29:エピローグ
文化祭を終えた次の日、俺とメアはクラスの後片付けに参加した。
文芸部の手伝いをしてくれた姫月と翔太へ恩を返す為、俺は人一倍働いていた。
メアの方には何人かのクラスメイトが集まっていた。
昨日の内に彼女の小説を読み終えたという生徒が『とても面白かった』と小説の感想を興奮気味に語っていた。それを聞いているメアの優しい口元には笑みが浮かんでいる。
転校した当初は同じような光景が何度もあったが、それに答えられずに俯いたままだったメア。けれど今の彼女は集まる生徒達に、しっかりと話をする事が出来ている。
この文化祭の成功で彼女は大きく成長した。
そんな姿を見るのが堪らなく嬉しかった。
それと神様が与えた試練――あれがどうなったのかも説明しておこう。
今日の片付けの為に一人でいつもの通学路を歩いていると世界が灰色に染まっている事に気が付いて、近くにいた通行人は皆、固まったように動かなくなり、走っていた車もぴたりと止まり、空を流れる雲も、なびいてくる風も感じなくなっていた。
異世界で使った事のある時間停止のスキルそのものだ。だが俺はそのスキルを使った覚えがない。間違って使ってしまうというのもあり得ないものだ。
となればそれを使えるのは俺以外では異世界の神様しかおらず、案の定俺の前に奴は姿を現した。
メアに与えた試練の事を話すつもりだというのはすぐに分かった。
けれど神様が与えた期間にはまだ猶予があるはずで、それなのに一体何の用だと声を荒げたものだ。
だが話を聞いてみれば何てことはない。
全ては神様の思惑通りに事が進んだだけだった。
神様はメアが転生してからずっとその様子を観察し続けていた。
俺が近付いてメアと親しくなる様子も見ていた。けれど俺が勇者としてメアに接するばかりで、彼女を一人の女の子として見ていない。メアとの距離は縮まっていくが、そこには勇者と魔王という大きな壁がある事に気付いて、このままでは二人の仲がこれ以上進展しないのではないかと、あの神様は居ても立っても居られなくなった。
そして神様は作戦を決行する。
メアを消し去るという事を告げて俺を焦らせた。俺は勇者としてメアを導こうとしていたが、導く者ではなく共に歩む者になって欲しいと、俺とメアの間にあった勇者と魔王という壁を壊す為に一芝居打ったのだ。
つまり初めからメアを消し去るつもりはなく、俺が居れば彼女が魔王になる事は無いと神様だって初めから分かっていた事だった。
全く呆れる話だ。
あの神様は俺とメアをくっつけたいだけだった。
でも感謝はしている。おかげで俺はメアとのあり方を考え直す機会が出来た。彼女との間にあった壁を乗り越える事が出来た。それに文芸部として文化祭を成功させた事でメアは大きく成長してくれた。彼女の書いた小説を通じて、たくさんの友達が出来る日はきっと遠くない。今のメアを見ていると純粋にそう思えてくる。
「よし、それじゃあ片付けも終わったな」
「ありがとう、葵くん。やっぱりあなたが居るだけで作業の早さが全然違うわ」
「ほんとだぜ。百人力ってやつだぜ、葵。あっという間に終わっちまった」
「作業の順番を考えながら次へ次へ、ってやってるだけさ。そんな大した事じゃない」
「それが出来るから凄いのよ。これからあたし達でファミレスに集まって打ち上げをするんだけど、葵くんと雨宮さんもどうかしら? せっかくだし」
「準備も当日も居なかったけどよ、気にしなくて良いんだぜ。同じクラスのよしみ、そんな細かい事は気にしてないからよ」
「あーそれがな、実を言うと俺とメアの二人で文芸部の打ち上げをする予定なんだ。だからクラスの打ち上げには参加出来ない、悪いな」
「雨宮さんと葵くんで打ち上げかあ。羨ましいわね。でも二人共頑張っていたものね、文化祭当日も凄かったもの」
「全くだぜ。あれだけたくさん本を作ったのによ、全部配りきっちまうんだから」
「姫月と翔太が手伝ってくれたおかげもある。本当に助かったよ、ありがとう」
二人に頭を下げる。
そしてクラスメイトのみんなが支度を整えて移動を開始するなか、俺はメアの元へと駆け寄った。
「それじゃあ行こうか、メア」
「うん!」
俺達が向かうのはレストランなどの飲食店ではなく、俺が住んでいるアパートだ。
これはメアとの約束を果たす為。俺が書いたノートパソコンの中に眠っている作品を読ませたり、その際にパソコンで小説を書く方法を教える予定になっている。そして文化祭の大成功を祝って、とっておきの手料理を振る舞って一緒にそれを食べるのだ。
俺とメアの二人は教室を出て、
そのまま真っ直ぐに校門の方へと向かっていった。
そして校門に着くとメアが俺の前へと立つ。
屈託のない笑顔を浮かべて彼女は言葉を口にする。
『あららゆ、あおい!』
彼女は今日も異世界の言葉でデレてくる。
今の言葉もいつかはこちらの世界の言葉で、
その本心を伝えられる日が来る事を信じて、
俺はメアと手を繋ぎながら、歩幅を合わせて歩いていく。