36.幼子の祈りが届いてしまった
頻発した地震と洪水、噴火が落ち着いてきた。たまに地震はあるが、頻度はだいぶ下がっている。すべてがドラゴンの一喜一憂の影響なのだが、人族がそんなこと知るはずもなく。ただ自然災害が減ったことに安堵の息をついた。
そこを待っていたように、魔族による襲撃が激化する。連れ戻すはずの勇者は消えてしまい、国王は頭を抱えた。騎士や兵士を派遣するも、大量の死傷者が出る。こうなっては、ドラゴン以上の災害だった。
「神託を願い、新たな勇者を探しましょう」
神殿の言葉に縋り、神託を願うも……神からの反応はない。その頃、この世界の後始末を押し付けられた先輩神は、周囲に謝罪行脚に出ていた。他世界を管理する神々から、竜族が協力してくれなくなったとクレームが入っていたのだ。
文句を言われても、自分がしでかした事ではない。不満を隠しながら、へらへらと詫びて歩いた。その間に事件が起きていたのだ。
他の世界で悪役やら魔王役を演じたり、神の御使いとして楽しんでいたドラゴンは、その世界への関与を打ち切った。女神の一人がやらかした事件は、心話で伝わっている。当事者である竜王アクラシエルが復活し、号令をかければ神が排除されるだろう。
慌てる周囲の神々の心配をよそに、当事者アクラシエルは惰眠を貪る。心地よい環境で、まったりと孵るための暖を取った。そんな事情は、ドラゴン以外誰も知らない。
「人族を滅ぼさねば(ドラゴンに)我々が滅ぼされる」
魔王の宣言は、肝心な部分が抜けていた。だが意味は通じてしまう。故に、結集した魔族は総力を上げて攻撃に転じた。地方の都市がいくつか陥落し、騒ぎは拡大していく。
――お願い、助けて!!
卵で微睡むアクラシエルは、その声に反応した。目を開き、首を傾げる。その動きに気づいたのか、卵の外で歓声が上がった。だが同族の声ではない。もっと深く繋がった者だったような……。
――お屋敷が襲われちゃう。
また聞こえた声に、ようやくアクラシエルは思い出した。この声は、一時期憑依した体の持ち主だ。同じ響きを持つシエルの名を持つ幼子。彼の必死の呼びかけだった。
おそらく神への祈りなのだろう。受け取る神が不在のようで、魂の繋がりが残っている竜王へ届いてしまった。意味がわからず、アクラシエルは考え込む。
同族はほとんどこの場にいる。誰も動いていないのに、人族に対して誰が攻撃を仕掛けたのか。人同士で争ったなら、仕方のないことだ。心当たりがあるのは、魔族ぐらいか。しかし彼らは魔力を持ち、人族より強い。自分達から攻撃することは少なかった。
ほとんどは強欲な人族が、魔族の領域を侵犯したり、何かを奪ったために事件が起きる。今回もそうなのだろうか。ならば干渉する理由はない。再び目を閉じたアクラシエルに、絶叫が届いた。
――やめて! 僕の家族を傷つけないで。助けて、神様じゃなくてもいいから、誰か!
必死の声に、アクラシエルは応えてしまった。
「何があった?」