108限界を知る
昼飯を食べた後すぐ今度は天使の襲撃が起きた。
エルシアはまだ回復しきっていない体を奮い立たせ魔法を行使した。
アリスの跳躍に合わせてエモート防御魔法を展開する。
そのおかげで魔王軍の時と同じくして、天界騎士団の隊長格の天使と副官の天使を早々と葬ることが出来たのだ。
「一体何だ! あの人間は化け物か!」
「失礼ですね。私は化け物ではありません」
「ひっ――」
「さようなら」
アリスがまた1人天使を殺す。
またしても地上に臓物が撒き散らされるが気にしていては戦いにならない。
王国軍もそれなりに成果を上げているようだ。
しかし魔法が得意ではない人が多く、急ごしらえの防御魔法を使っているが、学生から見ればかなり幼稚なものだった。
以前防御魔法を発生させる魔道具があったが、今はすべて王城の守備に回されており、エデルガーデンほどの大都市でも手に入らないのだ。
軍といえども例外ではない。
「この! 降りてこい、天使共め!」
「落ちろ、この白羽!」
白羽、黒羽。
軍の下っ端から天使と悪魔のことを指す言葉が生まれた。
それは徐々に広まっており、ほとんどの兵士が使うようになっていた。
軍が戦う姿を横目に見ながらアリスはエルシアに次の足場の依頼を出していた。
「エルシアさん次の足場を!」
着地体制に入り足場を待つ。
しかしいつになっても足場は生成されず、アリスはエルシアが居るエデルガーデン記念公園内を見た。
そこには他の学生に介抱されているエルシアの姿があった。
(エルシアさん!? やはり無理があったのですね)
アリスはそのまま地上に降りるとエルシアの元へ駆けつける。
介抱していた学生はどこかで見たことがあった。
それは同じ学園、同じクラスのクラスメイトだった。
「シルヒハッセさん! 委員長がさっき急に倒れて……。おそらく魔力が枯渇してるのかと」
「介抱ありがとうございます。二人分がんばりますので、貴女はエルシアさんの介抱をよろしくおねがいします」
「わ、わかりました! お気をつけて」
アリスはその後も戦い続け、学生と軍で天界騎士団を追い払う事ができた。
軍からも一目置かれる存在となり、軍はアリスにできる限りの支援を約束したのだった。
その夜。
珍しく悪魔、天使のどちらの襲撃もなく、ゆっくりとした時間が流れていた。
エルシアも目を覚まし、今は食事中だ。
アリスはファルトを木の陰に呼び出し、2人の身に起きている事を問い詰めた。
「ファルトさん。渡守様に寿命を取られた時から2人の体調は劇的に悪くなりました。2ヶ月。これがどのような影響を与えているのか分かってて戦っているのですか?」
「……ああ。特に言う必要もなかったからな」
「なんですかその言い方は! エルシアさんはあんなになって、ファルトさんだっていつ倒れてもおかしくないのですよ!」
「声が大きい。もう少し抑えて話せ。エルシアに聞こえる」
「話してくれませんか?」
「話してどうなる?」
アリスは思わずファルトの胸ぐらを掴んだ。
「話してくれないと何もすることができません。話してください」
更に表情が険しくなる。
ファルトが口を開いた。
「話していいんだな? 後悔はしないな?」
「いいから話してください」
「エルシアは残り2ヶ月持たないぞ。今から持って1ヶ月。そこらで命は尽きる。俺はエルシアよりかは持つだろうがそれほど変わりなく死ぬだろうな。今起きているのは老衰による体力、魔力の低下、いくら休んでも休み足りない体。もう起きているだけで精一杯なんだよ」
「起きているだけで精一杯って、そんな状態で戦闘なんてしたら!」
「ああ、早死するだろうな」
ファルトを突き飛ばした。
寿命を取られる前であればよろけるだけで済んだだろうが、尻もちをついてしまった。
慌ててアリスは手を差し出が、ファルトはその手を取らなかった。
「もう俺たちの事は忘れて生きろ」
そう言うとエルシアの元へ戻るのであった。
1人木の陰に残されたアリスは歯を食いしばり、木を殴りつけたのだった。
「忘れられるはずないでしょう……。私は親友を見捨てない! 絶対に」
★
天界と魔界では1つの話題で持ち切りだった。
人界に化け物じみた剣士が居ると。
いわく、防御魔法は役に立たず、付与している上から斬り捨てられる。
いわく、砲弾並みの速度で跳躍し我々の領域である空まで駆け上がってくる。
天界では天界騎士団総隊長に話が通っていた。
「それは本当の話なのか?」
「はい。生き残った者が言っておりました」
「人界に侮れない剣士が居る……か。よし、その剣士がいる地域は襲撃するな。他の場所に今まで当てていた騎士を回せ。悪魔には伝えるなよ」
「はっ!」
「これで悪魔も消耗してくれればいいが、噂がどこまでの物か確かめたいものだ」
魔界、魔王軍では。
「何? そんなに強い人間がおるのか?」
「いるっすよー! 信じてくださいよー!」
「うーむ。……良かろう。信じてやる」
「た、助かった……」
「全ての魔王軍に伝えよ。そいつがいる侵略地点には今はまだ近づくなと。天使に漏らすんじゃないぞ?」
「はい!」
★
学生が動員されて5日が経った。
エデルガーデンの指定避難場所の記念公園には初日を覗いて襲撃はなかった。
しかし他の地点では襲撃は続いており、苛烈を増しているとの情報が入っていた。
軍は一部の兵士を残し救援に向かうことが決定した。
とある場所、隠れ家にてエインズ・ワイズマンが部下に指令を出していた。
ワイズマンはシルヒハッセが戦果を上げていることを大層よく思っていなかった。
そこでとある噂をエデルガーデンで流す事にしたのだ。
「いいか? 片翼は敵の先兵だったと噂を流せ。それで不安を煽れば民衆は皆シルヒハッセへとヘイトを向けるだろう」
そう言うと10人は居た男たちは駆け足で外に出ていった。
そして笑うワイズマン。
「天下を取るのは私だ。邪魔などさせんぞシルヒハッセ」
★
エルシアは一時シルヒハッセ邸に帰宅していた。
体調を崩したのだ。
医者の診断によると風邪の様だ。
体温は38.5分もある。
「ごほごほ……。風邪引いちゃったなぁ。皆戦ってるのに私だけ寝てていいのかなぁ」
エルシアは目を瞑る。
頭の中で色々な事を考えていた。
(どうすれば平和な世界を残せるんだろう……。以前は封印があったんだ。あの人もど~やってかは知らないけど封印を成し遂げたんだ。私達にも出来るはず)
そんな考えをしている内に眠りへと落ちていった。
その夜、エルシアは夢を見ていた。
遠くでカリエラ・エル・シフォーニとアドルフ・レイ・シフォーニ。
つまりエルシアの母親と父親が楽しそうに話をしていた。
両親に近づこうと必死に走る。
しかし体は重く、思うように歩くこともできない。
それでも這いつくばり、両親へと近づく。
その時カリエラとアドルフがエルシアの方に向き声をかけた。
「まだこっちには来てはいけないよ」
「自分の成すべきことを成しなさい」
そこで目が冷めた。
時計を見ると朝の6時だった。
「夢……?」
まだ気だるいが動けないことはない。
熱を測ると37.3分まで下がっていた。
リビングにはルルとロナルドが居た。
「おはよう。エルシア」
「おはよう~」
「もう熱は下がったの?」
「ん~、まだかなぁ……」
「朝ごはん持っていってあげるからまだベッドで寝ててね」
「は~い」
そう言うとエルシアは自室のベッドに戻るのであった。
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