14:本屋にて
今日のお出かけで最後の用事。
メアに読ませる為の本の買い出しだ。もちろん雨宮はそれを知らないし、300円で買える本はここには売ってない。いつもの古本屋に行けば良かったのだが、流石に遠かったのでそれは諦めた。
姫月と翔太なのだが、翔太からスマホにメッセージが来て『姫月と二人にしてくれ!』と要請があった。きっと最後のアプローチをするところなのだろう。その要請を受けて俺は姫月と翔太を別行動にさせるよう動いたというわけだ。彼の健闘を祈る。
雨宮に読ませる為の本選び、どんな本を買おうかとずっと悩んでいた。でも今はメアと一緒にいる、こうして読ませる本人がいるのでどんな本が好きなのか聞けば良いわけだ。全国チェーンの本屋に足を運び、今はぬいぐるみを抱いているメアと二人でずっと手を繋いだまま店の中を歩き回っている。
何故手を握っているのかと言うと理由は簡単だ。
以前も本が好きだと言っていたが、店内に並べられた本が今の彼女にはきっと金銀財宝のように見えたのだろう。それくらい彼女の瞳が輝いて見えていた。本棚へ引っ張られるように歩き出してしまうので、俺はそんなメアの手を引いて勝手に何処かへ行ってしまわないように誘導している。
初めは手を繋ごうと言った時におどおどと困惑している様子を見せていたメアだが、少し悩んだ後に小さな手を添えてくれた。それからはずっとこうして手を繋ぎ続けている。
メアに読ませる小説で異世界を舞台にしたものはNG。元魔王である彼女が俺の正体に気付くきっかけになりかねないからだ。だから買うにしてもそれ系の作品が並ぶコーナーは避ける必要がある。目を離した隙にそんな作品を見つけてしまったら大変だと、今は純文学作品が並ぶコーナーに立ち寄っていた。
「なあ、前に文芸部で雨宿りさせてもらった時に本の話をしたけどさ。雨宮はどんな本が好きなんだ?」
「え……好きな本?」
「そうそう。俺も色んな作品を読んでみたいからさ、雨宮が興味のあるジャンルも読んでみたくて。文芸部にあった本で好きだったのはどんな内容だったんだ?」
「え……それは……」
俺の問いかけに何故か彼女は頬を赤くする。目線を逸してもじもじとしてしまった。
文芸部の本棚にある作品の中に女子が恥ずかしがるような内容のものがあるわけもなく、どうしてそれを俺に伝えるのを躊躇しているのか不思議だった。
以前にメアが読んでいた小説のタイトルを思い出す。
内容は知らないがタイトルなら聞いた事のあるもので、大ヒットしたとかそんな話は耳に挟んだ事がある。となればこの本屋にもあるはずだろうと、メアが読んでいた作品を探し始めた。
やっぱり普通に売っていた。どんな内容なのかと思って手に取って、裏面に書かれたあらすじを読んで全てを理解する。あれはなんと恋愛小説だったのだ。青春を舞台にした高校生の主人公とヒロインによる男女の恋愛を描いたストーリー。奇抜なタイトルからは想像も付かないような甘酸っぱい青春の物語だ。
「もしかして、雨宮ってこういう恋愛物が好きなのか?」
彼女の頬がますます赤くなっていく。
目線を逸しながらもちらりとこちらを覗いてきて、体を震わせながら最後は何かを決心したかのように「うん……」と小さな声で言葉を返すのだった。
正直言って驚いた。男女の恋愛を描いた作品と、異世界で魔の軍勢を率いていた魔王に繋がりを見いだせない。けれどもし魔王であった時も……彼女が本当は少年少女の甘酸っぱい恋模様に憧れていたのだとしたら? その憧れをこちらの世界に来てから小説という形で満たすようになって、それがきっかけで文芸部に入ったとしたのなら?
目の前にいるこの元魔王は――物静かで、口下手で、か弱くて、それでも実は男女の恋仲に憧れるという純真さを持った可愛らしい少女という事になってしまう。
それに気付いたら何故か俺の方までドキドキしてしまって、思わず俺はメアから視線を逸してしまっていた。さっきまでは彼女を見ていても可愛いとは思うけれど、彼女に気をかけている理由は勇者としての役目が第一でそれ以外にはないはずだった。けれど今は違う、別の感情が湧き上がってくるのを感じる。
初めて抱く感情の正体が何なのか分からない。喜怒哀楽、そのどれにも該当しない何とも言えない感情を誤魔化すように、俺は二冊三冊と別の小説を本棚から手に取っていた。それはメアが読んでいた作品と同じ著者の恋愛小説だ。
「お、俺もこういうの読んでみたかったんだよ! 自分で選ぼうとするとどうしても偏っちゃうし、今日は新しい本を買おうと思ってここに来たんだ! あ、雨宮が読んでたのも気になっててちょうど良かったっていうか……!」
俺はビニールに包まれたままの新品の本をメアへと見せる。
「こ、これは読んだ事あるか? 文芸部の部室にあったりとか?」
「ない……同じ作者のもので、部室にあったのは……あの一冊だけ」
「そうだったのか。へ、へえ」
本当はメアに買ってあげる為の本だ。もっとたくさんの本を読んでみたいと異世界の言葉で口にしていた彼女の本心に応えてあげようと、そう思って今日はここへとやってきた。手に取った三冊はそれぞれ一冊で完結しているようだし、メアに渡す本をこれに決めたのだった。
「よし、それじゃあレジに行こう」
「うん……」
彼女は俺の持っている本をちらりと見て、羨ましそうな表情を浮かべていた。どうやら彼女が読みたかった本は同じ作者の別の作品だったらしい。これで合っていたという事だ。すぐに読めるようになるから待っててくれよな。
俺はメアの手を引いてレジへと向かう。そして会計を済ませブックカバーをサービスしてもらった後、俺達は更に別の場所へ向かった。買った本をドリンク片手にすぐ楽しめるという粋な計らいで本屋の中に併設されたそこは全国チェーンの喫茶店。今は別行動になっている姫月と翔太ともここで待ち合わせをしていた。
空いている席を見つけて二人でそこに腰かける。
あとは彼らが戻ってくるのを待つだけなのだが、それまで時間を潰すことにしよう。そう思って俺はスマホを取り出し、一方でメアは鞄の中から本を取り出していた。
それは文芸部で雨宿りした時にメアが読んでいたあの本で、俺が見た時はちょうどページが半分くらいにまで差し掛かっていたのを覚えているのだが、何故か彼女は最初からその本を読み直していた。
「文芸部の本って持ち出しOKなのか?」
「……部員なら、構わない」
「本当に好きなんだな、それ」
「……」
メアは無言で文字を追ってページをめくる。
きっとメアはあの作品を既に読み終えているのだろうけど、よっぽど好きでまた初めから読み直している。俺も以前にそういう作品に出会った事があるから分かる、結末を知っているからこそまた違った楽しみ方が出来るのだ。
今日メアに買ってあげた本も彼女にとって何度も読み返したくなる作品である事を願いながら、姫月と翔太が戻ってくるのを待った。