37穢れし者
家の中の全員が寝静まった頃エルシアは目を覚ました。
ベッドの横にはファルトが膝立ちのまま寝ていた。
「ごめんね。全部聞こえてたよ」
ベッドから離れると1人でリビングまで歩いていく。
リビングに着くとテーブルの上にメモ用紙が置かれていた。
それを手に取って読んでみると、どうやらエルシアがいつ起きてもいいように食事が冷蔵庫の中に入っているらしい。
「冷蔵庫~」
冷蔵庫を開けるとラップが張ってある食器が3つあった。
中身はハンバーグ、サラダ、白米の様だ。
それをサラダ以外電子レンジに入れるとタイマーをひねる。
「お腹へった~。早く食べたいな~」
電子レンジの前でワクワクしながら待っていると、タイマーは終わり明かりが消えた。
中からハンバーグと白米を取り出すとテーブルまで持っていく。
そしてフォークを出すと食べ始めた。
「ん~! 相変わらずルルさんの手料理も美味しい~!」
昨日までの不機嫌さはどこに行ったか、満面の笑みを浮かべて遅い夜食を食べる。
食べ終わった後食器類を洗うためにキッチンへ。
食器用洗剤をスポンジに馴染ませ水を掛けた食器類を洗う。
「お皿をキュッキュッっと。泡々~」
母であるカリエラの後ろ姿を見て育っていたため食器洗いくらい造作もない事。
だと思っていたが、次第に泡が増え始め手元が見えないほど泡立ってしまっていたのだ。
洗い方は知っていても食器用洗剤の量までは確認していなかったのである。
「わわわ! 泡が! 泡が!」
スポンジと食器をシンクの中に置いて急いで蛇口を捻り、水を出す。
何が悪かったかスポンジに勢いよく出た水が当たり、泡がさらに泡立つ。
既に泡を洗い流す事すらできなくなり、シンクにモクモクと泡が広がっていたのだった。
「失敗した失敗した失敗した失敗した。 何がいけなかったのか。それが問題ね」
エルシアはまだ食器用洗剤の事に気がついていない。
キッチンのシンクは泡まみれだ。
即座に頭をフル回転させる。
「今は何時、朝の3時。ルルさんが起きる時間はおそらく5時。それまでに泡を消せるか、魔法を使えばいいわね。生活魔法なら……って、最初から生活魔法使えばよかったんじゃん!」
ぐぬぬと頭を押さえながら直ぐに考えを泡の片付けかたを考え始めた。
あーでもないこーでもないと考えを巡らし出した結論は。
「駄目だ。諦めよう」
諦めることだった。
その後はテレビの電源を入れ適当にチャンネルを切り替えていた。
朝の3時に放送しているテレビ番組はほとんど無く、やっていてもエルシアが好む番組ではなかった。
ソファーで天井をぼーっと見つめていた。
「お母さんどうしてるんだろう。生き、てる、かな……。我らの……威を世界の軛から……解き……放て。呼び奉る神威の御霊……ぐぅ……」
いきなりの睡魔に襲われ、無意識の間に祈祷を口にしていた。
次の瞬間エルシアは眠りから覚醒し、見た光景は天井ではなく桜が満開の空だった。
「あ……れ? 私なんでまたここに……」
「私が呼んだ。立てるか?」
「あ。あなたは……」
立ち上がると渡守が居た。
何か言いたいことがあるようだ。
「人を待たせている」
「誰?」
「エルシアの母親だ」
「え――」
渡守の後ろに続き何百、何千との鳥居をくぐり、一社の神社に到着した。
そこに1人の女性が立っていた。
「お母さん?」
近づこうとすると声がかかった。
「エルシア……それ以上近寄らないで」
一瞬キョトンとするが、直ぐに返答した。
「お母さんなんで? なんで?」
「こんな姿見られたくないの。エルシア分かって」
「どんな姿でもお母さんはお母さんだよ!」
そう言うと走ってカリエラに近寄る。
後ろでは眉間にシワを寄せた渡守の姿があった。
エルシアが近寄るにつれてモザイクかかっていたカリエラの姿が顕になる。
そしてハッキリと姿が認識できる距離まで近寄った時だった。
エルシアは足を止め、カリエラの姿を凝視する。
綺麗だった肌は荒れ果て皮膚が破れている。
何よりもエルシアが知っているカリエラの体格ではない。
やせ細り骨と皮の様にになってしまっている。
もっとも特徴的だったのはカリエラにあるはずの翼が無いことだ。
「お母さん……どうしたのそれ……?」
「見られたくなかった……。エルシアにだけはミラレタクナカッタ」
カタカタと体を震わせ、頭を抑え込んでいる。
いつの間にか太陽が雲に隠れ周囲の温度が極端に下がった。
カリエラを中心に瘴気がうずまき始めて居るのが本能で察する。
「コンナスガタミラレタクナカッタ。ワタシノカラダ、ワタシノツバサ」
「お母さん! どうしたの!」
「ソノツバサガホシイ、カラダガホシイ。ヨコセエエエエエエエェェェェェ」
「っ! 我の威を示せ、ステイシススパイク!」
迫りくるカリエラを魔法で拘束する
突然の出来事にエルシアは渡守に叫んだ。
「渡守さん! お母さんの様子が変だよ!」
「エルシアも*****様と同じ道を歩むか……。大御神の代行者たる我が命ずる。六芒結界陣」
「え、どうして閉じ込めるの!」
「母親の魂は穢れている。このままでは幽世まで連れていけない。エルシアが母親を倒し浄化するのだ」
「無理無理、そんな事できないよ」
「否。エルシアにもできるはずだ」
言葉をかわしているうちにエルシアの結界魔法にヒビが入り始めていた。
「できないよぉ……。お母さん正気に戻って……」
「ヨコセェエエエエエエ」
結界魔法が完全に破壊されるとカリエラがエルシアめがけて這い寄ってきた。
しかも身体強化を掛け全力で走っているかのようなスピードである。
エルシアは咄嗟に右に転がると、カリエラは渡守が敷いた結界陣に触れた。
「ギャアァアアアアア!!」
まるで電流を流されたかのように体をビクつかせている。
結界から弾かれると痛みにのたうち回り、暫く動かなくなった。
カリエラと渡守を交互に見るが、今何をして良いかエルシアには全くわからなかった。
そんな事をしている間にカリエラの体は異形の者へと姿を変えていく。
「ニクイ。ワタシハタダアイスルヒトトスゴシタカッタダケナノニ」
「お、お母さん」
「エルシアナンテ、ウマナケレバ、ヨカッタ!」
「っ!!」
瘴気が結界陣の中を満たす。
生者には瘴気は猛毒である。
エルシアは瘴気を吸い込み、一瞬にして肺がやられた。
「ごふっ……。あ゛ぁ゛、ぐるじい……ごっほっ」
口から大量の血が吐き出される。
堪らずにその場に膝をつく。
瘴気は肺以外にもエルシアの体を蝕み始めた。
体が徐々に紫色の斑点が現れ、視力も落ち始めた。
「ニクイ! ニクイィイイイ」
異形の怨霊と化したカリエラが迫ってきた。
瀕死の状態であるエルシアはなんとかして防御魔法を発現させる。
「わ、我の、威を示、せ、アイ、ギス」
既に視力が殆ど無くなってしまった瞳でカリエラを見つめた。
そして重い瞼を閉じたのだった。
――あぁ……ここで終わっちゃうんだ。でも最後にお母さんに会えてよかったな……。
『本当にこれでいいのか?』
――だってお母さんだもん。攻撃なんて出来ないよ。それに私さえ居なければお母さんは死なずに済んだ。
『ではなぜ防御魔法など使った。エルシアがそう思っていたら自ら母親の手で逝きたいだろう?』
――……。もうわかんないや……。
『では暴力、奇跡などではなく、己自身の手で母親を浄化する手段があったとしたらどうする』
――そんな手段があったら変わってたかもしれないね。
『ならば掴んでみせろ。神と言霊の力を』
――私は。
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