは昨日考えていた
犯人は身近にいる説を話してみた。
「そうだよ!姉さん!きっとそう!
犯人は近くにいるヤツだよ!」
チカが吠えた。
「なるほどね。
昨日話してたカヤコさんの話が本当なら、
アルバムのことを知っていたのは、
カヤコさんと私達の3人。
・・・ただ、あの時葬儀会場にいた誰かが
聞き耳を立てていたって可能性がある。
・・・でも、アヤカはまず
カヤコさんを疑っていたのね」
「うん」
「確かに推理小説のセオリーの多くは、
犯人は意外な人ではなく、
配偶者やパートナーが多いわね。
でも、カヤコさんは
昨日自分の家に帰ることは無かった、
というか出来なかったわね。
もしこっそり葬儀場を抜け出したとしても、
きっと、家族や親せきがいなくなったことに
気づくでしょうしね。
泥棒騒ぎに関しては彼女はシロね」
アヤカが大きく頷く。
「そうね。
アルバムのことだって、彼女から聞かなければ
出てこなかった話だし。
わざわざ自分の家を荒らすなんてこと、
しないわよね?」
ふと見るとチカが顔をしかめていた。
「どしたの?チカ」
「うーーん・・・あのさ、思ったんだけど、
例えばさ、家を出る前に自分で部屋を荒らして、
泥棒に見せかけたってことはないかな?
で、自分の容疑から目を逸らす?みたいな。
カヤコさんが夫である上川さんを
殺した犯人だとしたら、
なんていうか、その、捜査を誤った方向に
向けさせる?みたいな?
・・・意味わかる?
会ったことがない人に言うのはなんだけど」
チカがつっかえつっかえ言った。
するとミナが首を横に振った。
「残念だけど、チカちゃん、
彼女にはアリバイがあるらしいの。
たから、カヤコさんが上川さんを
殺害したってことはないの」
「えっ!」
これは私。
「ご、ごめんなさい、話すのが遅れて。
あのね、この情報、
昨日の夜久保さんに聞いたばかりで、
今日話そうと思ってたんだけど。
アヤカから泥棒騒ぎを
先に聞いちゃったから、話しそびれて」
ミナがしどろもどろに言った。
「・・・あのね、上川さんが刺された時、
確か午後2時過ぎだったわよね?
その頃、カヤコさんは事件があった場所とは
かなり離れたところにいたの。
息子さんを病院に連れて行っていたんですって」
「そうなの?」
驚いたチカが聞き返した。
「息子のナオヤくんが体調を崩して、
内科を受診していたみたい。
橋馬駅前にある医院らしいわ。
橋馬内科クリニック。
アヤカ、あなたの家の近くだから、
知ってるんじゃない?」
ああ、駅前にある内科とか耳鼻科とかが
たくさん入っているビルにある医院ね。
私も時々お世話になる。
「うん、知ってる」
「情報は確かよ。
医療記録も残っているし、
医療スタッフや待合所にも人がいたから、
アリバイは完璧らしいわ」
「それが本当なら、
橋馬から益戸まではかなり距離があるし、
車でも益戸のフェスティバル会場まで
20分はかかるわね。
当日は交通規制があったから、
車ではムリそうだし」
「なぁ~んだ、そうなんだ!
いい案だと思ったんだけどな~~」
あからさまにチカの顔がガッカリしてる。
「でも、チカちゃんの考えは
いい視点だったと思う。
私はそんなこと思いつかなかったし」
とミナが優しく慰める。
(カヤコは上川さんを殺すことは出来なかった)
この新しい情報を、
アヤカをゆっくりと頭の中で咀嚼した。
疑ってはいたけれど、
これで一人容疑者が減ったことになる。
アヤカは小さくため息をついた。
上川さんが残したアルバムも行方不明だし、
残念だけど、
私達に残された手がかりは
もう全部無くなっちゃったみたい。
「アヤカ?サマーシトラスパフ、
追加出来たわよ?」
午後2時過ぎ。
もうすぐチカが昼休憩から帰ってくる頃だった。
ミナが美しく仕上がった
レモンクリーム入りのシュークリームの皿を
厨房から店内の作業台に滑らせた。
ふわりと仕上げたシュー生地は、
卵とバニラの甘い香る。
真ん中を割ってレモン果汁とレモンピールを
混ぜ込んだカスタードクリームを入れ、
爽やかな風味を演出し、
更に白いアイシングを糸状に
振りかけて甘みを足してバランスをとっている。
「う〜〜ん、美味しい!
軽くて1個だけじゃ足りなーい!
これ、絶対ヒットするよ、もっと作らないと!!」
と朝のミーティングで
試食したチカが頬を押さえて悶えていた。
もちろん私も大きく首を縦に何回も振り、
激しく同意した。
カフェ・ヴェルデはといえば、
段々と客足が戻りつつあり、
日常の風景を取り戻しつつあった。
未だに上川さんの事件が益戸に影を落とすものの、
人の記憶というのは移ろいやすい。
この間に様々な事件や事故が起こり、
政治や気候災害などのニュースが溢れ、
上川さんの事件は人々の記憶の外に
押しやられがちになっていた。
一之瀬警部補からも連絡が来ない。
事件が進展しているという情報も
はいってこない。
そうそう。
准教授は約束通りに、イタリアに到着後、
アヤカに電話をくれた。
それからも時々メッセージのやり取りは
続いていたが、
昨日の夜は久しぶりに直接話をしていた。
「今はイタリアの中部のトスカーナ地方を中心に
山の中に入って、あちこち駆け回っています。
日本とは全然違う環境なので、
サンプル採取のし甲斐がありますね。
ずっとイタリアでの調査に興味があったので」
準教授、すごく楽しそう。
そうだよね、夢が叶ったんだもんね。
「あ、すいません。
僕ばかりが喋ってしまって。
・・・アヤカさんは最近いかがですか?」
アヤカは最近のカフェの状況や益戸の雰囲気、
さらに上川さんの事件の進展などを話した。
「・・・なるほど。
まだ殺人とは決まっていないんですよね?
でも、警察は通り魔だと考えていて、
アヤカさんのカンだとこれは事件だと思っているんですね。
しかも、被害者宅に泥棒が・・・。
僕でも怪しいと考えそうですね」
「そうなんです。
泥棒の件はさっき上川さんの奥様から聞いたばかりなので、
まだ上川さんの事件と関係あるかどうか・・・。
でも、上川さんの人柄や状況を利く限り、
恨まれるような人ではないみたいなんです。
だから、たまたま上川さんが犠牲になって
しまったと考えるのが妥当なんですが、
でも、どうしても、
何かが引っかかっていて・・・。
私、考え過ぎなんでしょうか?」
「そういう直感ってけっこう大事だと思います。
僕らの研究も同じです。
ずっと信じてきた説がうまく行かなくて、
でもある時、フッと思いついたことが
案外うまくいったりして。
アヤカさんは今までの事件だって、
小さな思いつきから
解決の糸を引き出してきたじゃないですか。
きっと何かありますよ。
無意識に何か見たり聞いたり・・・」
「何なに~~?
今、アヤカちゃんと喋ってるの~~?」
ん?んんっ?
突然、準教授の電話の向こうから、
なんだか聞き覚えがある声。
「庄司くん、ちょっと替わってよ」
「え!?ちょ、ちょっと・・・」
すると通話口から聞こえてきたのは・・・。
「もしもし?アヤカちゃん?
久しぶり!エイコよ、綾瀬エイコ!」
え!?
エイコさん!?
「最近ウチに来てくれなかったから、寂しいわ」
「え、え〜〜っと・・・エイコさん?
な、何でソコに?」
「あ、聞いてない?
私も今回の調査に付いてきたの!
ほら、今も大学の研究所に在籍しているでしょ?
教授に頼み込んで付いてきちゃった!」
エイコさんは電話の向こう側で笑い声をたてた。
綾瀬エイコさん。
上小金にあるビストロラパンという
フレンチビストロのオーナーの娘さんだ。
何度か庄司さんと一緒に伺って、
美味しい料理の数々に舌鼓を打った。
エイコさんは庄司准教授の何年か上の先輩で、
稼業のレストランを継ぎつつも、
キノコ菌の研究に今も勤しんでいるという。
ビストロラパンでは家庭的なフレンチを
リーズナブルな価格で舌鼓を打つことができ、
エイコさんは研究を存分に活かした
美味しいキノコ料理も振舞っている。
しかも美人!
ミナとはまた違うエネルギッシュを体現したような
一目を惹くような美人だ。
そのエイコさんが?
庄司さんと一緒にイタリアにいる?
「こっちはね、キノコの種類が豊富で、
調査しがいがあって、
うちのフレンチにどう活かそうか
今から迷ってて!」
純粋に研究目的みたいだけど・・・。
「庄司くんとも色んなお店に行ってるんだけど、
美味しい料理ばかりで食べすぎちゃって!
帰ったら、ダイエットよ!
あ、アヤカちゃんにもお土産買っていくわね!
じゃあ!!」
ブチッ。
・・・切れた。
一方的に。
・・・心にザワザワとしたイヤなものが渦巻く。
二人は先輩後輩関係だと聞いているし、
恋人同士ではないはず。
(私がそう・・・よね?)
で、でも准教授にハッキリと気持ちを聞いたわけではないし。
時々一緒に食事に行ったり、
映画を見たりするだけで・・・。
それってはた目からすれば恋人同士に見えるかもだけど、
実際はタダのオトモダチ??
アヤカは厨房でテキパキと踊るように働く
ミナに目をやった。
・・・なぜミナはあの暑い厨房で汗もかかずに、
クールな表情でいられるのかしら。
不思議でならない。
こちらは汗だくでファンデーションが
崩れまくって毛穴に落ちているというのに。
ミナ、化粧はしている・・・わよね?
・・・実はすごいメイクテクニックの持ち主だったりして。
ミナに聞いてみようかしら?
ほら、メイクで人は変わるっていうし、
魅力アップで准教授も惚れ直しちゃうみたいな?
いや、惚れられているかわかんないけど!
少しはエイコさんに対抗できるかしら?
・・・ミナが羨ましい。
数か月前、皆がいる中で堂々と久保さんは
ミナに付き合って下さいと宣言をした。
しかもプロポーズ級のものを。
庄司さんは・・・いや、私はどうすべきか・・・。
「アヤカ?どうしたの?ぼーっとして。
・・・私の顔になんか付いてる?」
「え?えーと、、、上川さんの事件のことを
ちょっと考えていたの」
まさか庄司さんのことや
ミナの恋愛事情を考えていたとは言えず、
咄嗟に事件のことが口に出た。
「そう?何か思いついたの?」
「ん?ううん、何もナイけど。
その、さっきミナがカヤコさんのアリバイを
教えてくれたけど、
かなり日が経つのに、
事件が進展したとか聞かないから、
警察はどうなってるのかなって思って。
ほら、いつもだと一之瀬さんが来てたりするじゃない?
それも無いし」
「うーん・・・。
警察も苦戦しているみたいなのよ。
久保さんとは最近会えてなくて電話だけなんだけど、
手がかりがあり過ぎて困っているらしいの」
「え?あり過ぎて?無くてじゃなくて?」
ミナは腕を組みつつ、
大きなため息をついて、調理台に寄りかかった。
「当初、警察は大衆の面前に起きた事件だから、
犯人はすぐ捕まえられると考えていたらしいんだけど、
うまくいっていないみたい。
フェスティバルに来ていた人達は、
みんなお店やパレードに夢中で、
犯行の目撃者は無し。
警察は市民からも広く情報を募集していたんだけど、
どうやら、みんなシャーロックホームズや
ミス・マープル(アガサ・クリスティに登場する探偵)や
金田一耕助になりきってるみたい。
『帽子を深く被っていた人が怪しい動きをしていた』とか、
『ヘンな目つきをした人がいた』とか、
そんな不確かな情報が多いらしいの。
それも益戸の市民だけじゃなく、
近隣の香椎からとかも
色んな情報が寄せられているわ。
ほら、あのフェスティバル、
近郊から大勢の人が集まっていたでしょう?
警察は、それをいちいち確かめているらしいわ」
「ってことは、警察も事件が一気に解決するような
有力な情報がないってこと?
じゃあ、防犯カメラとかは?」
「そこもそうなのよ」
ミナがまたしても小さくため息をつく。
「それはそれでまた大変みたいで。
防犯カメラの情報も、
もちろん精査しているみたいなんだけど、
あの日、人出が多かったから、
人と人が重なりあって、
誰が誰だがよくわからないみたいなの。
それに、さっきの市民からの情報も、
自分が提供した情報はどうなっているか?
っていう問い合わせまで来てるんですって。
それに返事するのも大変みたい」
なるほど。
確かにあの日は人混みがすごくて、
大勢の人が闊歩していたわね。
それをイチイチ確認するのも大変だろう。
・・・あの日は初夏なのに気温が高くて、
フェスティバルの熱気も合いまって暑かったっけ。
笑い声や笑顔があふれて、
賑やかなパレードがあって・・・。
それなのに、
突然割って入ったような凄惨な出来事。
人が右往左往して、大きな悲鳴が上がって、
上川さんがゆっくりとこっちに・・・。
?
・・・・・・・・・・!?
「ああっ!!!」
「ど、どうしたの!?」
アヤカの突然の寄声に
ミナのメガネがカクッとズレた。
「ハニーレモネード!!」
「え!?な、何???」
何事かとフロアにいたお客様が
一斉に首を曲げて、
私達を凝視しているのが分かった。
そうよ、、、あの時は私も動揺してたけど、
ああ、ずっと感じていたのはこれ!
「あの、あのね!
上川さん、亡くなる前に
『ハニーレモネード』って言ってたの!」
「・・・・・・・・?」
ミナが困惑した表情を浮かべていた。
さらに奇声を上げたアヤカを見る
フロアにいるお客様の視線を多数感じたが、
申し訳ないけど、
今、やっと掴みかけたこのモヤモヤしたモノを
何とか捕まえなければならないの!!
「そう!
ハニーレモネードよ!!
すっかり忘れてたけど、上川さんが言ってたの!
最後の言葉!
ハニーレモネード!!
ねえ、コレって重要なのかな!?
私、上川さんがフラフラしていたから、
喉が渇いてハニーレモネードが欲しいから、
そう言ったと思って忘れてた。
ああ、本当にそうかもしれないけど!!
私が言ってることって変!?
そのままの意味なの!?
それとも何か重要な意味があるの!?」
アヤカは両手で頭を抱えた。
「アヤカ、落ち着いて!」
話しながらミナが厨房から出てきて、
素早くアイス珈琲を入れてくれた。
「コレ、飲んで。
そう、落ち着いて」
アヤカはミナに言われるまま、
黙ってアイス珈琲に口を付けた。
「アヤカ、よく聞いて。
本当に上川さんは
『ハニーレモネード』って言ってたのね?
その前とか後ろに言っていたことは無かった?」
ミナがそっとアヤカの肩に手を置いた。
冷たいアイス珈琲が頭をスッキリとさせてくれる。
チラとカフェフロアに目を走らせると、
お客様は、もうそれぞれのお喋りや
スマホの画面を見るのに忙しくしていた。
口を閉ざして考えている間、
ミナは黙って一言も発しなかった。
店内にわずかに流れるボサノヴァの音楽も、
アヤカの心を落ち着かせてくれた。
お陰で段々と鮮明な記憶が蘇ってきた。
カタンっと音を立てて作業台にグラスを置く。
「大丈夫・・・ちゃんと、思い出したと思う。
あのね、上川さんがテントの前で倒れた時、
ほぼ意識が無かったの。
私はエプロンで上川さんの血を、
傷口のナイフのところを押さえていたの。
でも、だんだんと生気が薄れていくのがわかって、
パニックになりそうだったけど、
何とかしようとしていた。
その時、上川さんがフッと目を開けてこう言ったの。
『ハ・・・ニ・・・モ・・・レ』って、
・・・ううん、違う!
そう、『ハ、ニ、モ』、この三文字だった!
ハニーレモネードじゃない、ハニモよ」
「ハ、ニ、モ・・・ハニモ・・・どういう意味かしら?」
ミナが小さく復唱した。
「うん、だけどこの文字の間には、
かなり間があった。
だから、他にも何かを言っていたのかもしれない。
でも、聞き取れないほど上川さんの声が小さくて。
ハニモ・・・これ、
事件の謎を解くなにかの鍵になるのかな」
「・・・推理小説とかでは、
亡くなる直前に話したことはとても重要よね?
ダイイングメッセージだったり、犯人の名前を言ったり。
・・・もし、私が死ぬ時を悟ったとしたら、
喉が渇いたからハニーレモネードをお願い!
って言わないと思う」
「・・・そうだよね。
もし自分だったら、犯人の名前を言うか、
最後に大事な人の顔を思い浮かべて
その人の名前を言うかな」
「・・・・・・」
「・・・悔しい。
私がもっとちゃんと聞いていれば。
上川さん、最後に私に何かを
託そうとしてくれていたかもしれないのに」
「アヤカ・・・」
「今更だけど、何で上川さんが
殺されなきゃいけなかったんだろう?
・・・それでも、上川さんの死を望む人がいた。
あのフェスティバルで。
・・・なんであの時なの?
他にも・・・ええと、こう言ったら不謹慎だけど、
上川さんを殺そうとしたら、
他にもチャンスや場所があったはず」
「つまり、暗がりで襲うとか、
もっと人目につかない場所で襲撃するとかってこと?」
「そう。あのさ、・・・もしかしたら、上川さん、
その犯人と知り合いなのかもしれない」
「?どういうこと?アヤカ」
「あんなに人が多い場所で誰かを襲うって、
普通はあり得ない。
誰に見られるかわからないし、
無差別的に狙われたってみんな考えるんじゃない?」
「そうね・・・確かに。
大勢の人の目がある中で、
人を殺すなんて普通は考えない。
だから人混みのフェスティバルで
上川さんを殺したって言うの?
無差別だって思われるように?」
ミナが怪訝な表情を浮かべた。
「そう。
みんな自分のことに夢中で、
フェスティバルの楽しい雰囲気の中で、
警戒心も薄れる。
上川さんだって、フェスティバルの仕事に集中しているし、
周りに人が多いから警戒していなかったのかも。
だから、犯人がいるとすれば、
その時を狙っていたのかもしれない。
・・・それと、まだひとつ可能性があると思うの」
「何?」
「上川さんが犯人を知っていて、
どちらかが故意に避けていた場合」
「・・・どういうこと?」
「警察の捜査によると、上川さんに
特別恨みを持っている人も敵も見あたらない。
だから、上川さんはある人の弱みみたいのを
握っていたりしたのかも」
「えーと、、、それをネタに
上川さんは犯人を脅したりしていたってこと?
金品を要求したとか?
アヤカはそれで上川さんが殺されたと?」
「よくある話よね。
でも、私は上川さんはそういった人じゃなかったと思う」
「・・・そうね。私もそう思うわ。
ま、確かに私達は上川さんのことを
詳しく知っているわけではないけどね。
でも、人間味というか、そういったものが
会話や振る舞いに出ていて、
こういった人だったら、信頼できると思っていたから」
同意の印にアヤカは大きく頷いた。
「それに失礼だけど、
服や時計とか装飾品にもお金をかけている風には
見えなかった。
仕事柄か、質素堅実な印象だった」
「・・・じゃあ?」
ミナが眉を顰める。
「上川さんは犯人の何らかの弱み、
あるいは不貞の材料を持っていて、
黙っていたかもしれないんじゃないかしら?
ただし、善意から」
「善意。
・・・そうか・・・それならあり得るかも。
もしそうなら、上川さんの優しさから
その秘密を自分の胸にだけ
秘めていたのかもしれないわね。
でも、犯人にとってそれは脅威だったのかも
しれない。
もしかしたら、誰かに話してしまうんじゃないかって
恐怖を感じていたのかも。
・・・ああ、だからアヤカは上川さんの
知り合いかもしれないって言うのね?
確か公務員は、
不正などを知ってしまったら、
報告しなきゃいけない義務みたいなものが
あるのよね?(※1)
ただ、もし親しい人が
例えば犯罪に関係しているとかだったら、
警察に出頭するのを待っていた・・・とかね。
全くの知らない人だったら、
う~~ん、事情によりけりね。
上川さんがその人に同情してしまうこともありそうだし。
善意ね・・・一つ間違えれば怖いことになるわね」
「可能性のひとつだけどね」
アヤカはふーっと一息ついて、
自分のこの新しい考えを反復してみる。
そう。
これならあり得る。
上川さんが卒業アルバムをアヤカ達に託そうと考えたのは、
そこに載っている人物を見せたいからなのではないだろうか?
そうなると上川さんの学生時代の友人・・・ということになる。
その誰かだとすれば身近にいる人、親しい人・・・
アヤカの説は有効なのかもしれない。
ミナも唇に指をあてて、真剣な顔で考えている。
その姿は宝塚の男役のように、
同姓から見てもホレボレするほどの美しさだ。
・・・サマになってるわぁ。
するとミナはつと顔を上げた。
「・・・アヤカの説に足すことになるんだけど、
犯人は家族がいる人かも」
「どういうこと?」
「さっきアヤカが言ったように、
上川さんを殺そうとするなら、
普通は犯行を見られないように
暗がりとかで襲うわよね?
誰にも見られないように」
「そうね」
「一人暮らしの人だったら、
時間を気にせずに上川さんの仕事帰りに
後をつけたり、家の近くに潜んで
狙うことはできるけど、
それをしなかったってことは、
家に家族がいて夜に外出が難しいとか、
夜に働いている人なんじゃないかしら?
あるいは子供がいる人とかね。
フェスティバル当日の土日だったら、
仕事が休日の人も多くなるから、
家族がいてもある程度自由が利く。
少し調べれば毎年上川さんが
スプリングフェスティバルのスタッフで
当日会場にいることは分かるはずだし。
犯人にとって、
絶好のチャンスだったのかもしれない」
「なるほど・・・それも一理あるわね。
・・・そういえば
あの凶器、ナイフか包丁だったのよね?
よく見る余裕が無かったんだけど。
ミナ、久保さんから何か聞いてる?」
「ええ。
かなり細い長めのナイフ。
包丁ではなかったみたい」
「警察は、凶器の出元はわかってるのかしら?」
「久保さんに聞いてみるわ。
教えてくれるかわからないけど。
・・・でも、そういうタイプのナイフなら、
女性や年配の力が無い人でも扱いやすそうね」
「ミナ、そろそろ店じまいにしようか?」
アヤカが厨房にいるミナに声を掛けた。
「オーケー、あともう少し」
時刻はそろそろ夕方6時だ。
チカは既に家に帰り、
アヤもは先ほどまでお帰りになるお客様や、
テイクアウトで焼き菓子を求める
お客様を捌いていたところだった。
ミナは厨房の火を落とし、
来週分の仕込みに精をだしていたところ。
明日は日曜日、
カフェ・ヴェルデ唯一の休店日だ。
無人のカフェ・ヴェルデは
かすかに店内BGMが流れているだけ。
少し寂しい雰囲気と、
一日を乗り切ったと思える満足した時間だった。
「じゃあ、私は外を見てくるね」
アヤカの足がドアに向かおうとしたその時、
「鈴井さん!」
いきなりドアが開き、
風のように上川カヤコが入ってきた。
「え!?カ、カヤコさん??」
「見つかったんです!泥棒じゃなかったんです!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて」
アヤカが動揺していると、
カヤコはいきなりアヤコの目の前で
茶色の紙袋から紺色のモノを取り出した。
「あったんです!
卒業アルバム、盗られていなかったんです!
夫が安全な場所に移していたんです!」
ダークグレーのパンツスーツを
身に着けたカヤコは、
少し息を切らしていた。
どうしたことかと、
店と厨房を繋ぐドアを開けたミナは、
唖然とカヤコを見ていた。
「泥棒じゃなかった、ウチの夫が・・」
「カヤコさん、ええと、あの・・・あちらの方は?」
アヤカはカヤコの肩越しに
一人の女性が立っているのに気づいた。
カヤコは興奮していて背後の女性のことを
失念していたのか、
顔がみるみると赤く染まっていった。
「・・・あ、あの、
こちらは益戸市役所の山村さんです。
ええと、さっき待ち合わせして・・・」
「初めまして。山村エリと申します」
そう言って会釈した女性は、
キチンと染め上げた焦げ茶色の豊かな髪を、
首元でまとめ上げ、
きっちりとメイクをしていた。
白のサテンのVネックのブラウスに、
ベージュのタイトスカートを履き、
ライトグリーンのストールを
ふんわりと首に巻いている。
手にはロンシャンの黒のトートバッグ
(母のショウコと色違い!流行りなの!?)を
手に持っていた。
背が高く、スラリとしたスタイルで理知的な印象だ。
年のころはええと・・・40代後半くらい?
「山村さん、すいません・・・、
私、慌てちゃって。
あの、これ、夫の卒業アルバムです。
泥棒に盗まれたんじゃなくて、
こちらの山本さんに
預かって頂いていたみたいなんです!」
えっ!?
アヤカは山村さんの顔を見つめた。
すると小さく山村さんが頷いた。
カヤコが話を続ける。
「私もびっくりしました。
今日、益戸市役所でお世話になったご挨拶と、
夫が残していたものを取りに行ってきたんです。
夫の上司の方から連絡があって、
本来ならもっと早く伺うべきだったんですけど・・・」
「と、とにかく、立っているのも
なんですから、座りましょう。
もうお客様はいませんから、
落ち着いて話をしても大丈夫です。
あの、山村さんも」
アヤカはフロアの窓際のソファ席に手を向けた。
「あ!すいません!
・・えっとお店、もう閉店なんですよね?
えーと、勢いで来てしまいましたが、
・・・今、大丈夫ですか?」
ミナが急いで4人分の珈琲を入れ、
残っていたプラムスクエアケーキを
トレイに乗せて運んできた。
全員ソファに座ると、
落ち着きを取り戻したカヤコが口を開いた。
「・・・昨日なんですけど、
夫の職場の方から
これまでのお給料やこれからの私達のことで
来て頂きたいと連絡がありました。
それで、母に子供を預けて
今日の午後夫の仕事場に行くと、
応接間に通されました。
夫の直属の上司にあたる大塚部長と
山村さんがすでにいらっしゃいました。
色々と夫や私への労いの言葉をかけて下さって、
遺族年金やこれからの私達の生活のことなどで、
親身になって話して頂きました。
職場での思い出話も色々聞かせてもらって。
それと一緒に大塚部長さんが
夫の私物をまとめて下さっていました。
荷物は夫が職場で使っていたマグカップとか、
手帳やカーディガン、
デスクに置いてあった家族写真、
・・・私達三人で写ってました。
・・・とにかく私物を受け取り、
停めてあった車で駐車場を出ようとしたところで、
山村さんに話しかけられたんです」
選手交代とばかりに山村エリが話しだした。
「今日、部長の大塚から、上川く・・・さんの
奥様がいらっしゃると聞いて、
女性の私がいたほうがいいのではないかと
申し出て、同席させて頂きました。
カヤコさんは大変な状況の中にもかかわらず、
気丈に振る舞っていらしてました」
山村さんはうっすら微笑んで、
隣のカヤコの顔を見やってから話をつづけた。
「応接間での話が終わって、
カヤコさんが帰られた後、
上川さんから預かっていたものがあったことを
私、ふっと思い出したんです。
それで急いで自分のロッカーから
取り出してカヤコさんを追いかけて行ったんです」
カヤコは硬い表情で頷いた。
「山村さんから渡されたのは、
ガムテープで上部を封止めされていた
この手提げ袋でした。
私はお礼を言って受け取って、
一度そのまま家に持ち帰ったんです。
家で、私は他の荷物と一緒に開封していたんですが、
山村さんから渡された紙袋を開けてみたら、
夫の卒業アルバムが出てきて、
もうビックリして!
名刺を頂いていたので、
それで急いで山村さんに連絡をしたんです。
で、事情を話して、
一緒にカフェ・ヴェルデさんまで一緒に
来てもらったんです」
山村さんが小さく頷く。
「私はまだ職場に残っていたので、
先ほど別れたばかりの上川さんの奥様から
連絡を頂いてびっくりしました。
とても焦っている様子で。
それで奥様からカフェ・ヴェルデさんで
上川さんの事件を調査していることを聞いたんです」
ここでアヤカが口を挟んだ。
「あの、山村さん。
ひとつ、質問しても?
上川さんからこの紙袋を預かったのは
いつ頃なんですか?」
「預かったのは、今から半年くらい前の秋でした。
・・・ごめんなさい、
正確な日時は覚えていないのですが。
まさか、そんなに大事なものとは思わず。
紙袋を渡されたのは、ある日のお昼休みでした。
私がお昼休憩から帰ってきた時、
市役所の前庭で受け取りました。
おそらく、
私の帰りを待っていたんだと思います。
それで上川さんからこの袋を渡されて、
保管しておいてくれないかと言われたんです。
・・・急なことでビックリしました。
以前は同じ部署でしたが、今は違いますし、
すれ違えば挨拶程度はしますが、
最近は親しく話すこともなかったんです。
・・・当然だと思われますけど、
私はこの荷物は何かと聞いたんです。
すると、
『今、あることを調べていて、その資料なんです。
ちょっと、内緒で・・・』と。
私、その時、どうしたの?
何かの不正なの?
と冗談めかして聞いてしまったんですが、
上川さんは慌てた様子で、
『大したことは無いんです、もし誤解だったら
その人に申し訳なくて。
ただ、部内では開けにくくて。
山村さんにはご迷惑はお掛けしません』と。
そう話していたので少し心配だったんですが、
『誤解だったら、すぐ破棄するつもりなので』と、
上川さんも笑っていたし、
それでお預かりしたんです。
ただ・・・」
山村さんが一度口を噤んだ。
「・・・ただ、
もし自分が引き取りにいけない場合は、
妻に直接渡してほしいと言われたんです」
山村さんの静かな声が部屋に響いた。
「・・・後悔しています。
自分が情けなくて。
今思えば、上川さんの言葉をもっと真剣に
考えるべきだったんです。
役所内での不正などの資料なら、
奥様に渡してほしいとは言わないはず。
個人情報も守秘義務がありますし。
真面目な上川さんなら、
役所外に持ち出すようなことは言わないと思います。
それに、私と奥様は
今日まで直接お会いしたことは
ありませんでしたし、それを私に託すなんて」
そう言って山村さんは肩を落とした。
ミナがゆっくり口を開く。
「山村さん、上川さんはもしかしたら
自分は荷物を取りに行けないかもって
言ってたんですよね?
それって上川さん自身が、
自分の身が危険だって思っていたのかも
しれません」
「・・・そうかもしれません。
その時は私は気づかなかったんですが、
今考えてみると、
何か覚悟を決めていたような様子でした。
でも、荷物を渡されてから、
少し世間話をして・・・主に職場のことですけど、
じゃあ!って笑顔で別れたので、
その時にはもういつもの明るい
上川くんだったんです」
重い空気が流れる中、
窓から夕暮れの弱くなった光が
店内に射しこんでいた。
あの明るく誰にでも寛容な上川さんに、
そんな考えと覚悟があったなんて。
アヤカはふと疑問をぶつけてみた。
「あの・・・失礼ですが、山本さんと上川さんとは
どういう関係なんですか?
先ほど以前、同じ部署にいたことは伺いました。
でもその卒業アルバムは、
上川さんにとって物凄く大事なもののはず。
相当あなたを信頼していないと、
預けるとは思いませんが・・・」
「大丈夫です、鈴井さん。
これを見てください」
カヤコが白い便箋を黒いボストンバッグから
取り出した。
「見ても?」
「どうぞ」
アヤカが受け取り、ミナも横から覗き込んだ。
中には、便箋が二枚入っていた。
そこには縦書で、丁寧な字こう書かれてあった。
『カヤコ様
もし、この手紙をあなたが見る時は、
僕はもうこの世にいないかもしれません。
きっと、君は悲しんでくれていると思います。
君とナオヤを残してしまうことを許して下さい。
でも、どうしても僕がやりたかったことが
ありました。
ずっと後悔していたことです。
もし、僕が道半ばで倒れてしまったのなら、
この手紙とアルバム、入っていた資料を
カフェ・ヴェルデの鈴井さんへ渡してください。
鈴井さんは表向きはカフェを経営されていますが、
探偵業もしています。
鈴井さん、不躾で申し訳ありませんが、
僕がどうしてもやりたかったことを
どうか、お願いします。
依頼料は、おいくらになるかわかりませんが、
家のクローゼットの下に、
現金で50万円用意してあります。
それと、この袋を託した山村さんは
僕が心から信頼している方です。
アルバムや写真、メモの内容に詳しく、
調査に協力してくれると思います。
山村さん、"相田さん"のことを話して下さい。
彼女のことは僕の責任です。
まだ証拠は揃ってなく、
確信がないのでハッキリと名前は言えませんが、
この写真と資料の中に"殺人者"がいます。
お願いです、犯人を捕まえて下さい。
最後に、カヤコ、本当にすまない。
なるべくなら、ずっと君とナオヤと
生きていきたかった。
ナオヤのことを頼みます。
どうか、元気で幸せに』
啞然とした。
これは、、、遺書だ。
顔を上げると、カヤコさんがポロポロと
大粒の涙を流していた。
ミナがテーブルのペーパーナプキンを
サッと数枚取り出し、カヤコさんに渡す。
「あり・・・がとう・・・ございます。
・・・筆跡は、間違いなく夫のものです。
書いてあったように家のクローゼットを探すと、
夫の衣類の一番下に封筒に入った現金が
出てきました。
泥棒にも見つからなかったみたいです。
まだいくら入っていたか、
ちゃんと調べていませんが、
夫が言うように50万、入っていると思います。
でも、銀行口座から50万円もの大金を引き出せば、
私が気づいたはずなので、
恐らく、自分のお小遣いから貯めたものでしょう。
・・・新札は少なく、
よれていたモノも多かったですから。
・・・鈴井さん、
夫は何かを調べていたんですね。
だから、なんですか?
夫が亡くなったのは。
夫は・・・命の危険を冒してまでも。
でも、何を?私達を残してまで?
夫がなぜ・・・なぜ・・・」
カヤコから嗚咽がもれる。
ミナがカヤコの肩にそっと手を置いていた。
・・・衝撃の内容だった。
手紙によれば、上川さんは殺人者を追っていた。
一公務員が殺人者を探していた?
あの温厚な上川さんからは想像がつかない。
しかし、家族も知らないところで
必死で何かを探していたことはわかる。
それに相田さんって・・・?
今まで聞いたことのない名前が出てきた。
「山村さん、この手紙に書いてある
相田さんって・・・山村さん?」
しかし、山村さんは顔が青ざめ、
一点を見つめたままだ。
まるでアガサ・クリスティの小説、
"鏡は横にひび割れて"の登場人物のようだ。
「山村さん、どうしたんです?
あの、大丈夫ですか?!」
再度アヤカが声をかけると、
ビクッと身体を震わせた。
「あ、あの・・・申し訳ありません。
ただ・・・びっくりしてしまって」
声がしどろもどろだ。
「あの、手紙には相田さんという人のことを
あなたに聞いて欲しいと書いてありますが、
山村さんのお知り合いですか?」
「知り合い・・・ええ・・・そうですね。
いえ、そうでした」
「でした?」
すると山村さんが
胸に手を置いて声を絞り出した。
「相田さんは二年前に亡くなっているんです。
・・・交通事故で」
※1-刑事訴訟法第239条第2項参照




