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言えない思いストーカー。

作者: 若松だんご

 うちのクラスには、とんでもないパーフェクト超人がいる。

 佐保宮志乃(さほみやしの)……くん。

 一見、女の子のような名前(それもかなり古風)だけど、どこからどう見ても彼は男性。それも、とんでもなくイケメンの男性。

 バスケット部所属。身長推定180センチ以上。制服だとわからないけど、ユニフォームだとバッチリわかる、筋肉質な体つき。(目の保養)

 部活での活躍っぷりもさることながら、頭脳だってとっても優秀。本人はあまり言いたがらないけど、前回のテスト、どうやら彼が一位だったらしい。多分、おそらく、きっとそれまでのテストも同じ。先生の間では、「どうしてこんな高校に?」ってのが、謎として語られてるとか。(バスケが強い、家から一番近いって理由で決着つけられてる)

 頭が良くて、運動神経抜群で。

 それだけでもお腹いっぱいになりそうなのに、彼はとっても端正な顔立ちをしてて、その上、とんでもなく謙虚で、誰にでも優しい。わざとらしさも何もなく、普通に息するように誰にでも手を差し伸べてくれる。この間だって、あたしが運んでたクラス全員分のノート、さりげなく手伝ってくれたし。

 声も高すぎず低すぎず。仕草も、顔に似合ってとっても優雅。

 頭の天辺からつま先まで。前も後ろも右も左も。全方位完璧、ハイクオリティイケメン。

 そんな彼。

 同じ学校、同じクラスになれたことはもちろんのこと、同じ体育館での部活に勤しめる今。あたし、幸せ噛み締めてます。

 彼はカッコよく、体育館中央の男バスで。あたしは……、体育館、用具室の天井部分、一段上がった片隅で卓球を。それも、練習相手が足りなくて(ということにしておいて)、ひたすら壁に向かって玉打ち練習。


 格が違う。

 教室でも体育館でも。彼と自分じゃ、一緒の空気を吸うのもおこがましい。


 「こら、のどか! 勝手にたそがれてないで、ちゃんと練習に身を入れな」


 ゴンと頭に落ちた、練習メニューバインダー。

 

 「かなちゃん……」


 痛くはないけど、頭を押さえてふり返る。

 同中友達、クラスメイトのかなちゃん。背を反らしてるわけでもないのに、タユンと揺れる胸。


 たそがれてたんじゃないもん! 志乃くんウォッチングしてただけだもん!

 躍動感溢れるイケメンを、(無料で)拝めるのはこの時だけなんだもん!


 教室で授業を受けてる時の彼を「静」とするならば、体育館での彼は「動」。飛び散らす汗まで美しい。ハア。


 「だーかーらー、ホケッと見てないで、手を動かす。イケメン観察したい気分はわかるけど、練習、ちゃんとしな」


 バンバンバン。

 容赦ないバインダー攻撃。


 「ちょっと。そんなに上から叩いたら、身長伸びなくなっちゃうじゃない」


 それでなくて、なけなしの152センチなのに。大切な、50の大台(?)に載せてくれてる2センチ。叩かれすぎて消えちゃったらどうするのよ。


 「高校生にもなって伸びるとでも?」


 容赦ないバインダー。今度はコシコシと頭を撫でる。


 「伸びるかもしれないじゃない!」


 あと3センチ。彼の隣に並びたいとか望まないけど、それでも、「ちっさ!」ってならない程度に。望みだけは捨てない。捨ててない。


 「じゃあ、伸ばしてやろじゃない。ホレホレ」


 「うわ、ちょっと! 静電気で伸ばされてもうれしくない!」


 それ、ただ髪の毛が逆立ってるだけだから!

 フワッと立ち上がった髪を必死に撫でつける。


 「みなさーん。そろそろ休憩を~」


 「おっ。マネージャーじゃん」


 体育館に響いた声。その声に、男バスはもちろん、女バスも隣のバレー部も、じゃれ合ってたあたし達も動きを止める。

 声掛けとともに、体育館に入ってきたのは、二つ上の学年ジャージの女子生徒二人。お二人共、男バスのマネージャーさん。

 一人はタオルを。もう一人は金色デカヤカンを。

 う~ん。青春部活必須アイテム。

 彼女たちのもとに、男バスだけじゃなく、体育館で部活をしていた連中も、わらわらと集まっていく。


 「いつ見ても、サマになるねえ」


 「うん。そだね」


 かなちゃんの感想に素直にうなずく。

 人が集まった体育館の入口。そこで、にこやかにタオルを志乃くんに渡すマネージャー。

 青春の1ページ? よくあるさわやかワンシーン?

 普通の緑ジャージ姿の先輩なのに。


 姫と騎士……みたい。


 中二病とか言われそうだけど、その言葉が一番しっくりくる。

 姫のために、日々鍛錬に励む若い騎士(志乃くんのこと)。

 そこに、侍女(もう一人のマネージャーさんごめんなさい)を連れて現れた姫。


 ――お疲れ様です。シノ。

 ――姫さま。このようにむさ苦しい場においでいただかなくても。

 ――わたくしが、お世話したいと思ったのです。いえ。お世話を口実に、アナタにお会いしたかったの。

 ――姫……。


 みーたーいーなー。

 渡されたタオルで汗を拭きながら、姫を見つめる騎士、シノ。そんな彼を微笑み見上げるマネージャー姫。

 柔らかそうな髪。私より身長ありそうなのに、華奢な体つき。「アハハッ」って笑うより「フフッ」って微笑みが似合う顔立ち。かなちゃんと競えそうな豊満な胸。

 お似合いすぎる。お似合いすぎる二人。


 「いいなあ……」


 「のどかってさ。ああいうの見て、『悔しい』とか『なんでアイツが』、『佐保宮くんに近づかないで』とか思わないわけ?」


 「へ? 全然」


 むしろ、なぜ、そんなことを思えるの?


 「自分があの先輩の代わりに、とか」


 「おこがましいよ、そんなの。ありえないし、想像することすらムリ」


 あまりにお似合いだから、その、「悔しい」とか「爆散希望」とか、そういう感情はミリも湧いてこない。

 あの先輩の代わりに私がそばに立ったら、そうだな、騎士に寄り添う馬……じゃないな。駆け出し転んで、馬に踏まれそびれたネズミ。チイチイ。優しい馬が、「こんなん、落ちてましたけど?」って咥えて、志乃くんに見せてくれるかもしれないけど。志乃くんなら、馬に踏まれそうなどんくさネズミでも、「さあ、お家にお帰り」ってそっと茂み(ドコ?)に返してくれるかもしれないけど。あんな一服の絵画のような美しい世界にはならない。

 

 「あたしは、こうして遠くから眺めてるだけで充分なの。映画とかで、どれだけあこがれの俳優がステキシーンを展開してても、そこに割り込もうなんて思わないでしょ? それと同じなの」


 そう。あそこで繰り広げられてるのは、爽やか恋愛青春映画のワンシーン。

 あたしはそれを観てる客。多分、スクリーンからそれなりに遠い、33-Kぐらいの座席。(中途半端)

 美しいものを、美しいままに。遠くで眺め、堪能していたい。

 ああ、眼福。


 「騎士と姫。あの二人、二歳年の差があっても、その垣根すら乗り越えていく純愛」


 そこに、どんくさネズミはお呼びじゃない。


 「それにさ、割り込んでいこうにも、すでにムリじゃん」


 「まあ、ねえ……」


 かなちゃんが、ビミョウな返事をして頭を掻く。

 騎士と姫。

 あの二人、部活でだけ親密なんじゃなくて、放課後なんかも結構親密。

 一緒に帰る姿は何度も目撃しているし、学校前のコンビニで二人仲良くアイスを買ってるところも見た。

 部活終わって「じゃあね」じゃないあたり、あれ、絶対つき合ってるよね?

 あたしも見た! かなちゃんも見た!

 二人で見て、二人で驚いた。

 志乃くんが姫のカバンを持ってあげてる場面を。姫が志乃くんのアイスを一口頂戴するとこを。姫が志乃くんを「佐保宮くん」でも「志乃くん」でもなく、「志乃」って呼びかけてるのを!

 あたしとかなちゃん。二人でバッチリシッカリハッキリ見ちゃったのよ。

 あれは絶対つき合ってる。それも先輩後輩なんてレベルじゃなく、マジのガチでつき合ってる。それこそキスはもちろん、その後のそういうこともああいうことも済ませて……って。あああっ、さすがにこの先は想像自粛。

 とと、とりあえずあの二人の間に、どんくさネズミの入る余裕がないことだけは確実。

 割り込みたかったら、そうだな。あの二人の子どもに転生して、バブバブと抱っこされて挟まるしかムリ……って。あの二人を両親に持つって、心臓がもたない。ドッキドキ、心臓破裂でアッサリ昇天。耐えられるだけの心臓を持ってから転生します。(多分ムリ)


 「あたしの場合は、こうして彼らの恋愛をジックリ眺めさせてもらって。それを後世に語り継ぐのがお役目なの」


 「お役目って……」


 「見たこと、聞いたこと、感じたこと。それとこのシーン。それを一字一句余さず漏らさず覚えて、後世に残すの。『かつてこんな美しく素晴らしい恋があったんじゃと、語り伝へたるとや』って」


 「小説でも書くつもり?」


 「いいねえ、小説。でも文才ないからムリ」


 漫画化するにも絵心もない。

 あたしはおそらく、見て知って覚えてくだけのメモリーカード。


 「はいはい。まあなんでもいいから、練習再開しな。あっちも始めたみたいだし」


 アホな会話から視線を変えると、ちょうど階下の部活も練習を始めるみたいで、集まってた人たちが三々五々に散らばっていく。

 その最後、姫に軽く手を上げ、仲間に向かって走っていく志乃くん。受ける姫もニコッと笑って少し手を上げ応酬……って。ああ眼福、目の保養。とってもウマウマさり気なワンシーン。


 カンッ。


 「あ」


 よそ見のしすぎか、それとも腕がないせいか。(おそらく前者) 打った玉が壁に当たって、変な方向へと飛んでいく。


 「あ、待って、まって!」


 軽く小さなピンポン玉。空気しか入ってないくせに、妙に元気よく跳ねて飛んで、階段へと弾んでいく。


 「うおわっ!」


 捉えようと捕まえようと追いかけるけど、階段ステップを下りるたび、ピンポン玉は高く跳ねるようになって、あたしの身長を追い越すレベルで飛び上がる。

 階下にいるのは、男女バスケ部とバレー部。

 練習してる彼らを、ピンポン玉ごときで邪魔しちゃいけない。焦るけど、元気すぎるピンポン玉は、どんくさネズミには捕まえられなくて。


 「――危ない!」


 誰かの叫び声。

 

 (――へ?)


 同時に襲った頭の衝撃。

 ゴワンっていうのか、ドガンっていうのか。


 「のどか!」


 かなちゃんが叫ぶ。


 (あ、バスケボール……)


 食らった衝撃が、バスケボール由来だと、クワンクワンする意識で認識した。


          *


 「――気がついた?」


 その声に、自分が寝てたことに気づく。

 

 「あ、えっと、ここは……」


 っていうか姫? なんで姫があたしの横に?

 

 「保健室。アナタ、バスケ部のボールの直撃を受けて倒れたのだけど。覚えてる?」


 「え、あ、はい……。なんとなくですけど」


 尋ねてきたのは、姫の隣りにいた保健の先生。

 転がった(跳ねた?)ピンポン玉を追いかけて、階下に下りて。んで、間抜けにもバスケボールが直撃してぶっ倒れた。


 「気分悪いとか、吐き気とか、体調でおかしなところ、ないかしら?」


 「大丈夫です。多分」


 ちょっと後頭部が痛むけど、動けないほど激痛ってわけでもないし。

 言って、身を起こす。うん。この痛みは、おそらくたんこぶ。これぐらいどうってことはない。のに。


 「無理してはいけないわ。ほら、もう少し休んで」


 なぜか姫にベッドに戻される。


 「頭を打つって、怖いことなのよ? だから」


 上掛けまでかけ直されてしまった。


 「あ、ありがとうございます」


 そして、ご迷惑をおかけしてます。

 あそこであたしがどんくささを発揮してなければ、こんなふうに迷惑をかけることなかったのに。

 

 「筒井さん!」


 ガラッと乱暴に開いたドア。

 息せき切って飛び込んできたのは……。


 (しっ、志乃くんっ!?)


 制服姿の志乃くん。その肩にかけられてるのは……。


 (あたしのカバンッ!)


 なんでどうしてそれがそこにっ!?

 普通一般の、紺の指定カバンだけど、そこにぶら下がった「はじっこぐらし」のキーホルダーが、「お主のカバンじゃ」と自己主張。

 なんで、志乃くんがあたしのカバンを持ってるわけっ!?


 「志乃、お父さんに連絡は?」


 「ついた。あと十分ほどでこっちに来てくれるって」


 「そう。よかった」


 姫と志乃くんの会話。お父さん? 来てくれる? ってナニ?


 「筒井さん。今日は帰り、お家まで送らせてください」


 「へ?」


 なんで? なんで姫が?


 「こちらの不注意で、アナタにボールを当ててしまったんですから。体調のこともありますし、ぜひ、お家まで送らせてください」


 「いえいえいえいえいえ! そこまでしてもらわなくても!」


 家にぐらい、自分で帰れますって!


 「筒井さん。頭を打つって、すごく危険なことなんですよ? 最低でも二十四時間は経過を観察する必要がありますし。一週間は体調変化に気をつけないと。ねえ、先生」


 あたしの手を取って力説する姫。保健の先生にも確認を取って、さらに圧。


 「だから、今日は、お家まで送らせてください、ね」


 真摯な姫の瞳。

 この状況。この瞳。

 ここで「NO」と言えるヤツはいるのだろうか。いやいない。

 

 (ってか、かなちゃんはドコ行ったわけ?)


 最後の救いを求めたいのに。「かなちゃんと帰りますから大丈夫です」って手は使えない。かなちゃん不在。

 あたし、姫と志乃くんと。なぜか一緒にお帰り決定。


          *


 「いやあ、ウチの志乃がとんだ迷惑を。すまなかったね」


 「あ、いえ。そんなことない……です」


 「いやいや。大事なお嬢さんを事故とはいえ、昏倒させるなど。どれだけ謝っても足りないぐらいだよ。本当に、申し訳ない」


 乗り込んだ車。運転する、これまたとんでもダンディなお父様からの謝罪。


 (この方、どちらの〝お父様〟なんだろう)


 見た感じ、志乃くんにはあまり似てないけど、でも志乃くんを「ウチの志乃」扱いしたし。でも。


 (乗り込む時、姫が「お父さん」って呼びかけてたし)


 それもすっごく親しげに。今も助手席を陣取ってるのは姫。(そしてあたしと志乃くんが後部座席) 見てる限り、運転するお父様は、姫のお父様に見えるし……。


 (ハッ! まさか、姫と志乃くんはすでに親公認のそういう仲! とか?)


 だからこその「ウチの志乃」発言。ウチの娘婿が悪かったねっていう、そういうの。

 かなちゃん! あたし、とんでも状況を一つ知っちゃったかもしれない。姫と志乃くん。すでに王様(お父様)公認の仲のようですよ?

 脳内で、かなちゃんに勝手にテレパシー通信を送る。(当然、返答なし)


 「それで、今回のこと、ご両親にもお話ししたいんだけど。お父様かお母様はご在宅かな?」


 「え? いえ。あの、今日は二人で旅行に出かけてて」


 「え?」


 「え?」


 車内に広がる「え?」。同時に車も「え?」と、路肩に急停止。


 「筒井さん、ご両親、不在なの?」


 「ええ。たまたまですけど。今日は記念日だからって、二人で旅行に出かけてます」


 ほんと、たまたま。

 今日は、お父さんがお母さんに告白した記念日。今年で二十年目。

 せっかくだからあたしも一緒にって誘われたけど、「両親のカップル記念日だから、学校休みます!」は恥ずかしかったので、「一人でも大丈夫だから二人でラブラブ満喫してきて」って、二人だけで旅行に出かけさせた。

 まさか、そんな日にたんこぶこさえることになるとは思ってなかったけど。


 「鈴香」


 「ええ」


 再び動き出した車。そしてお父様と姫の阿吽の会話。

 

 「筒井さん。今日は僕の家に泊まっていってください」


 「へ?」


 ナニ言い出すの、志乃くん。


 「頭を打ってから二十四時間はとても危険なんです。ぜひ、僕の家で容態を見させてください。ご両親がいらっしゃらないのなら、なおさらです」


 「そんなの、平気だって……ウビャッ!」


 グルンと方向転換した車。その勢い、発生した遠心力にバランスを崩したあたしの体。


 「ね? 危険でしょ?」


 転がりかけた体を受け止めてくれた志乃くん。ニコッと笑ってあたしを見つめる。


 (その笑顔が、一番危険なんだってば!)


 ドキドキしすぎて、心臓破裂しそう。


          *


 ほえええ~。

 到着一番、あたしの出した「ほえええ~」。

 いや、それ以外に表現のしようがないのよ、このお家。

 一見、普通の郊外一軒家のフリしてるけど、ウチとは比べ物にならないぐらい大きくて広くて、ものすごくセンスがいい。

 [竜田]って表札からして、「ハイセンス!」なデザイン。アプローチから見える庭もステキで。手入れされた芝生に、季節の草花(名前知らない)。そして。


 「いらっしゃい、筒井さん」


 出迎えてくれたお母様(?)も、美しくてお優しそう。「ザ・奥様!」って雰囲気。

 あたしたちが到着するなり、お茶を出してくれて、ウチの両親にも謝罪と連絡を入れてくれて。

 たかが頭にボールがぶつかっただけなのに。下にも置かない、とんでも厚遇。

 そのままズルズルとリビングに居座って、夕食までいただいちゃって。夕食、とんでもなく美味しいはずなのに、緊張しすぎてじっくり味わえなかった。だって……ねえ。

 あたしの隣には姫。向かいにはお母様。その隣には志乃くん。そしてお父様。

 なんていうのか。ダンディとイケメンと奥様とお姫様に囲まれての食事。どんくさネズミには、場違いすぎて、箸はどっちの手で持つんだ? 右か左か? なぐらいのパニック。途中、姫とかお母様があたしのことを気遣って、色々尋ねてくださったけど、あたし、ちゃんと受け答えできてたかな。アホな答え言ってないか、不安になるぐらい浮ついてた。


 「本当に、ウチの志乃が。ごめんなさいね」


 「いえ。本当に大丈夫ですから」


 「でも、頭を打つって、怖いことなのよ?」


 と、遠慮すると、今度はお母様から、やんわり説教される。

 そして、またもや「ウチの志乃」呼び。志乃くん、ホントに姫のご家族に受け入れられてるんだな~。一緒にゴハンを食べるぐらいだし。

 会話にあまり混じってこなかったけど、でも、こうして一緒に食事をするってことは、それだけこの「竜田家」に馴染んでるってことだし。家に馴染むぐらい、姫と仲良しってことだし。


 (って。ん? なんだろ、これ……)


 姫のご両親が「ウチの志乃」発言するたびに、妙にお腹の奥が重い……ような。鉛を詰め込まれたっていうかなんていうのか。この鉛、ナニ?


 「志乃。筒井さんのお部屋は用意しておいたから。案内してあげて」


 「わかった。筒井さん、こっちへ」


 「あ、でも、お片付けお手伝いします」


 夕食をごちそうになって、そのまま「じゃあ部屋でゆっくり」はさすがに。


 「いいのよ、片付けなんて。それより、ゆっくりしていてちょうだい」


 お手伝いは、お母様にやんわり断られた。


 「じゃあ、こちらへ。筒井さん」


 「では。お言葉に甘えさせていただきます」


 ペコッと一礼を残して、志乃くんの後をついていく。

 案内しなきゃいけないほど部屋数があるのか。さすが姫さまのお家。

 ペタペタとスリッパの音を立てて案内されたのは、廊下の先にあった六畳ほどの和室。すでにお布団が敷かれ、あたしのカバンも運び込まれていた。うーん、至れり尽くせり、準備万端。


 「今日は、本当にごめんね」


 部屋につくなり志乃くんが言った。


 「僕がもうちょっと気をつけてればよかったんだけど。反省してる」


 あたしの頭に直撃したのは、どうやら志乃くんの流したパスボールだったらしい。


 「そ、そんなことないよ! 佐保宮くんは悪くない! 悪いのは、ホケッとしてた、どんくさネズミのあたしのほう! あたしがもっと周囲に気をつけてればこんなことにならなかったんだし!」


 「どんくさネズミって……」


 志乃くんが目を丸くした。


 「あ、あたしこそ、ごめんね! こんなふうにお言葉に甘えてしまって!」


 ヤバい。言い繕え、自分!


 「それより、すごいね! 佐保宮くん、先輩のご両親とも仲良いんだね! ビックリしちゃった!」


 話、ごまかせ、自分!


 「佐保宮くんと先輩って、すっごく仲良さそうだし、お似合いだし! まるで〝騎士と姫〟って感じだし! これで親公認ってなったら、怖いものなしだよね!」


 「えっと……。筒井さん?」


 「あたし、応援してるよ! 佐保宮くんと先輩のこと! 二歳差でも、互いに深く想い合ってれば問題ないよね!」


 お腹の鉛がドンドン重くなってくるけど。

 あたしはあくまで二人の恋の傍観者。志乃くん推しの志乃くんオタク。

 志乃くん(推し)が幸せになることを心の底から喜ぶことこそ、オタクとしての正しい姿。


 「あの、筒井さん」


 なぜか、柱にゴンと額を打ち付けた志乃くん。そこからの深い溜息。


 「僕と、鈴香。つき合ってもなければ、親公認の仲でもないよ」


 「へ?」


 なんで?


 「で、でも、いっつも仲良くやってるし、一緒に帰ったりしてるし!」


 なんなら一緒に買い食いしてるの見かけたし!


 「僕と鈴香は、義理だけど姉弟。僕が高校入る前に、お互いの親が再婚したんだ。一緒に帰ってるのは、家が同じだからで、それ以上でもなんでもないよ」


 「でで、でも、でも! 表札の名前、〝佐保宮〟じゃなかったし!」


 この家に掲げられていたのは〝竜田〟。姫のお名前は、〝竜田鈴香〟だから、ここは姫のお家でって、あれ?


 「〝竜田〟は、再婚してできた義理の父さんと、姉さんの苗字。僕は苗字を変更して、周囲に説明するのが面倒だったから、旧姓を名乗ってるだけ」


 「そ、そうなのっ!?」


 「うん。でもまさか、そんな誤解を受けてるとは……」


 再びの溜息。


 「じゃあ、親が再婚して義理の姉弟になったけど、実は密かに想い合ってて……とか、そういうのもナシ?」


 「ナシ」


 そうなんだ。 

 志乃くんの即答にホッとして、お腹のなかの鉛が風船に変化する。――ホッ? 今のあたし、何に対して「ホッ」としたの?

 よくわからない。


 「とりあえず、そういうことだから」


 「う、うん。ごめんね、変な誤解して」


 あと、勝手な妄想引っつけようとして。


 「いいよ。それより、筒井さんこそ、体調とか大丈夫?」


 「うん。これぐらい、ホントになんでもないよ。どんくさいぶん、頑丈なことだけが取り柄なんだ」


 ほら、元気、元気! 

 ムンムン!

 軽く力こぶを作ってみせる。全然力こぶできてない腕だけど。

 

 「わかった。でも本当に、少しでもおかしいなって思ったら、ちゃんと教えて?」

 

 ニコッと笑った志乃くん。


 「――筒井さん? どうしたの? まさか、頭が痛い、とか?」


 「あ、ちちっ、違う! 違うの! 推しの笑顔を間近で見ちゃったから!」


 推しの笑顔光線。とっさに額の上で、腕をクロスブロックしちゃった。


 「お、し……?」


 あああっ! ヤバいヤバいヤバい! 

 

 「あ、えと、えっとね! しのっ、佐保宮くん、イケメンだから、その! あたしの中で佐保宮くんは、アイドルっていうか、推しっていうのか、そういうので! 笑顔がまぶしすぎたっていうのか、あの、えっと、その……!」


 推しに対して「アナタは推し!」ってカミングアウトしちゃうなんて!

 今のあたし、やっぱりボールをぶつけたせいか、頭、おかしい!

 こういう場合、どうやって言い繕えばいいのよぉっ! 志乃くん、キョトンどころじゃない顔してる!


 ――ブフッ。


 へ?


 「ご、ごめんっ、筒井さんっ!」


 体をくの字に曲げて、お腹抱えて笑う志乃くん。


 「お、推しっ……!」


 どうやら〝推し〟が笑いのツボに入ったらしい。今まで見たことないような大笑い。クスクスアハハと笑い続ける。

 そんなに面白い? 推しって言われたことが。


 「ごめん。笑いすぎた」


 散々笑った後、志乃くんが目尻に滲んだ涙を拭う。


 「じゃあ、おやすみなさい」


 「うん。おやすみなさい」


 言って、元きた廊下を歩き始めた志乃くん。でも、ちょっとつつけばまた笑い出しそうな雰囲気。

 その背中を見送って。

 あたしは、スマホを取り出して、布団にダッシュ。

 頭痛いとか、眠たいとかそういうのじゃない。


 》かなちゃん、聞いて、きいて!

 》あたし、すっごい秘密聴いちゃった!


 布団を引っ被って、かなちゃんへの怒涛のメール。

 さっき見たこと、聴いたこと。思ったこと、興奮してること、なんやかんや。

 その全部を「王様の耳はロバの耳~!」レベルで叫びたい。誰かに話して、一緒にキャーキャーわめきたい。わめかないと、きっと興奮しすぎて眠れない。


 》うるさい。


 大量のメールに対するかなちゃんの返事。ちょっとつれない温度差を感じた。


*     *     *     *


 「大変そうね、志乃」


 クスクスと笑う声。


 「義姉(ねえ)さん」


 見上げた先、階段に腰掛け、こちらを見ている姉、鈴香。

 どうせ、さっきの一連の会話も聞いていたんだろう。だから「大変」という言葉をかけてきた。


 「それにしても、〝騎士と姫〟とか〝推し〟とか。面白い子ね、彼女って」


 返事をする気になれなかったので、その脇をすり抜けるように階段を登る。


 「ねえ、私、あの子と友達になってもいいかな?」


 「は?」


 思わず後ろをふり返る。


 「だって、すごく面白い子なんだもの。志乃より先に友達になって、志乃のどこが〝推し〟なのか聴いてみたいわ」


 イタズラっぽい目をした鈴香が、僕の後をついてきた。

 

 「僕に了承を得なくても、筒井さんがいいって言えば、好きにしたらいいんじゃないか」


 フンと、息を鳴らして自分の部屋のドアを力任せに閉める。


 おお怖い。

 ドアの向こうで鈴香が言った。


 (まったく。僕のこと、からかって遊ぶつもりか) 


 ゴロンとベッドに寝転がり、暗い天井を見上げる。

 僕と筒井さんのこと。

 筒井さん。筒井のどか。

 彼女は、僕のことをただのクラスメートだと思ってるみたいだけど(そして推しと表現したけど)、僕にとって彼女は、ただのクラスメートじゃない。


 ――あたし、なにがなんでもこの学校に入る!


 去年の学校説明会のときだった。

 学校の説明を聴いて、熱く語ってた、別の中学の女の子。


 ――この学校でね、ステキな高校生活を満喫するの!


 ここで、ステキな恋愛をするとかなんとか。一緒に図書室で勉強するんだとか。学校向かいにあるコンビニで買ったジュースをカレシと飲むんだとか。近くの公園のブランコに並んで腰掛けるんだとか。満員電車で壁ドンして守ってもらうんだとか。校庭近くの銀杏の木は、最高の告白スポットだとか。バスケ部のカレシってカッコよくない? 待ち合わせて帰るとかサイコー! とか。

 一緒に参加してた友達に、とても熱く、身振り手振りつきで妄想を語っていた。


 ――なんだそれ。恋愛ばっかりじゃないか。


 傍で聞いてしまった僕は、笑いを堪えるのに必死だった。ステキな高校生活=恋愛なのかって。そして。


 ――面白い子だな。

 

 って感想を抱いた。

 高校をどこにするか。義姉と同じにするかどうか。

 具体的に考えてなかった僕は、彼女に興味を持ったことで、進む高校をここに決めた。

 彼女が同じ高校に進学してくるかどうかは賭け。でももし、彼女が入学してきてたら。彼女の高校生活が妄想通りになるのかどうか、見ていられたら。


 (まさか、それで〝推し〟扱いされてるとは思ってもみなかった)


 自分はあくまで傍観者。

 同じクラスになって驚いたけど、同じ体育館の部活でビックリしたけど。それでもあくまで、僕は彼女を観察するだけ。

 先生に押し付けられたノート運びによろけていても。部活で、一人コツコツ壁打ち練習していても。

 小柄すぎて、時折視界からロストしてしまっても。なんかジーッとこっちを見てる視線を感じたとしても。

 友達と楽しそうに笑っていたとしても。その笑顔がどうしようもなくカワイイと感じてしまっても。

 抱いた感情が「好き」だと気づいてしまっても。


 (かわいかったけど……なんなんだよ、あれ)


 推しの、僕の笑顔が眩しすぎるって。

 よくわからない表現。よくわからないブロック方法。

 腕で隠された顔は、これ以上ないってぐらいゆでダコになってたし。車の中で倒れ込んできた時も、「ビャッ!」って変な声上げてたし。


 (やわらかくて、いい匂いしてたけど……)


 マズい。

 思い出すと、僕まで顔が赤くなってくる。

 あわてて顔を押さえて、冷静さを取り戻す。

 僕が彼女を好きなこと、気にかけてることは、とっくの昔に、目ざとい鈴香にバレていた。だから、わざと彼女の見てる前で、僕の買ったアイスにかぶりついてきたし、今日だって部活中、わざと声をかけて僕に手を振らせた。僕と自分との関係を見せつけて、彼女がどう思うか、反応を楽しんでたんだろう。僕と、カレカノの関係に見せかけて、彼女がどう思うか。そのせいで勘違いされ、親公認の恋人、騎士と姫なんていう、わけのわかんない設定を妄想されてた。

 そして、父さんにも母さんにも、僕の恋愛事情はバレてる。鈴香が話したからだろうけど、だから、怪我をさせたことを理由に、彼女を強引にでもこの家に招き入れた。

 僕が好きな人を見てみたい――ってのもあるだろうけど、僕と彼女の関係変化を期待している部分も含まれてる。だから夕飯の時、カレシがいるのかとか、好きなタイプはとか、根掘り葉掘り、彼女が目を白黒させるぐらい、いろんなことを訊いていた。


 (父さんなんて、僕の自慢話まで始めちゃうし)


 部活で活躍したとか。僕がどういう性格でどんなことが好きなのか。母さんからの受け売りかもしれないけど、あんなの、聞かされる僕も筒井さんも反応に困る。


 「――ハア」


 何度目かの溜息を漏らし、横向きになる。

 この部屋の下は、筒井さんがいる和室。

 特に物音はしないけど。でも耳をすませる。

 強引に家に招くことになったし、ボールをぶつけてしまったことは、とても申し訳なく思ってるけど。


 彼女がここにいる。


 それだけでやるせない気持ちになる。意味もなく、シーツを手のひらでなぞる。


 (好きって伝えたら、どうなるかな?)


 お膳立てされ、鈴香の思惑通りになるのはシャクだけど。

 僕が鈴香と義理の姉弟だと知って。恋愛関係でもなんでもないって知って。

 その上で、僕が好きだってことを伝えたら、どうなるんだろう。

 推しとの恋愛はムリ? それともいっぱいいっぱいになりながらでも、受け入れてくれる?


 筒井のどか。

 名前の通り、ちょっとおっとりのんびりした女の子。

 卓球部所属。身長はおそらく150センチ程度。小柄すぎて、時折僕の視界から消えてしまう子。

 一人壁打ち練習なんて、孤独な練習メニューでも、めげずにコツコツやってる努力家。重くてひょろつくノート運びも頑張る子。

 ときめく恋愛生活に憧れて、同じ学校に入学してきた、ちょっと妄想癖が強い……っていうか、面白い子。

 自分のことを「どんくさネズミ」って言うけど、僕にしてみたら、とってもかわいくて仕方ない子。その行動も言動も、面白くってカワイイと思えるのは、惚れた僕の欲目かもしれないけど。でも、カワイイ。

 僕が「推し」だそうで、僕を前にすると、テンパって突飛な行動に出てしまう(らしい)。今日知った。


 (まずは笑っただけでブロックされるの、解除しなくちゃなあ)


 「推し」じゃなくて。ただの男として、彼女に認識してもらわねば。でないと、彼女にふり向いてほしくて、頑張って「デキる男」を演じてるのに。意味ないじゃないか。僕がなりたいのは、彼女の「推し」じゃなくて「カレシ」。そのために、勉強だって部活だって、なんなら日常の振る舞いだって努力してるってのに。


 (ごめんね、のどか)


 こんな重い男が、好きになちゃったりして。

 胸いっぱいに息を吸い込み、深く息を吐き出す。

 同じ屋根の下に彼女がいる。この部屋の真下に。彼女が。

 それだけで。

 今夜はきっと眠れない。

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