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17:プレゼント

 殆ど何も頭に入らないまま、放課後になっていた。


 俺はメアに渡しそびれたプレゼントを片手に今は文芸部室へ向かっている。


 なんと言って渡すべきなのか、それをずっと考えていたはずなのに、その内容はすっかりと抜け落ちてしまっていた。その理由はメアが今日になって俺へとずっとデレ続けていた事にあった。異世界の言葉だから向こうはその内容が俺に伝わっていないと思っているのだろうが、実際はそうではなくその全てが俺に伝わっているのだ。


 一限の授業から放課後に至るまで、デレデレなメアの姿に何とも言えない感情が湧き上がり続けて、今この瞬間もメアの事が頭から離れない。


 プレゼントを渡す時に言うセリフを結局思いつけないまま、俺は文芸部室の扉の前に立っていた。何とかなる、今までずっとそうだったろう。異世界の旅でも戻ってきてからも、俺は上手い事やってきたはずだ。


 だから今日も大丈夫、メアに俺が勇者であった事を悟られず、その言葉を知らないふりを突き通して、彼女にプレゼントを渡せるはずだと、自分を奮い立たせながら文芸部室の扉に手を伸ばした。


 ドアノブを回して中へ入ると文芸部室の光景が広がる。


 窓のすぐ傍、部屋の片隅でメアが今日もパイプ椅子に腰をかけて本を読んでいた。俺が入ってきた事に驚きながら彼女は本を読む手を止める。


 とりあえずは挨拶からすべきだろうか。


「よ、よう雨宮。また来ても大丈夫だったか?」

「あ……う、うん」


 雨宮はそう言って頷いて、俺の方をじっと見つめていた。そしてハッとなにかを思い出したのか、テーブルの上に置かれた自分の鞄へと近付いた。


 鞄を開いてその中身を見るのだが、何かを探してそれが入っていない事に気付いて首を傾げる。


「お弁当箱は返したと思う……」

「弁当箱は昼休みに返してくれただろ。今日はその用じゃなくてだな」

「違う用?」

「そうだ。別の用事があったのさ」


 俺は長テーブルの上に昨日買った白のワンピースと小説の入った袋を置いた。それを見ながらメアは再び首を傾げている。一体何が入っているんだろうと、不思議な表情を浮かべていた。


「これはなに?」

「ええとだな、これは……」


 しまった。どうにかなると思って何も考えずに入ってきたが、この土壇場になっても何も思い浮かばない。俺がどうしてメアが欲しがっていた白のワンピースを買っているのか、新しい小説をどうして手渡そうとしているのか、上手い言い訳が結局見つからないまま――。


「――あ」


 俺の指が袋に引っかかって、盛大に袋の中身を床にぶちまけていた。買っていた三冊の本は飛び出して、ワンピースの方は袋から半分だけ顔を覗かせている。


 慌ててそれを拾い上げるのだが、袋の中身をメアにしっかりと見られてしまった。

 

「今のそれ。昨日の本と、白のワンピース……?」

「え、ええとだな、これはええとーあー」


 おいおいバカ、俺のバカ、なあにやっちゃってくれてんだ! 完全にバレたし見られたぞ、どう言い逃れするんだ、なんて誤魔化す!?


「もしかして……ワンピース、昨日買ってくれていた?」


 彼女は既に気付いている。透き通るような瞳で真っ直ぐにこちらを見つめてくる。澄んだ瞳で汚れを知らないような少女に向かって、適当嘘を並べられる度胸はなかった。ああ……もうどうにでもなれ。


「そう、そうだ。雨宮が昨日の服屋でずっと欲しがりそうな目で見ていたから、気に入ってるのかなと思って買っておいた。本もそう、色んな本を雨宮に読んでもらいたいから買ってきた! これを全部渡したくて文芸部室にやってきたってわけだ……!」


 開き直った俺は正直に告げてプレゼントをメアへと手渡したのだが、渡された袋を見もしないでそのまま俺を見つめ続けていた。俺の顔に何かついているのか、とそう思った瞬間。


「たゆ、あらゆ」


 目眩がした。異世界の言葉ではあるが『ありがとう、好き』なんて面と向かって言われてしまって、ただでさえ可愛いのに優しく微笑んで、俺は爆発してしまいそうな心臓を抑えるのに必死だった。


 抑えきれないこの気持ちをどうしようか迷っていると、メアはハッとした後にそっぽを向いた。顔を赤くしながらいつものように自分の本心を誤魔化すような言葉を告げた。


「べ、別にいらないけど……せっかくだから受け取る」

「そ、そうか。余計なおせっかいだったかもしれないけど、受け取ってもらえて嬉しいよ」


 向こうが誤魔化しの一言を言ってくれなかったら、俺は抑えきれない気持ちをどうするべきなのか、何も思い浮かばなかったところだった。いつもの様子に戻った彼女のおかげで話を進められる。


 俺から渡されたプレゼントをメアは大切に鞄の中へと仕舞っていた。


「ワンピースはとりあえず置いといてだな。ええと、本の方はメアがいつも読んでいる作品を書いた作家さんの最新作らしくて、それで昨日選んでみたんだよ。読んでもらえたら幸いだ、それじゃあ俺は渡すもの渡したし帰るよ。読書の邪魔をするのも悪いからさ」


 このまま話を続けてボロが出るのはまずい。今のところはまだ異世界の言葉が伝わっていたのがバレているとかそういう気配はないし、ここは早めに退散しておく事にしよう。


 文芸部室から立ち去ろうとした時、子猫に引っ張られるようなとても弱々しい力を腕に感じた。


「待って」


 振り返るとメアが俺の袖を指でつまんでいる。もう片方の手にはいつも読んでいる恋愛小説を持っていた。


 それを俺に差し出すメア。


「よ、読んでいって欲しい……」

「この本を、今ここでか?」


 目を逸しながら小さく頷くメアは異世界の言葉を口にする。


「あわとれぶうぃゆ。あわとびうぃゆ」


 そう言った後、俺の手に読んでいた本を持たせ、メアは俺がプレゼントに渡した本を手に取って、窓際の自分のスペースへと戻っていった。いつもならこの後にさっきの言葉を誤魔化すのだが、今回のメアはその後に何も言う事無く椅子の上で静かに読書を始めた。


『一緒に本が読みたい、あなたと一緒に居たい』


 メアはそう言っていた。これは試されているのだろうか。


 今日プレゼントを渡した事で俺が本当は異世界の言葉を理解していると気付いて、さっきの言葉にどのような反応を返すのか見ようとしていて、だからいつものように誤魔化さなかったのではないか、そんな考えが頭の中に浮かんでくる。


 だがそれはただの杞憂でしかなかった。


 メアは俺が買ってあげた本に夢中になっていて、文字を追う目とページをめくる手が止まらない。こちらを気にしている様子は一切なかった。


 俺はメアから渡された本を見つめる。


 彼女は純粋に俺と一緒にここで本を読みたいだけで、そこにそれ以外の思惑はない。読んでいって欲しい、と俺に言った時点で彼女は伝えたい事を全部伝え終えていたのだ。だから誤魔化す必要もないし、最後に発した異世界の言葉は、その想いを真っ直ぐに言葉にしたかっただけで、伝わろうがそうじゃなかろうが構わなかったのだ。

 

 プレゼントは渡し終えている。ここに残る理由はない。けれど俺もメアと一緒に同じ空間で本を読んでみたかった。


 異世界の言葉を知らないふりをし続けて、さっき言った彼女の言葉にも『今のはなんて意味なんだ?』と聞けば、きっと本心とは違う別の言葉が返ってくる。そうなればここを離れなければならなくなる。だから今日はあえて何も聞かない。


 俺はゆっくりと椅子に座って、彼女から渡された本を開く。余計なことを口に出さず、今日くらいは素直になってあげても良いんじゃないだろうか。きっとメアもそれを望んでいるはずだ。


 彼女がずっと読んでいた恋愛小説、その内容を楽しみにしながら最初の1ページ目をめくった。メアも同じようにページをめくる。


 静かな文芸部室の中で一緒に本を読む。

 俺とメアの間に幸せな時間が流れていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは、もう紛れもなくデレていますね。 デレたあとに余計なこと言わないように黙っているのが可愛い。
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