20.やっと見つけた卵を主君へ!
器になる卵を大切に抱え、アザゼルは飛び立った。街外れに降りるが、周囲を兵士に囲まれる。最近この場所を離着陸に利用していたため、目をつけられ待ち伏せされたのだ。
邪魔ですね。むっとした顔で周囲を睥睨する。人族は元々嫌いな上、今回の騒動でさらに嫌いになった。拍車がかかった「嫌い」の感情は、黒竜の尻尾を派手に揺らす。びたんびたんと大地に振動が伝わるほどの、苛立ちを込めた意思表示だった。
「黒竜を倒せ!」
気合を入れて声を張り上げた鎧の男を、一撃で葬る。そこに容赦はなく、集る蠅を叩く程度の感覚だった。踏み潰した前足を持ち上げ、よく振って数人を振り落とす。嫌そうに溜め息を吐いた。
守る卵を腹の下に隠し、どうしたものかと考えた。ここから立ち去れば「逃げた」と言われる。それは癪だった。ならば一掃してしまうか……アザゼルは真剣に検討し、それが一番だと結論づける。
何度も言うが、人族は大嫌いなのだ。こちらに武器を向け、殺せと騒ぐなら潰しても怒られないだろう。アクラシエルは人族の暴挙や無礼を大目に見るが、攻撃されても我慢しろなどと無茶は言わない。
どうせなら悪役っぽく振る舞ってみましょうか。それとも無言で叩きのめす方が恐怖心を掻き立てる? 迷った末、主君に知らせる意味も込めて、派手にやろうと決めた。
「ぐぁあああぉぉぉ!」
咆哮をあげ、勢いのまま尻尾で人族を薙ぎ払った。転がったり潰れる人族を無視し、ペタペタと歩き回る。ついでに、卵をそっと左手に抱えた。これは珍しい無精卵で、同族から差し出されたものだ。
滅多に生まれないのもあるが、無精卵なら誰かの魂を犠牲にしなくて済む。あのアクラシエルが遠慮なく移動できる卵だった。万が一にも割ってしまえば、その後、また手に入る確証はない。大切に運ぶ。
尻尾を振り回し、遠慮なく歩き回ったことで、丘の上に押し寄せた人族は半分ほどに減っていた。見せつけるように炎のブレスを吐く。人族はドラゴンが口から炎や氷のブレスを吐くと考えるが、実際は口の前で炎や氷を作り出すだけ。吐いた息に乗せるのは、ついでだった。
相手を凍らせ燃やすだけなら、直接魔法をぶつけた方が早いのだ。誰かが遊びでブレスを始め、同族の間で広がっただけの話。最近では飽きて、ブレスを吐く竜は減っているのが実情だった。
しかし、人族には効果が高い。彼らは約束など一世代で忘れて破るくせに、こういった伝承は数世代に渡って語り継ぐ。さらに減った兵が、数人逃げ出した。途端に、わっと背を向ける数が増える。
「さて、早く我が君に会いに行かねば……」
のそのそと岩陰で丸くなった。犬の姿で会いに行けば、卵の運搬に困る。悩んだ末、アザゼルは人に近い姿を取った。これなら前足を両手に変えて、大切な卵を運ぶことができる。
後ろに尻尾が残っているが、アザゼルは気にしなかった。ゆらゆら尻尾を振り、ご機嫌で街へ向かう。その後ろ姿はステップでも踏むように楽しそうだった。
問題はない。この姿なら街に入れる。彼はそう考えた。大きすぎる卵を運ぶアザゼルの身長が、普通の人族の二倍近い事実さえなければ……。