19.7:調理実習でもデレてくる②
調理実習の班分けについて、放課後の文芸室でメアに話そうと思っていた。
けれど最後の授業が終わると、メアは立ち上がって俺より先に声をかけてくる。
「あの……あおいくん、ちょっとお願い事がある」
「雨宮からのお願い事? どうしたんだ、部室には行かないのか?」
「うん、今日は部活動よりしたい事があって……」
「部活よりも優先する事って珍しいな。まあそういうことならいいぞ」
「ありがと……それじゃあお願いする内容はね、あの、また一緒に本屋に寄ってくれないかなって」
「本屋? 部活で読む新しい本を買いに行く感じか?」
「ううん、今回はちょっと違うの。部活は関係ないんだけど……だめ、かな?」
「いやいや、駄目じゃないぞ。俺も休みの日に読む本を何冊か買おうかなって思ってたとこだし、ちょうど良いくらいだよ」
俺がそう答えるとメアは嬉しそうに頬を緩ませる。その表情を見て俺も思わず笑みがこぼれてしまうのは、やっぱりメアが喜んでくれるのが俺にとっても嬉しい事だからなのだろう。
「それじゃあ行こうか。学校に一番近い本屋となると……あそこだな、案内するよ」
メアはこくりと頷くと鞄を肩にかけて俺のすぐ隣に立った。
実はこうして放課後に俺とメアの二人で出歩くというのは初めてだったりする。
いつもは文芸室で時間を潰した後、俺の方が先に帰ってメアは残ったままだからな。
それにしてもメアが俺を誘うなんて本当に珍しい事もあるものだ。
彼女が転校してきてから今までずっと仲良くしているつもりだが、やっぱりあの休日の買い物から彼女との距離はかなり縮まったように思う。
異世界の言葉で毎日のようにデレてくるし、本人は伝わっていないと思っているからなのだろうが最近はかなりストレートに好意を伝えてくる。
『あらゆ』とか『ゆあべくが』とか、好き・かっこいいと顔を緩ませながら平気で言ってくるからな。俺の方は以前と変わらず異世界の言葉を理解していないフリを続けているから、彼女に勇者だった事をバレないよう一苦労だ。
そんな事を考えながらメアと二人で学校の外へと出て本屋に続く道を歩き続けた。
ふと隣のメアを横目で見てみる。彼女はもじもじと恥ずかしそうに時折こちらを見上げては目を逸らしたりしていた。
「あ、雨宮? 落ち着き無いけど……どうしたんだ?」
「な、なんでもない……」
「もしかして……緊張してる、とか?」
「え、あ……」
図星なのかメアはぴくりと身体を震わせる。
そして俺の顔をじっと見つめると、頬を赤く染めながらぽつりと異世界の言葉で呟いた。
「びうぃゆあう……はぴはぴ」
「また外国語か、どういう意味だ?」
「な、あ……」
俺の質問にも答えずメアはそっぽを向いてしまう。だが実際のところは『外でもこうして一緒に居られるのが嬉しい』とメアは異世界の言葉ではデレデレだ。
俺もその言葉にかなりの照れを感じるがバレないように平静を装い続ける。本当はメアの頭を撫で回したい気持ちでいっぱいだったが我慢するしかない、何でこんなに可愛いんだ反則だ。
そうこうしているうちに目的地である大型書店が見えてきた。
この辺りで一番大きい店舗であり、学校からも徒歩でそう遠くはない。
「それでどんな本を買いに来たんだ? いつも読んでる作者の新作か?」
「ううん、今日は違う」
「じゃあ違う作家の恋愛小説? もしくは別ジャンルに挑戦してみるとか」
「今日買いに来たのは小説じゃないの」
「え、小説じゃない?」
もしかして漫画か? ちょっと待ってくれ、最近は異世界転生とかハイファンタジーのコミカライズも増えている。漫画コーナーに行けば絶対にその類のコミックは目に入ってしまうだろうし、異世界で魔王だったメアがそれを見つけてしまえば大変な事になりかねない。
困ったぞ……前回の本屋での買い物では上手くメアをラノベや漫画コーナーから離して誘導出来ていたのに、今日はそれが使えないという事になる。
俺は少し焦りながら、なんとか誤魔化す為の言葉を考える。だがそれは杞憂で終わるのだった。
「え、えと……あおいくん、恥ずかしくなっちゃうから黙って聞いて欲しい……」
「ん? お、おう」
「お、お料理の本を買いたくて一緒に選んでほしいの……あ、あのね、わたし、あおいくんに美味しいご飯作れたらいいな、って思ってて」
「……え?」
料理? なんだ、料理の話だったのか? 予想していなかった単語が出てきてしまい呆然とする俺。ていうか俺に美味しいご飯を作れたらって、もしかして――。
「――雨宮、寝てると思ってたけど、お昼の時に姫月や翔太と話してた調理実習の事、聞いてた?」
俺の問いかけにメアは小さくこくりと首を振る。
「あおいくん……わたしを同じ班に誘ってくれようとしてくれてて。でもわたし、今まで一度もご飯を作った事が無いから迷惑かけちゃうかもしれないって思って、だから……本を読んで勉強しようって」
「本を読んで勉強しようって、雨宮……」
なんと健気な良い子なのだろうか、今まで料理をした事がなかった雨宮が俺の為に少しでも上達しようと頑張ってくれるというのだ。これはメアの為にもひと肌脱いでやるべきだろう。
「よし……! それじゃあ雨宮、一番良さそうな料理本を探そう。今まで料理とかした事なかった雨宮でも分かりやすいやつをさ」
「う、うん! あおいくん、よろしくお願いします……!」
メアは嬉しそうに微笑むと、ぺこりと頭を下げてきた。
俺はそんな彼女を連れて目的の本を探す為に店内へと足を踏み入れる。
棚に並べられたたくさんの料理本を見て、きらきらと瞳を輝かせるメアの姿を微笑ましく思いながら一緒にどれが参考になりそうなのか選ぶ。
それから30分程かけてメアと一緒に料理本を選んだ後、俺達はレジで会計を済ませて書店を出た。
買ったばかりの料理本の入った袋を大事そうに持つ彼女の姿は幸せそうで、それにとても可愛らしくてこうして眺めているだけでも癒される。すると彼女は俺の視線に気付いたのか、頬を赤く染めながらこちらを見上げてきた。
そして恥ずかしそうにしながら異世界の言葉で俺に伝えてくる。
「たゆ、あおい。はぴはぴ」
いつもならここで分からないフリを装いながら返事をするが今回はそうしない。今のメアを見ていれば本当に異世界の言葉を知らなかったとしても簡単に分かってしまうくらい、その言葉の意味が彼女の表情から伝わっていた。
「なんとなく分かったぞ。さっきも使ってたけどさ、はぴはぴって嬉しいとかそういう意味の言葉だな」
「あ……え、わ、分かっちゃった?」
「ああ、顔に書いてある。嬉しいってさ」
「あう……」
「俺もメアと同じ気持ちだよ。はぴはぴだな、雨宮」
「あ、あぅあぁ……はぴはぴ……」
恥ずかしくて堪らないのか、顔を真っ赤に染めるメア。
それから自分の頬に手を当てて悶えていて、そんな姿も可愛くて仕方ない。
「それじゃあ調理実習頑張ろうな。一緒に献立を決めて、みんなでクラス一番の料理を作ろう」
「うん……! わたし、がんばる……!」
調理実習ではメアの手を引いてリードしてあげたいと思う。
きっと大丈夫だ、こんなに頑張り屋のメアなら美味しい料理を作れるようになるはず。
そして何よりも彼女の手料理を食べてみたい。
調理実習の日を楽しみにしながら、夕焼けに染まった道を二人で歩いていくのだった。