25:共同作業
メアに友達を作らせるという神様からの試練。
どうするべきなのかずっと悩んでいた。
だがその答えは出た。俺が彼女と共に歩む、彼女を傍で支えられる存在になる。
そして今年の文化祭をやり遂げよう。同じ文芸部員として、文化祭を通じてメアが共に歩みたい、仲良くしたいと思う人に俺がなる。彼女の力になってあげるのだ
俺はテーブルの上に並べられた原稿用紙に手を伸ばした。
序盤以外は何度か書いては消されてしまっている。
けれど物語の最初の部分だけでメアが何を書こうとしているのか分かった。
「そうか、メア。文化祭の出し物にこういう物語が書きたかったんだな」
「ど、どう思う……? 変、かな?」
「変じゃないよ。俺はとっても良いと思う」
「あおいくんがそう言ってくれるなら……頑張ってみる」
メアは鉛筆に手を伸ばし、再び原稿用紙に物語を書き始めた。消しゴムには触れず、さらさらと流れるように文字が記され物語が紡がれていく。
彼女が書こうとしているのは恋愛小説だ。
読んでいた小説も同じジャンルだったが、やはり彼女は恋愛ものが好きなんだろう。
それも普通の人同士のものじゃない。魔王として君臨していた少女が勇者に敗れた事をきっかけに、別の世界へと転生してその世界で出会った少年と恋に落ちる、そんな物語。
そう、メアの歩んできた体験談を元にしたものだ。
彼女にとっては殆どノンフィクションでも、こちらの世界の人達からすれば恋愛もののファンタジー。実体験を元に書いていくんだ、彼女にとってこれほど書きやすいものはないかもしれない。文化祭までの短い期間を考えればベストな選択だ。けれど途中からはそうじゃない、少年との恋が成就してハッピーエンドを迎える展開は自分で想像して書き終えなくてはいけないのだ。
一度鉛筆を走らせるメアを止め、俺は彼女と役割分担を決める事にした。
物語を書くのはメアで、彼女はパソコンが使えないから俺が代わりに原稿用紙に書かれた内容をノートパソコンに書き写す。その際に誤字や脱字、誤用などの校正を行って印刷する。後は俺も恋愛小説はかなり読み込んだ事があるから、その知識を活かしてアドバイスだ。応援して彼女のやる気を引き出そう。
明日は自宅からノートパソコンを持ち込む事にして、今日はメアへのアドバイスに徹する。彼女が物語を完結させられるように支えてあげるのだ。
ところで主人公の少女が恋に落ちる相手……これは誰をベースにしているんだろう。まさか俺なわけ、ないよな? でもメアは俺に『あらゆ』と異世界の言葉で好きと伝えた事もあったわけで――まさかな? いや……この少年の口調もやってる事も今まで俺がメアにしてきたものと似ていて、やっぱりなあと思いながらもそれは一旦置いといて。
俺はメアの書いた小説を読み進めた。
「メア、小説の才能があるのかもな。文章は読みやすいし登場人物も感情豊かで、どんどん物語の中に引き込まれていくよ」
「面白い……?」
「ああ面白い。これが初めての作品とは思えないくらいさ、今までこうやって小説を書いた事は?」
「これが初めて」
「凄いじゃないか、俺が初めて書いた小説とは比べ物にならないくらい面白いよ」
「あおいくんも……書いた事がある?」
「ああ。書くのも結構好きだぞ」
「あおいくんの小説、わたしも読んでみたい……」
「そうだな。じゃあメアが今の小説を書き終えたら読んでもらうことにするよ」
「うん!」
彼女は嬉しそうに原稿用紙を見つめて、再び鉛筆を走らせる。小説を書くのを楽しんでいる彼女を見ていると、俺まで幸せな気持ちになってくる。メアが書き終えられるように最後まで支えてみせる。一緒に文化祭を成功させるんだ。
そして彼女は鉛筆を走らせるのを止めた後、顔を上げて俺を見つめた。
透き通った瞳が星々のように煌めいていた。小さな声で異世界の言葉を口にする。
「あらゆ」
頬を赤く染めながら、でも決して目を逸らさずに、彼女は優しく微笑んだ。
聞こえてきた異世界の言葉。そして照れながらも彼女は俺の瞳をしっかりと見つめ続ける理由。彼女は変わろうとしている、前へ進もうとしている。
『好き』
その言葉を胸に抱きながら、俺はメアの書いた文字を追った。




