109悪質な噂
エルシアが熱を出し2日が過ぎた。
まだ熱は引かず、ベッドの上でうなされていた。
ファルトとアリスはエデルガーデン記念公園で警備を行なっているため居ない。
今家に居るのはルルとロナルドだけだ。
アンソニーは避難民の状況確認で忙しく、しばらく帰ってきていない。
そんな時だった。
外から罵声が聞こえてきた。
「片翼を出せー!」
「侵略者を許すな!」
ルルは何事かと門の内側から声を掛けた。
「いきなりなんですか? 失礼ですよ」
「ネタは上がってんだ! ここに居る片翼は天使と悪魔の先兵だとな!」
「そうだそうだ!」
「何を言っているんですか。そんなわけ無いでしょう。誰ですか、そんなたちの悪い噂を流したのは」
ルルと門の外に居る人達との間に感情的亀裂が入る。
2人の生い立ちも知らないでありもしない噂に踊らせられる彼らに温情なルルにも青筋が立つ。
だがすぐに落ち着きを取り戻す。
ここで乗れば相手の思う壺だ。
「はぁ……ふう。落ち着け私」
頬をパンパンと叩くと彼らに振り向く。
「片翼はどうやって生まれるか知っていますか?」
「あ? そんなの知るわけ無いだろ!」
「彼らは人間と天使、悪魔の間に生まれる存在です。国は極秘裏に人間を天界や魔界に送り出していたのです」
「それが俺らとどういう関係があるっていうんだ?」
「どうも関係ありません」
突然の否定に外にいる人は呆気にとられた。
そこにすかさず言葉を入れる。
「片翼とは天界、魔界共に禁忌とされています。仮にでも生まれたらどうするか。母親、父親共に殺されその場で殺されるか、この人界に堕ちるの二択です。その場で殺されたほうががまだまし……でしょうね。堕ちれば魔獣の餌になるのですから。それでもまだ片翼は先兵だと言いはりますか?」
「それは……」
「彼は今でも人類のためにエデルガーデン記念公園で戦っています。本当にいい子たちなんです」
「……」
その時サイレンが鳴り響いた。
人々は動揺するが、1人の言葉で落ち着きを取り戻す。
「大丈夫だ。あいつらは人の多い所に来る。ここには来ない」
「なんだ、来ないのか……」
「安心だな」
しかし魔王軍はこちらに近づいてくる。
異変に気がついた1人の男性は声を上げる。
「おい、なんだか近づいてきてないか?」
効率的に人を狩る為天使や悪魔は人の多い場所に集まる。
しかしエデルガーデン記念公園はアリス達学生が居てかなり効率が悪い為被害が出ないが少々効率は落ちるがそれなりの人が集まっている場所に狙いを定めたのだった。
ルルは即判断を下した。
魔法に耐性があるトレーニング施設に外で騒いでいた人たちを匿ったのだ。
ルルとロナルドは庭に出ると準備運動を始めた。
「お祖父様、久しぶりに体を動かすんじゃないですか?」
「ふん、まだまだ俺も現役だ。王国に仕えている役目は果たさなければならない。ルルこそ鈍っていないだろうな? あの氷帝と呼ばれた魔法使いが」
「ふふ、それは昔話ですよ。今はただの奥さんです」
「言ったな? では行くぞ! 我の威を示せ、フレイムバスター!」
「氷河よりいでし蒼き氷龍よ、今ここに顕現せよ。アイスドラゴン・クリエイション!」
ルルは魔法創造を行使する。
辺りの水道から水が溢れ出し凍りついていく。
それは一体のドラゴンの形を成すと近づいてくる魔王軍へと向かって飛翔する。
氷龍に攻撃が始まるが、痛みを感じない氷龍は空を飛んでいる魔王軍に向かって、セルシウス度マイナス273度の氷のブレスを吐く。
たちまち魔王軍の悪魔達は氷付いていく。
急いで防御魔法を自身に付与するが付与した表面が凍りついていきそのまま地上に落ちていく。
炎属性の攻撃魔法も飛来し、火だるまになるものも居た。
★
一方魔王軍では混乱が起きていた。
情報ではこの一体には学生も軍もいないはずだった。
しかしこうして次々に仲間が氷漬けにされて落ちていくのである。
新米教育にはちょうど良い場所かと思ったら藪をつついて蛇を出したのだった。
「くそ! 一度出撃したからには手柄を持って帰らなければ魔王様に申し訳が立たない! 最大火力であのドラゴンを破壊しろ!」
「了解だぜ!」
「我の威を示せ、ファイアエレメント=リコネクト、我の威を示せ、ヘルフレイム!」
ヘルフレイムと言っているが酸素アセチレン炎だ。
最高温度は3000度に達し、金属さえも切断する。
その温度に曝された氷龍はあっという間に溶けていく。
しかし魔法で作られた氷龍を溶かすには少し温度が足りない。
溶けたそばから再び凍り付き、決定打になっていないのだ。
「効いてな……冷た――」
「おい! だいじょ――」
再び氷のブレスが吐かれ悪魔達は凍り付き地上へと落ちていく。
しかし、その氷龍を突破して術者を狙ってくる悪魔達が居た。
それをロナルドが迎撃する。
だがルルほどの威力は出せず、足止め程度にしかならなかったのだ。
「氷龍の使い手の首貰ったあ!」
「死ねオラ!」
昔のルルであればそれも難なくいなせただろう。
しかし今は魔法使いと言う職業から離れてから時間が立ちすぎていた。
鈍った体にはそれを避けるほどの余力が無かったのだ。
氷龍の制御を外し防御魔法へと意識を切り替える。
「我の威を示せ、スフィアシールド!」
急いで作った防御魔法だけに魔力の斑があった。
そこを突かれ悪魔の剣が防御魔法を砕く。
剣がルルに突き刺さる。
の、筈だった。
「何い!?」
「我の威を示せ、アイギス=エモートセイバー!」
防御魔法とエモート防御魔法同士がぶつかり合い火花を散らす。
それを危険だと察知したのかすぐに離れようとした。
「我の威を示せ、ボディアーマー=エモートオーバードライブ!」
体の表面に防御魔法を付与し、エモート防御魔法で無理やり体を動かし相手の防御魔法ごと切断する。
それを見た悪魔が声を上げた。
「報告にあった不可解な魔法を使う片翼か! こんな所に居たとはな。もう1人の片翼のガキはどうした?」
「ファルトならここには居ないよ」
「そうかい。なら今が殺り時ってことだな!」
「ルルさん! 早く氷龍の制御を!」
「え、ええ!」
ルルが再び氷龍の制御に移ると、溶かされかけていた氷龍が水道からの水供給により再び体積を増し凍る。
魔王軍はこのままではまた凍らされ落とされると危惧し、全軍がエルシア達が居る家へと殺到する。
近づいてしまえば氷龍は氷のブレスを吐く事はできない。
飛行速度は氷龍より魔王軍の方が早く、氷のブレスを吐きながら魔王軍を追いかける。
(このままじゃ囲まれちゃう! ルルさんの氷龍も近づかれたら意味がない。きっと誰かが応援が来るはず。それまで耐えないと!)
エルシアは熱と頭痛がする頭で考える。
今にも倒れそうだが我慢する。
「全魔力で遊撃するしか……! 我の威を示せ、アブソリュートディフェンス=エモートニードル!」
エルシアの体から急速に魔力が失われていく。
上空100メートル以上の高度から高速で向かってきていた魔王軍は突如発生した不可視の針に防御魔法ごと貫かれた。
「やったのか?」
「エルシア、よくや……エルシア!?」
「む! どうした?」
そこにアリスが飛び込んできた。
「大丈夫ですか! エルシアさん?」
ルルは急いでエルシアに近寄ると呼吸を確認する。
続いて脈も確認した。
結論から言うとエルシアは息もしてなければ心臓も動いていなかった。
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