8ポンコツ賢者
リビングの椅子に座りながらトマトの様に顔を赤くしているとネルガンが朝食を持ってきた。
「ほれ、朝食じゃ。儂はまだエルシアの恋人――」
「ち、違います!」
「ほほほ。そう言うことにしておくか。それじゃ儂はファルトの朝食を差し入れに行ってくる」
リビングに合ったマスクをつけると再びキッチンへと戻っていった。
ネルガンはファルとへ朝食を食べさせに行くのだろう。
1人リビングに残されたエルシアは赤面していたが、目の前にある久しぶりのスープの匂いに惹かれつつあった。
それは正に目の前にある餌をお預けされている犬の様だ。
「……。少しくらい食べてもいいよね?」
トマトスープをひとすすり。
その味はトマトの甘さ、そこに加わる玉ねぎの食感。
ほのかに香るにんにくの風味。
「!!」
久しぶりに食べた新鮮な野菜のスープの美味しさに頬が蕩けそうになった。
少し食べると言ったエルシアだったが、手が止まらずバスケットに入れられていた食パンを千切ってスープにつけ楽しんでいる。
「はぁ~しあわせぇ~。……はっ!?」
「いい笑顔しておるのぅ」
リビングの影からこちらを見てニヤニヤしているネルガンの姿が有った。
「もう! 居るんだったら言ってください!」
「儂は久しぶりに子供と出会えて楽しかったんじゃもん!」
「そ、そんなことよりファルトはどうでしたか?」
「恋び――あ奴なら薬が効いて少しずつ食べ始めたわい。このまま薬を飲み続ければ1週間ぐらいで完治できるな」
「本当!?」
「本当じゃとも」
ホッとしたのもつかの間、エルシアの腹が鳴った。
手で腹を押さえ赤面する。
「まだあまりがあるから食べるかの?」
「……よろしくお願いします」
朝食を食べた後、体の検査を受ける。
念入りに調べた結果、まだ肺が弱っているものの魔法を使わなければ問題ないとネルガンが診断した。
「体が治ったら徐々に魔力を体に慣らす修行をするぞ」
「修行! 物語の主人公みたい!」
「儂も久しぶりに他人に教えるのは楽しみじゃのぅ」
1人で興奮していると、ふと1つの事に気がついた。
ネルガンはファルトとエルシアの事を全く気にしていないのである。
気になったらモヤモヤしてしまい素直に聞くことにした。
「あの、ネルガンさん。私とファルトの事どう思っていますか?」
「ん? 若い天使のハーフと悪魔のハーフじゃろ? それ以外に何がある?」
「え? 人間は皆そんな感じなんですか?」
「いいや。よく思っていない人間もおる。そこだけは気をつけると良い」
「あ、はい」
最初から分かりきっていて看病してくれていたのだ。
天界に居たとき親以外はすべて敵と教わってきたので人界でそれに該当しない人物に会えたのは幸運である。
6日後。
無事にファルトの病気も治り、エルシアの体も治った。
その日から魔法の修行が始まった。
「魔法の基礎は魔力制御じゃ! 攻撃魔法と回復魔法には制御に違いがある! それを2人で覚えるのだ」
「はい! 師匠!」
「わーったよ」
エルシアは攻撃魔法、ファルトは回復魔法の練習を始める。
しかし。
「ぐぬぬ……! 魔力がうまく制御でき……ない! 爆発しそう」
「これが回復魔法の制御か……! なかなか難しいぞ、エルシアはこんなものを使っていたのか!」
ポンと魔力が制御を離れ爆発を起こした。
「ケホ……あぁー髪の毛がめちゃくちゃ~」
「最悪だな。これは特化したほうがいいんじゃないか?」
「なぜ魔法が使えるのに基礎ができないんじゃ……」
その後も制御を試みるが必ず爆発して終わった。
これにはネルガンも頭を抱えていたのだった。
「では自分が得意な魔法を制御するのじゃ」
「はい! 師匠!」
「今度は爆発させねぇ」
エルシアは回復魔法、ファルトは攻撃魔法の制御を始めた。
先ほどとは違い、安定して制御ができている。
それどころか一般の水準より高い制御をこなし、スポンジに水で濡らす様にコツを吸収していくのだ。
(何故じゃ。2人共まるで真逆の特性を持っておる……。もしや、あの可能性があるのか?)
ネルガンは得意な魔法の制御を熟している2人に目配せしながら1つの可能性を見出していた。
しかし、それを証明する魔道具は持っておらず、一度街へ行く必要があった。
まだ世間知らずかつハーフと言うこともありおいそれと人の居る街へと行くには不安があるのは事実。
「この際あの魔法を教えてみるのも吝かではないか……」
決心を決めると2人を呼び戻す。
2人にある魔法を教えるために今は失われた魔法の制御方法を教える。
幸いな事にこの魔法だけは2人共確実に制御できるようで3時間程度で安定した形になっていた。
「これで良いのでしょうか師匠!」
「大いに結構じゃ。ファルトも大丈夫かの?」
「俺は大丈夫だ。けどこんな魔法の魔力制御なんてオフクロにも教わったことないぞ」
「それは当然じゃ。この魔法を使えた人物は人類史上1人しかおらんからのぅ。ほほほ」
それを聞いてエルシアは驚き、ファルトは胡散臭そうな表情を浮かべていた。
「それじゃアンタも使ったことないのか。本当に大丈夫かよ……」
「それは使ってみれば分かる話。2人に資格があればそれに応じた答えが帰ってくるはずじゃ」
「はずってなぁ」
ファルトは髪の毛を掻きながら答えた。
疑うのに至る可能性は十分ある。
第一に人類史上1人と言うところが気にかかる。
更にネルガン本人も使ったことが無いという魔法。
おそらく其処らの冒険者や国でも把握していないだろう。
「とりあえず昼にしようか。2人共手を洗ってきなさい。昼飯は朝のパンと森で取れたキノコのシチューだよ」
「わーい! 師匠のご飯は美味しいから楽しみ!」
「手なんか洗わなくても別に――」
「病気で伏せてたのはどこの誰じゃったかな?」
「ぐぅ……」
正論である。
家に入ると井戸から組み上げてあった水と石鹸を使い、手を綺麗にする。
2人は手を洗終わるとリビングへと移動した。
そこにはパンとキノコシチューを配膳しているネルガンの姿がある。
座る様に手で促すと残りの配膳物を取りにキッチンへと向かっていく。
「ねぇファルト、あの魔力制御でできる魔法ってなんなんだろうね!」
「知らないが胡散臭い魔法に決まってる」
「も~う! ファルトは夢が無いな~。こう、ドーン! と山をも消し飛ばす大魔法かもしれないじゃん!」
「えぇ……」
「ほほほ。それは無いな」
「えー。師匠じゃあなんの魔法なんですか?」
エルシアがネルガンに魔法の詳細を尋ねる。
それを笑顔で話し出す。
いわくそれは自分の守護神を降臨させる魔法だという。
降臨する守護神は知りうる限り動物などの上位個体。
更に重要なのは今回2人で降臨させるに至ってフラグメントが影響すると。
「私のフラグメントはコスモスだと思うんですけど、ファルトはカオスですよね?」
「俺はカオスだぞ」
「実はフラグメントはコスモスとカオスだけと言われているのじゃが、この魔法を使った人物はこの2つではなかったという逸話がある」
「その可能性が俺たちにも?」
「その通り」
より一層ファルトは何を言っているのか分からなくなっていた。
食事が終わり午後になった。
ネルガンは2人を外に呼び、2人で並んで待つように指示する。
その間に杖で二人の周りに魔法陣を彫っていく。
片手には何かの本があった。
杖で魔法陣を彫りながら時折本に目を配る。
5分程で魔法陣を彫り終えると、降臨させる際の注意を話し始めたのだった。
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