19.6:調理実習でもデレてくる①
メアと休日に猫を助けた数日後。
今日も変わらず朝の勉強会をこなし、平和な学校生活を謳歌していたその昼休み。
メアと机をくっつけて弁当を二人で食べながら雑談をしていると、俺達の元に駆け寄ってくる元気な姿があった。
「葵くん、やっほ! ちょっと良い?」
そう言って明るい笑顔を浮かべるのは姫月だ。ニコニコと人懐っこい表情を見せながら話しかけてくる。
一体何の用なのかと思ったのだが、俺が答えるよりも早くに姫月は机に並んでいる弁当を見つめながらこう言ってきた。
「葵くんの作るお弁当って本当に美味しそうよね、スポーツ万能で成績優秀で料理まで上手とか凄すぎない?」
「藪から棒にどうした、姫月? もしかして弁当忘れた……とか?」
「まさか。ちゃーんと持ってきたわ、そうじゃなくてね。葵くんの料理の腕を見込んでお願いしたい事があるんだけど……」
「俺の料理の腕前?」
「そう、今日の家庭科の授業で先生が調理実習をするって言ってたでしょ? それで班分けとか自由らしいから葵くんと組めないかなあって」
「調理実習? ああ……そういえばそうだったな」
家庭科の先生が言っていたな。男女で四人ペアを組んで献立を考えて栄養学に沿ったものを作れだとか、授業の一環だから手を抜かずに頑張ろうみたいな感じの事を。その班分けも自由にやって良いそうで、どうせなら仲の良い者同士と組んだ方が楽しいだろうからと、そんな事も言っていたはずだ。
次の授業でグループ分けをして何を作るのかの献立を各自で決める。それで先生からのオーケーが出れば、更に次の授業でいざ実践という流れになっている。
「葵くんは料理も上手だし、組みたがる人は大勢いると思うの。だから班分けを決める前から声かけておいて、今の内に先手を打っちゃおうと思って。どうかしら?」
「悪くない提案だけど……でも逆にさ、姫月と一緒が良いって思ってる奴もたくさん居るんじゃないか?」
俺が周囲の様子を伺うと、姫月と一緒に班を組みたいと願っている男子生徒達の視線がこちらに向けられていた。
学校一の人気者である姫月の手料理を食べたいと男子達は遠回しに視線と仕草でアピールしているのだが、肝心の本人は気付いているのかいないのかいつも通りの調子で口を開く。
「そう思ってもらえるのは嬉しいんだけど、あたしは葵くんと組みたいって思ってるの。先生もびっくりさせるような美味しい料理を作りましょうよ」
「俺としてはそれで構わないぞ。内申点にも響きそうだし。それで姫月と組むのは良いとして残り二人をどうするかだな」
先生が言っていたのはペアの内訳は男女それぞれ二人ずつ、俺と姫月で組むなら男女一人ずつ必要だ。
クラスメイトの女子も男子も俺達と同じグループになりたいと、ちらほらと様子を窺いながら考えているようだったが、そんな中で一人の男子生徒が手を上げた。
「ちょちょちょーい!! そこは悩む必要ないだろ~? どう考えても調理実習で組むならオレだよな!」
教室に響く高らかでうるさい声と同時に、勢い良く立ち上がったのは翔太だった。
自信満々といった様子の彼はこちらに近付いた後、俺の机の前で立ち止まって得意げに胸を張る。
いきなりの登場に少し驚いたものの、姫月の事が大好きな翔太にとって調理実習というイベントを見過ごせるはずがないのは当然か。
「翔太、お前も俺達と同じ班で調理実習やりたいのか?」
「おうよ、あったりまえじゃねえか! 姫月の手料理が食べられるというまたとないチャンス! これを逃すなんてありえねーぜ!」
俺の言葉に対して親指を立てながら爽やかな笑みを返す翔太。姫月の事になると相変わらずテンション高いなお前。
そんな翔太を見ながら姫月は困ったように苦笑いを浮かべる。
「あのね、翔太くん。あたしの手料理って言うけど班の全員で協力して作るんだから、翔太くんも頑張らなきゃなのよ?」
「おう! 皿洗いは任せてくれよな! ぴっかぴかに磨いてやるからよ!」
「皿洗いって翔太くん……。それだとただのお手伝いじゃないの……」
「つってもカップラーメンとインスタントの味噌汁しか作った事のないオレが、姫月と葵の料理を邪魔しちゃ悪いしな。そういうわけで料理の方はお任せしますぜ」
「全くもう……でもここで断っても食い下がり続けるのが翔太くんなのよね。分かったわ、一緒に作りましょ。そのかわり葵くんに迷惑かけないようにね?」
「そう言ってもらえて良かったぜ! よろしく頼むな姫月! それと葵も頼むぜ!」
「ああ。まあ出来る限りで頑張ろうな、翔太」
この前の買い物デートで翔太がどんな人間なのか姫月も良く分かったようだ。姫月に少しでも好かれようと折れる事なくアタックし続けるから、断るよりも了承した方が良いと姫月も判断したんだろう。
少なくともこの調理実習で同じ班になる以上、翔太の面倒は俺が見なければならないだろうけど。
さてこうして事前に班分けが決まっていくわけだが、問題はあと一人。それを誰にするべきなのかを考えた時、頭の中に思い浮かぶのはメアの顔。
メアに話しかけようと思ったのだが――既に弁当を食べ終えた彼女は腕を枕にすやすやと寝息を立てて眠っていた。これだけ翔太が騒いでも起きない様子を見ると朝の勉強会もあってよっぽど眠たかったのだろう。
「あとで聞いてみるか……起こしちゃうのも悪いしな」
「おっ、葵。やっぱ雨宮に声かける気なのか、本当にお前らは仲良いねえ」
「ばっか。別にそういうんじゃないって、雨宮って口下手だから放っといたら班が決まらなくて一人になりそうだろ?」
「またまたぁ、素直じゃないねー。まあそういう事にしておくけどよ」
にやにやと笑う翔太に対して俺は眉をひそめてため息をつく。
これは元勇者としての使命、メアが再び道を外さないようにすべき事なのだ。
それに俺とメアが異世界では命をかけた戦いをしていた間柄だなんて知ったら翔太はどんな反応をするだろうかと、そんな事を考えながらメアの分の弁当箱を片付け始める。
「葵くん、それじゃあ調理実習のメンバーはあたしと葵くん。それに雨宮さんと翔太くんの四人で良いわね?」
「ああ。それで問題ないと思う」
「それじゃあよろしくね。あたし達で最高の料理を作りましょう!」
姫月は嬉しそうににこりと微笑むと自分の席へと戻っていく。その後、翔太も俺にウインクしながら親指を立てると姫月の後を追った。
「調理実習、か……」
すやすやと可愛らしい寝息を立てるメアを眺めながら呟く。
翔太も料理は苦手なようだが、俺の知る限りだとメアもきっと同じだろう。
転生する以前は世界を統べる大魔王。そういう身分であった事もあり、恐らくだが彼女は今まで一度も料理をした事がないはずだ、そもそも魔王であった時の彼女が包丁を片手にキッチンに立つ姿なんて想像出来ない。俺がメアの分の弁当を作るようになるまではコンビニの白いご飯しか食べていなかったし多分俺の予想は間違っていないと思う。
彼女との料理実習に何となく不安を感じるが、でも楽しかったらいいなとも思う。野菜の皮の剥き方を教えたり、料理のコツを教えてあげたり。そんな光景を想像するだけでわくわくした気分になってくるのだ。
メアと一緒に何かをするのは嫌いではないし、むしろ楽しいとすら思っている。
それはメアも同じ気持ちでいてくれるといいなと考えながら、俺はメアの弁当箱を鞄にしまいながら彼女の可愛い寝顔を眺め続けた。