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26:最後の準備

 文化祭に向けた作品の制作は順調だった。


 元からメアには小説を書くセンスがあったのかもしれない。キャラクターの掘り下げも丁寧で物語の味付けが読者の興味を引き立てる。小気味良いテンポで進んでいくおかげもあって彼女の世界に引き込まれていった。


 俺が面白いと作品を褒める度に、メアは喜びながら鉛筆を走らせてくれる。


 そしてその内容をノートパソコンに書き写しながら、一文字一文字丁寧に校正していく。初めてパソコンを見たメアは俺がキーボードを叩く様子を見て不思議がっていた。


 自分の書いた文章が文字として画面に映し出された様子を見ながら、それはもう驚いていた。文化祭が終わったらパソコンの使い方を教えて欲しいと頼まれて、小説を書く方法だけで良いならとそれを了承する。


 メアが鉛筆を走らせると音と、キーボードを叩く音が部室に響いた。


 そんな日が続き、ようやく彼女の作品が完成する。


 文化祭の準備期間は決して長くない。けれど彼女はその短い期間に物語をしっかりと終わらせた。魔王だった少女が転生した先で出会った少年と、固い愛の絆で結ばれる瞬間をこの目で見た。


 後はこの物語を印刷して綺麗に装丁するだけ良い。誤字も脱字もない事は何度も推敲して確かめた。ここからも丁寧な作業を忘れない。せっかくメアが書いてくれた物語だ、落丁や乱丁は許されないのだ。


 明日は文化祭当日。俺達は明日の為の最後の作業を開始する。印刷された紙の1枚1枚を間違えないように丁寧に揃えていった。


「メア、明日はこれを文化部の作品展示するコーナーに、無料配布って形でテーブルに並べておく。そんな感じで良いか? ご自由にお取りくださいって」

「一つお願いがある……」


「うん? どうした?」

「自由に……じゃなくて、手渡ししたい。読んでくれる人に」


「なるほど。手渡し、か」

「うん。ありがとうって伝えたい……」


 これは驚いた。あの引っ込み思案なメアが来てくれた誰かに、直接本を手渡そうとするだなんて。人と話すのも苦手な彼女が、直接ありがとうと感謝の言葉を伝えたい。読んでくれる人に対して、そんなふうに思っているだなんて。


「大丈夫か、緊張したりとか、怖くなったりしないか?」

「あ、あおいくんが居てくれれば、わたしは大丈夫」


 俺が居てくれたら、か。そう言ってもらえて嬉しかった。俺は彼女を支える事が出来ている。そう実感出来て胸がいっぱいになってくる。


「ああ、俺も一緒に居る。それじゃあ手渡しにしよう。二人でこの作品をみんなに読んでもらうんだ」

「うん……っ」


 顧問の先生から去年の3年生達が書いた作品集の配布数を聞いたうえで、俺達にとっては初めての挑戦という事で去年よりも小説の発行数を少なくしようと思った。俺とメアの新生文芸部の作品がどれだけ手に取ってもらえるかは分からなかったからな。


 けれどメアは去年と同じ分だけ配布してみたいと俺に相談した。


 新生文芸部の俺達の作品が、去年の三年生達による集大成とも言えるような作品と同じ数を配布しきるのは難しい。けれどもし去年と同じだけの数を配布出来るなら大成功と言って過言じゃない。


 メアは配りきりたいと言った。


 なら俺は彼女のその想いを尊重したい。導くのではなく共に歩む。そして二人で必ず文化祭を成功させる。そう誓ったんだ、絶対に上手くやってみせる。


 そうして手作業で本を装丁していると文芸部の扉が開いた。


 驚く俺達に二人は手を振った。入ってきたのは姫月と翔太だ。


「あれ……珍しいな、二人とも。クラスの方の準備は?」


「さっき終わったわ。女子の着るコスチュームも完成したし、それに内装もばっちりよ。今のあたし達の教室はどう見たって立派な喫茶店にしか見えないわ!」

「葵が居なくて大変だったんだぜ。いつもはお前がクラスをまとめてくれるからさ。でもまあ、なんだかんだで上手くいったぜ。明日の焼きそばは任せとけ!」


「すまないな、手伝いをしてやれなくて。でもここにどうして来たんだ? その報告に来てくれたのか?」

「それだけじゃないのよ。葵くんと雨宮さんの応援に駆けつけたの」


「俺達の応援?」

「そうだぜ。文芸部の顧問から聞いたぜ~、去年居た三年生が作った作品集と同じ分だけの量を配布するつもりだって。それをたった二人でやろうとしてるんだ、本を作るだけでも大変だろうと思ってよ。手伝いに来たんだぜ」

「こういう手作業って得意なの。だから手伝わせてくれないかしら?」

「オレも得意だぜ? プラモとか細かい作業は家でやってるしよ、雑な仕事はしねえから安心しな!」


 俺とメアの二人で全ての装丁を終わらせるのは果てしなく時間がかかると思っていた。そんななか、姫月と翔太の二人が力を貸してくれる。それは願ってもない事だった。


 俺が二人に感謝の言葉を告げようとした時、先に動いたのはメアの方だった。


 作業する手を止めて彼女は姫月と翔太の方へと歩み寄る。


 そして彼女は深く頭を下げた。


「ありがとう……よろしく、お願いします……っ!」


 初めて見るメアの姿に俺は感動を覚えていた。彼女がちゃんと自分の想いを口にして、それを行動で示す姿に嬉しくなった。


「雨宮さん、よろしくね。明日も応援してるわよ、全部配布し終わったらクラスの方にも遊びに来てね。雨宮さんって絶対にあたし達の作ったメイド服が似合うと思うの、接客はしなくて大丈夫。着てみるだけで良いからどうかしら?」

「オレ達の作る焼きそばもよろしくな! 試しに作ってみたがうちの母ちゃんが作る焼きそばより美味くてよ、まじでオススメだぜ!」


「それじゃあ全部配り終わったら、俺とメアでクラスの方に戻るよ。手伝ってくれる礼もしたいしさ」

「葵くんの作った焼きそばも食べてみたいわね、楽しみにしているわ!」

「よーし、それじゃあオレ達も文芸部の手伝いだ。さっさと終わらせてやるからな!」


 俺達は協力し合って小説の装丁を再開した。


 明日が来るのが待ち遠しいという様子でメアは手を止める事無く作業を進める。姫月と翔太も手伝ってくれている。二人が友達で居てくれて心から嬉しいと思った。


 明日の文化祭は絶対に成功させる。

 強くなっていく想いと共に、俺も肩を並べて作業に勤しんだ。

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