28:眩しい笑顔
文化祭が終わった後、作品の展示コーナーには他の文化部の部員達も集まってくる。
自分達の展示した作品を片付ける様子を見ながら、俺とメアも撤収を始める事にした。と言っても片付けるものはパイプ椅子と折りたたみ式の長テーブルくらいで、他には何もないのだが。
メアと二人で椅子とテーブルを片付けた後、俺は彼女に今日これからの予定を聞く事にした。
「メア、どうする? クラスの片付けは明日の日曜日にやるそうだし、放課後は特にもうやる事はないけど」
「あおい君は……どうするの?」
「とりあえず、手伝ってくれた姫月と翔太にお礼を言いに行きたいかな。今日も他のクラスメイトを呼んでくれて大活躍だったしさ」
「えと……あの二人に会ったら、わたしの分のお礼も言っておいて欲しい……」
「メアは一緒に行かないのか?」
「わたしはちょっと……部室に用事がある。ちゃんとしたお礼は、次に会った時にする」
「そうか。じゃあ俺一人で行ってくるよ」
「あ、あの……あおいくん」
「どうした?」
「ぶ、部室に後で来て欲しい。待ってるから」
震えるように言葉を漏らしてメアは俺から視線を逸らすとそのまま足速に展示コーナーを去っていった。随分と急いでいるように見えたが、一体どうしたんだろうかと不思議に思う。
ともかく今日の文化祭は無事に大成功をおさめる事が出来た。
メアもとても喜んでくれていた。あれだけの数の本を新生文芸部である俺達が配りきれたのは純粋に凄い事だと思う。彼女の書く作品は面白いだけでなく、多くの人を惹き付ける才能に溢れていたのだろう。
彼女の頑張りが報われて本当に良かった。部室に戻ったらたくさん褒めてあげよう。そんな事を考えながら俺は自分の教室へと向かった。
そこで姫月と翔太、そして文化部のコーナーに来てくれたクラスメイト達に俺とメアの分の礼を伝えた後、明日の片付けは人一倍働くから期待していてくれと、そう告げた後に俺は喫茶店となっていた教室を後にした。
向かうはメアが待っている文芸部室。
文化祭の騒がしさを残した校内を眺めながら、夕暮れに染まった静かな廊下を真っ直ぐに歩いていく。そして文化棟の一番奥にある文芸部室へと辿り着き、古びた扉のドアノブに手を伸ばした。
開かれていく扉。見えてくる文芸部室の光景。
だがその光景はいつもと違う。普段なら窓際の席に座って本を開き、じっと本を読むメアの姿があるはずだ。けれど今日のメアは扉の前で俺が来るのを待っていた。
「よう、遅くなったな」
「待ってた、あおいくん」
メアがこうして扉の前に立って俺を待つ姿は初めて見る。そして彼女は何かを持っていた。それは一冊の本、俺達が文化祭で配ったあの本同じように見えた。けれど良く見てみれば違う事に気付く。配った本は俺がノートパソコンを使ってメアの文章を印刷したもので、彼女が持っているその本は鉛筆で直接書いた原稿用紙を使って作られた本だった。
「メア、これは?」
「あおいくんに渡したくて……さっき作ったの」
彼女が急いでいた理由。俺が教室に行っている間に、今までずっと小説を書いていたあの原稿用紙をそのまま使って本を作り、俺にそれを手渡したかったのだ。心を込めた手作りの本を、彼女はそっと差し出した。
俺がそれを受け取った時、同時にメアの決心を感じた。
そしてその決心を彼女は言葉にしていく。
「あなたのおかげで、わたしは小説を書き終える事が出来た。あなたが居てくれたから、たくさんの人に本を手渡す事が出来た。感謝の言葉を伝えられた。あおいくん、本当にありがとう。それでね、あおいくん、お願いがあります――」
彼女の高鳴る心臓の鼓動が俺にも聞こえてきそうだった。それでも本心を、彼女は言葉にして紡いでいく。それは異世界の言葉ではない、決して目を逸らす事無く、輝くような瞳で真っ直ぐと俺を見つめて、はっきりとその想いを声にした。
「――わたしと、友達になってください!」
異世界では生涯一人として友を作らなかったメア。それはこちらの世界に転生してきてからも変わらなかった。学校でもずっと一人で、寂しそうな顔をして机に視線を落としていた姿を何度も見た。俺と話すようになってからも、今までずっと本心を隠す事しか出来なかったメアが今、精一杯の勇気を出して俺へと想いを伝えてくれた。
それは彼女が自らの意志で、頼りたいと、心から信じられる人に出会えたという事。
その相手が俺だという事が何よりも嬉しかった。
俺はそっとメアに手を伸ばす。
そして力強く答えた。
「もちろんだ、メア」
これからも仲良くしよう、一緒に歩いて行こう。
異世界に居たお前は孤独で歪んでしまって、その孤独にずっと苦しめられた。けれどもう大丈夫だ。俺を頼ってくれ、信頼していてくれ。俺はお前と共にこれからもずっと歩み続ける。この先、何があっても二人なら乗り越えられる、そう信じている。
メアは俺の手を取った。
陽の光を思わせる眩しい笑顔を浮かべ、
その手をぎゅっと強く握りしめた。




