39.竜王アクラシエル陛下の再誕
卵のヒビを撫でながら、アザゼルが悲しそうな顔をする。ベレトやナベルスも、心配そうにヒビに霊力を注いだ。アクラシエルの結界の上に、さらに霊力が重なる。
もうしないから。そう約束しても、三人は心配を止めようとしない。アクラシエルは無茶をしてすまなかったと謝罪し、三人にもうやらないと確約した。実際、その後は助けを求められることもなく……状況は落ち着いている。
勇者を支持したいくつかの国は襲われたが、魔族も人族全滅は諦めたようだ。地熱でじわじわと温められる卵は、定期的に転がされる。微睡みながら、アクラシエルはタイミングを測っていた。
まだ早い。あと少し。その辺は、神経質な部下達が本気で計算している。一ヶ月もすれば出られるだろうか。一般的な出産の卵と違い、霊力が満ちれば外へ出られる。器は霊力の塊であり、生まれながらに魂と紐づいていた。
本当の赤子は、自我や個性が確立するまで不安定なので、卵にいる時間が長い。それより早く孵るのは、生まれ直しの特権だった。
「我が君」
囁きながら、大切に包み込む霊力を流すアザゼル。ほとんどの時間は、彼が卵を抱いた。卵の表面が灰色から、銀に近くなる。殻が薄くなり、ヒビから光が差し込んだ。
そろそろ起きるか。コツンと頭突きする。ヒビを広げるように押しやれば、パリパリと乾いた音が響いた。外から手伝うことはない。卵は自らの力で割るものであり、誰かが手助けすれば侮辱も同然だった。
自分で割る力もない、そう見くびったことになる。だから息を呑み、緊張しながらも黙って見守るのだ。アザゼルは目を潤ませ、今にも溢れそうな涙を耐える。コツンと頭で突いた殻に穴が空いた。
ぽろりと落ちた破片を目で追う竜もいれば、アザゼルのように穴を覗き込む者もいる。ぽこっと穴から頭を出したアクラシエルは、大きな欠伸をした。久しぶりの肺呼吸だ。両手足を遠慮なく広げ、殻を内側から突き破った。
中に残っていた卵液が流れ出す。鮮やかなオレンジ色のそれが地面に吸い込まれて光った。竜が生まれた際の卵液の残りは、世界を潤す栄養になる。数万年ほど、世界の寿命が伸びた瞬間だった。
「我が君!」
感極まって泣き出したアザゼルから、熱い涙が滴る。地面に落ちる前にじゅっと音を立てて蒸発する涙が、頭の上に落ちたアクラシエルはぶるると首を振った。
「泣くでない、アザゼル」
小さな手で、アザゼルの鱗をぺちぺちと叩く。
「アクラシエル様だ」
「ご無事で何よりです。陛下」
同族の挨拶を受けながら、やや照れてしまう。アクラシエルにしたら、寝起きで失態を犯した挙句、ようやく新しい器を得たところなのだ。賞賛されると逆に恥ずかしい。
「これでこの世界は不要ですね」
さらりと言われた恐ろしい言葉に、アクラシエルは固まった。ぎこちなく振り返り、涙を浮かべたままにやりと笑う器用な側近を止める。
「ダメだぞ、それは許さん」
「竜王アクラシエル陛下、皆の総意です」
わざと丁寧に名を呼ばれ、民が決めたことに異を唱えるのか? と笑顔で詰め寄られた。だが譲れないものはある。アクラシエルは首を横に振った。
「ならば止めてみせる」
両手を広げ、堂々と言い放つ幼竜――威厳も迫力も皆無だった。




