91ダブルスパイ
「ここをこうして、こうして~!!」
ルビーは何枚もの紙に設計図を書く。
その都度バージョンが上がっていくのだった。
最初は完全自律型として設計していたが、万が一の時のために半自律型になった。
だが半自律型でもリスクはある。
セキュリティーホールを突かれ乗っ取られる恐れがあるのだ。
完全自律型は暴走した際神の力を止めることができなくなる。
その点半自律型では暴走した際、乗っ取られた際も止めることが出来る。
「緊急停止コマンドも実装して暴走対策も万全。後は組み立てだけですねー」
ルビーは扉を乱暴に開けると大声で言い放つ。
「この仕様書通りの素材を集めてきてください! 急いで!」
その言葉にまたかと言わんばかりに走らされる工作員達。
いつもの事ながら人使いが荒いと嘆いている者も居た。
「ほらほら、急いでくださいねー」
「へーい」
とある工作員は無線機を手に取り工場の協力者に連絡を取る。
いくらレジスタンスでも加工が難しい素材は存在する。
今回使うイリジウム合金がそうだ。
融点は2466度、硬度も高いのだ。レジスタンスの設備では加工することは出来ない。
予め工場で加工し、それを秘密裏に運び出すのだ。
「ふふふ……。私は世界の変革者ですねえ! この技術で世界は変わる!」
ルビーが大笑いしているところをじっと見ていたものが居た。
見ていると言ってもローブで表情は見えないが、まっすぐに見ている。
ルビーが研究室を離れるとその者は研究室へと入っていく。
「……」
箱にしまわれていた魔石を手に取ると生活魔法を行使した。
「我の威を示せ、リードオン……。我の威を示せ、ライトイン」
魔石から何かを読み取ると新たに術式を書き込んだ。
懐からカメラを取り出すと設計図を一枚一枚撮影していく。
撮影し終えると設計図を元の場所に戻し部屋から出ようとするが、外から足音が聞こえてきた。
「……短距離転移魔道具起動」
ふっと一瞬で居なくなるのと同時にルビーが研究室に戻ってきたのだ。
部屋に侵入者があったなど気が付かず、持ってきたコーヒーを飲むのだった。
侵入者は小部屋に転移していた。
そこから出るとルーファスと鉢合わせになる。
「ん? お前こんな所で何やってるんだ?」
「忘れ物を取りに来ていました」
「その声は……どうだ? 王国側の情報仕入れるのは大変か?」
そう、この者はレジスタンスがスパイとして雇った人物なのだ。
さらに言うと王国側がスパイとしてレジスタンスに送り込んだスパイでもある。
いわゆるダブルスパイと言うやつだ。
今までレジスタンスのスパイとして王国側が不利にならない技術をレジスタンスに流していた人物こそコイツだ。
今回の魔法外部補助術八式対神格能力減退魔法をリークしたのもレジスタンスに動作テストをやらせるためにリークしたに過ぎないのだ。
「ええ。大変と言えば大変ですが、やりがいはあります」
「そうかそうか。これからも俺たちレジスタンスの為に働いてくれよな」
「はい」
肩に手を置くとルーファスはその場から立ち去っていく。
「……」
その者は無言でレジスタンスエデルガーデン支部を出ると身体強化を使い王城へと足を運ぶ。
途中地下へと入り、王城の隠し通路へと入った。
この通路は王の避難通路にも使われる通路だ。
繋がっている先はもちろん国王の寝室である。
「来たわね」
「はっ。ガブリーラ・エンフォンス王女陛下。レジスタンスエデルガーデン支部ルビー・サーナイトがデミ・ゴッドプロジェクトを始めました」
スパイはルビーの部屋で撮影した写真のネガフィルムを差し出した。
それを受け取るとサイドテーブルに置いた。
「愉快よね。私の手のひらで踊らされているとも知らずにね。貴方もそう思わない?」
「私は陛下のお考えには遠く及びません」
「そうね。私の思いは常に一歩先を見据えているもの。この計画が成功すれば私達人間を脅かす者を排除でき、私の支配権もより強固なものとなるわ」
ガブリーラは両手を広げ高笑いする。
「アハハハ! すべての世界は私の物! 私のおもちゃ箱なのよ! だからどう扱っても関係ないわよねぇ?」
「はい。陛下の思うがままに」
しばらくの間笑い続けた後、スパイに任務を命じた。
デミ・ゴッドプロジェクトの工程を逐次報告するようにと。
スパイはそれに頷き隠し通路から戻っていったのだった。
★
アンソニーが公務をしている中、扉がノックされた。
秘書室からしか繋がっていないため必然的に訪ねてくるのはソフィアしか居ない。
「入ってもいいですよ」
「失礼します。アンソニー官僚、テレビをお点けください」
「何故だ?」
「見ればわかります。チャンネルを8に回してください」
ソフィアに言われた通りにテレビの電源を点けチャンネルを8に回す。
そのチャンネルではニュースを報道しており、顔写真付きで報道していた。
『憲兵は数々の毒殺事件を起こしたとしてコードケミカルインダストリー社長並び株主のメル・デイニー容疑者を逮捕しました。輸血バッグに毒を仕込み特定の相手に毒殺を繰り返していたと見られ、憲兵は証拠が固まったため逮捕に踏み切った様です』
「なんだと!? あんな小物が捕まるわけが……。スケープゴートか!」
アンソニーは直様調査部に連絡する。
『はい、調査部です』
「アンソニーだ! これはどういうことだ!」
『いきなりどうしました?』
「今ニュースになっていることだ! なぜメル・デイニーなんて小物が逮捕される! 裏に手を引いてる者が居るはずだ!」
アンソニーはムキになって電話相手に当たる。
だがそれは無意味なことだとふっとした瞬間に冷めた。
「すまない」
『私達こそアンソニー様のご期待に添えず申し訳有りません。ですが報告事項があります』
「なんだ?」
『同時期に調査部を動かしたのはアンソニー官僚だけではなさそうです。追跡したところ総合技術省トップのエインズ・ワイズマンが浮上しました』
エインズ・ワイズマンは片翼迫害派のナンバー1である。
直ぐに身辺調査を頼む。
『すみませんが今現在エインズ・ワイズマンには特別警護が付いており無理です』
「なぜ特別警護なんか……」
『少々お待ち下さい……おや? 書類が……』
「どうした?」
『特別警護の書類がないので何故かと思いまして』
調査部は特別警護の書類が1枚も無いことを不思議がっているようだ。
何事も申請書類を出さなければならない。
それが1枚もないのだ。
「何? 特別警護自体嘘なんじゃないか?」
『いいえ。申請書類は無いですが兵士派遣届けは出ています』
「どういうことだ」
『私兵……では有りませんが、軍の兵士を不正に駐屯させている可能性があります』
「よし、それについて調べてくれ」
『わかりました。また後日連絡いたします』
アンソニーは受話器を置く。
つけっぱなしのテレビは次のニュースに移っていた。
★
「そうか。シルヒハッセが調査部を動かしているのか」
『はい。ワイズマン様の周りを嗅ぎ回っているようです』
(毒殺を指示したのがバレたのか? いや、違うな。私が調査部を動かしたのが理由か)
エインズ・ワイズマンは憶測を立てる。
通話をしている相手は王国の特務機関である。
調査部とは違い、工作作業までする機関だ。
受話器を置くと、執務室の鍵を締めた。
そして誰も居ない空間に向かって話しだした。
「さて、シルヒハッセにはまだ痛い目を見てもらわないと駄目だな。丁度レジスタンスが例の術式をテストするらしいがエネルギー源がなければなぁ? 誰かレジスタンスに届けてやればいいのだが?」
ガタっと壁の向こう側から音がした。
それと同時に壁の向こうから人の気配が消えていく。
「ククク……。精々ガブリーラ王女陛下の役に立ってくれよ」
ワイズマンの黒い笑いは執務室の闇に消えていったのだった。
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