82落ちた人
翌朝と言っても外は夕方だが朝が来た。
その日はエルシアが先に目を覚ます。
キッチンで朝食を作るのだ。
「ふんふんふーん。今日の朝食はフローレンスさんの真似てたまごサンドイッチ~。たまごを茹でて~たまごスライサーで細かくして~マヨネーズと黒胡椒で混ぜる~それを挟んでかんせーい!」
それを4つ作り、コップにお茶を入れる。
テーブルに配膳し終えるとファルトを起こしに2階に上がる。
「あーさーだーぞー!」
エルシアがファルトにダイブする。
ぐえっとカエルが潰れたような声がベッドからした。
「おはよう!」
「……おはよう」
「朝食できてるから早くしてね」
そう言うと部屋を出ていく。
残されたファルトは朝から機嫌が斜めであった。
寝間着から普段着に着替えるとリビングへ向かう。
途中洗面所に寄り顔を洗う。
「朝飯はっと。サンドイッチか」
「フローレンスさんの真似してみた!」
「ほう。どれ、味見してやろう」
ファルトは一口食べる。
だが途中でサンドイッチを食べる口が止まった。
用意されていたお茶を口に含み一気に飲み干したのだ。
「おい、エルシア。お前はこれを味見したのか?」
エルシアは笑顔でこう言った。
「してないよ!」
あまりの清々しい笑顔にファルトはこれ以上追求するのを止めた。
このサンドイッチは黒胡椒が効きすぎているのだ。
たまごの味が消えてしまっている。
(エルシアは普通に食ってるが、味覚どうなってんだ?)
「ん~! 美味しい!」
「お茶おかわり」
「ほい」
お茶が入っている冷えたヤカンからコップに注ぐ。
注ぎ終えるとサンドイッチを一気に口に詰め込みお茶で胃の中に流し込んだ。
「ごちそうさん!」
「お昼の用意してお――」
「いや! 俺がする! エルシアは何もするな!」
「えー!」
エルシアに何もするな宣言を打ち立てたのは良いが、ファルトは何を作ろうかと思案していた。
以前のように焼くだけ料理とは違う料理も作れるようになっている。
しばらく考えた結果昼夜は肉じゃがにすることにした。
「材料はじゃがいもと玉ねぎ、人参、牛肉の切り落としだっけな。後醤油とみりん、だし汁か」
包丁を持つとじゃがいもの皮を剥き4分の1のサイズに切る。
次に玉ねぎを切る。
へたを切り落とし半分に。
人参は乱切りにしておく。
牛肉の切り落としは食べやすいサイズに切っておく。
「こんなんで良いんだよな。次はっと。ああ、そうだ。サラダ油を忘れてたな」
サラダ油を棚から取り出すと、鍋にサラダ油を入れ先ほど切った具材を入れる。
全体に火を通すとだし汁を投入する。
アクを取りつつ火で熱していく。
アクが取り終わったら醤油とみりんを加え、蓋をする。
沸騰したら弱火で煮て終わりだ。
「こんなもんか。味見してみるか」
おたまで少し取ると口に入れる。
「んー。少し薄いか? 痛むのも嫌だし醤油少し足しておこう」
「ファルト終わったー?」
「終わったぞ。火は消したな。よし! 探索に行こうか!」
肉じゃがをタッパに入れ、2人は昨日とは反対側へと探索に向かった。
魔力探知はエルシアが常時発動させ、ファルトは魔力波探知で何か見つけ次第急行する作戦だ。
シルヒハッセ邸からは地図と赤ペンを持ち出している。
学園方面しか行ったことがない2人にとっては初めて行く土地だ。
地図を確認しつつ進む。
「この辺は商業区画みたいだな。もう少し南に行けば住宅街がある筈だ」
「じゃ、そっちに行こー!」
10分かけ住宅地まで移動する。
住宅街に入り魔力探知をより厳にする。
更に20分歩いた時だった。
「! ファルト、反応有りだよ!」
「よしきた。どっちだ?」
「こっち」
エルシアの案内で住宅街を進むと、とある一軒家に行き着いた。
魔力探知ではこの家の中に1人か1体居ることになる。
2人はいつでも攻撃魔法、エモート防御魔法を行使できるようにして玄関扉に手をかけた。
「おはようございます! 誰か居ませんか?」
一軒家の中に入ると2階から鼻水を啜る様な音が聞こえてきた。
それと一緒に嗚咽もだ。
「誰か居るね。もしもーし! 上がりますよー!」
2人は家の中を一応確認しつつ2階へと上がった。
2階には3部屋有り、一番奥の部屋から嗚咽が聞こえてきた。
扉をノックすると部屋の中から小さい悲鳴が聞こえてくる。
そっと扉を開けると年齢は8歳から12歳だろうか、少女が布団を被っていた。
「だ、だれぇ……」
「驚かせてごめんね。君1人だけ?」
「……おじさんが居たの。今は居ない」
「そのおじさんはいつから居ないの?」
「……昨日の夜から」
少女からの聞き取りはエルシアに任せ、ファルトは他の部屋を探していた。
隣の部屋には缶詰が転がっていた。
「箸が2つ。女の子とおじさんってやつか。他には……ゴミだけだな」
確かに話通りもう1人人がいたようだ。
だがまだ小さい少女を残してどこに行ったのかが気になっていた。
「おじさんって言うことは30代ぐらいか? そんな大人が誰もいないこの町で女の子を1人にするか? これは何かありそうだな」
エルシアと少女が居る部屋に戻ると話に加わる。
「そのおじさんってやつの特徴はわかるか?」
「無精ひげ生やしてて魔法科学者やってるって」
「そうか。俺たちがちょっくら探してきてやるから待ってな。こっちのエルシアを置いていくから安心しな」
「いいよ。1人で居るから」
「偉いね~。じゃ、私も探しに行くよ~」
「……どうせ――」
「え? 何か言った?」
「……何でもないよ」
エルシア達は家を出ると魔力探知を頼りに歩き出した。
魔法科学者であればそれほど遠くには行っていないだろう。
大人と言っても科学者だ。
体力はないだろうと予測していた。
「もう少し南に行ってみるか」
「魔力探知最大でいくよー」
地図を確認しつつ南へと進む。
迷わないようになるべく直線の道を進んだ。
1時間ほど南へ進んだ時だった。
巨大な魔力の爆発をファルトが感じ取ったのだ。
大体の場所を地図にマークする。
巨大な魔力ゆえ練度が低いファルトでも感じ取れるのである。
「魔力探知に反応有り! ここから大体南西の場所!」
「行ってみるか。さっき聞いた“おじさん”かもしれないしな」
しばらく進むとエルシアが続報を出してきた。
「なんか向こうもこっちに近づいてきてるみたい。距離が近づいてきてる」
「それは楽だな。向こうも魔力探知を使えるのか? 魔法科学者って言ってたし使えるのかもな」
「会いに行ってみよー!」
2人の歩む速度も若干早くなりお互いの距離もより一層近くなる。
そして最後の曲がり角を曲がった。
道の先に人影を見つけたのだ。
「おーい! おじさんですかー!?」
「おいおい、そんな呼び方は無いだろ」
「えー? だって名前聞いてないもん」
「だからってなあ……。ん? なんか様子がおかしくないか?」
「え? なんかふらふらしてるね。おなか減ってるのかな」
そうこう言っている間に相手は倒れてしまった。
急いで近くに寄る。
「大丈夫です……なっ!?」
「なん……だと!?」
2人が目にしたのは道に落ちた白衣と服。
そして半透明で不定形の魔物だった。
「我の威を示せ、シャドウバインド!」
ダガーナイフを媒体に魔法を発動させる。
結界魔法シャドウバインドの場合、物理的な楔を打ち込むことで魔法を高出力で発動させることができるのだ。
これはエンチャントとは違う魔法の使い方だ。
「とりあえず動きは止めたけど、これ魔物が人間に擬態してたのかな?」
「かもしれないな。動きが止まってるから安全に処理できる。我の威を示せ、ディバインバスター!」
ピンポイントの攻撃魔法で半透明で不定形の魔物を仕留める。
2人は衣服を拾うと少女が居た家に引き返すのだった。
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