107徴兵命令
連日朝昼晩続いている戦争に王国軍兵士も疲れの色が見え始めてきた頃、最高司令官が再びカメラの前に立った。
『えー。戦況が悪化しており、王国軍だけでは対応しきれなくなりました。えー。なので徴兵命令を発行します。魔法を習っている高等部の学生と冒険者達が対象になります。天使、悪魔が来た時は戦うことを義務付ける。これは戦時下のみ有効であり、全ての対象者に強制権があります』
この放送があってから反戦デモに加えて徴兵命令反対デモも増えたのだ。
今でも自分たちは悪くないと言う認めさせたい自己顕示欲が溢れ出している。
更に難民の増加と領土を奪われたことによる食料危機も起き始めていた。
それに伴い強盗や万引、無銭飲食などが横行し始める。
シルヒハッセ邸では暫定政府、軍の最高司令官から手紙が送られてきていた。
王国に仕える者として責務を果たせと言う内容だ。
つまり戦地に趣き、敵と戦い死んでこいと言う事だ。
「自分たちは命令するだけで高みの見物ですか。最低ですね」
「まあ、命令する奴が死んだら誰も動けなくなるからしょうが無い」
「よーし! お母さんとお父さんの仇取っちゃうもんね!」
アリスは危惧していた。
未だに体の重心は傾いており、あの日以来元の調子に戻っていない。
「……」
「……リス……アリス!」
「え? はい、どうしましたか?」
「聞いてなかったのか? 俺たちはエデルガーデン記念公園の警備だってさ」
「がんばろーね」
「ええ。頑張りましょう」
エルシアとファルトに無理はさせられないとアリスは強く思った。
自室に置いていた天叢雲を手に取ると制服に着替える、外に待機しているルルの 車に乗り込む。
既にあたりに残っている一般人は少ない。
エデルガーデン記念公園の周囲は車で大量だが、近くまでは車で行ける。
車は時速60キロでエデルガーデン記念公園へ向かう。
20分かけ近くまで行く。
車を降りようとしたアリスはエルシアとファルトに家に帰るように言う。
「なんでだ? 俺たちじゃ役に立たないって言いたいのか?」
「そうだよー」
「いえ……。相手が天使と悪魔なので2人の翼は畏怖の的になるのではないかと思いまして」
「何だそんなことか。別に気にしてないからどうでもいい」
「敵は敵、味方は味方。ただそれだけだからね」
そう言うとエルシアは外に飛び出した。
その瞬間周りの避難民から視線が集中した。
ファルトも続き外に出る。
嫌でも2人に視線が向く。
アリスは外に出ると周りにガンを飛ばす。
「っ!」
視線を向けていた避難民は直ぐに目をそらす。
(これでよし。2人も制服を着ているので間違って攻撃されることはないでしょう)
念の為アリスは2人の近くに居ることにした。
辺りを警戒しているとサイレンが鳴り響く。
避難民からどよめきが上がる。動員された学生は協力して広大なエデルガーデン記念公園に防御魔法を展開した。
そこに悪魔が襲来する。
「我の威を示せ、ファイアランス」
火災を起こすのと人を焼く、そして消費魔力も少ない攻撃魔法だ。
だが威力は低い。
「お? 魔法が弾かれたな……。防御魔法か。お前ら油断すんじゃねえぞ」
「わかってら!」
そこに不可視の刃が届く。
1人の悪魔が切られ地上へと落ちていく。
悪魔たちが視線を向けるとそこにはエルシアが居た。
「隊長! あいつ片翼だぜ! 天界の恥晒しだな」
「油断するなって言ったばかりだろ。あの片翼は変な魔法を使う。留意せよ」
「りょーかい! オラ! 行くぞ!」
多数の悪魔がエルシアに向かって飛んでいく。
そこにファルトの攻撃魔法が飛来する。
不意打ちをするが2度目は通用せず防御魔法で防がれた、魔王軍を驚かせる事はできたようだ。
「悪魔の片翼だとお!? 前噂になっていたが死んだんじゃなかったのか」
「よっしゃ! 俺が殺してやるぜ」
1人が隊列を離れファルトへと向かう。
「おい、よせ!」
「我の威を――」
「威を示せ! 天叢雲!」
スパンとアリスが跳躍ついでに悪魔を斬り捨てた。
悪魔は上半身と下半身が別れ地上へと落ちていく。
魔王軍2度目の驚きである。
「あの人間身体強化も無しにこの距離を飛ぶのか!? 本当に人間なのか? いいや、あの人間は高度を上げれば上がってこれまい。上空から攻撃魔法を撃て」
魔王軍は高度を上げると防御魔法を付与しつつ攻撃魔法を地上に雨のように降らす。
一発一発が弱いファイアランスであるが魔王軍は学生達とは魔力量も違い、威力も人間より高いのだ。
エデルガーデン記念公園に防御魔法を張り巡らせている生徒達の負担もかなり大きい。
「エルシアさん、ファルトさん! 魔王軍の雑魚を狙ってください! 私は指揮官を引き受けます」
「分かった!」
「おう」
アリスは身体強化の攻撃魔法を自身に付与する。
そして先程命令を出していた悪魔に力を込め一気に跳躍する。
砲弾の如く跳躍したアリスは下から刃を滑らせ、防御魔法が付与されている魔王軍指揮官を真っ二つにする。
神格防御魔法でさえ斬り裂く天叢雲の前にはただの防御魔法など無いに等しい。
「なんだあの人間は!? 地上から100メートルは離れてるんだぞ!?」
「副官! どうすんだ!」
「おい、返事をしろ」
「ば、馬鹿野郎! 俺に話しかけたら副官だとバレるだろ!」
アリスは今落下中だがその話を聞き、見ていた。
ファイアランスの雨を自身に防御魔法を付与し防ぐ。
更にもう一度跳躍し副官に迫る。
だが指揮官は短距離転移で避けたのだ。
転移先で直ぐに高度を上げようと翼をはためかせた時だった。
「エルシアさん! 足場をお願いします!」
「了~解! 我の威を示せ、アイギス=エモート床!」
上空のアリス足元にエモート防御魔法を使った床が作られた。
そこに足をつけ力を込め、全力で斜めに飛ぶ。
刹那の瞬間で距離を詰められた副官は認識するより前に命を落とした。
エルシアは2つの魔法を使いつつ床を生成しアリスを元の位置に誘導する。
魔王軍は指揮官と副官を亡くし、それぞれが好き勝手な行動を取り始めた。
それにより学生達も反撃しやすくなり防戦一方だった戦況は変わり始めていたのだ。
学生が魔王軍と戦い始めてから10分後、王国軍が車両でやってきた。
すぐに学生の中に入り込みミックス弾で応戦を始める。
そして分が悪くなったのか魔王軍は占領した街へと退却を始めたのだった。
「はあはあ……。やったね、アリスちゃん!」
「ええ。やりましたね、エルシアさん」
この日のアリスは避難民達の間で一騎当千の鬼神と囁かれシルヒハッセ家の名声が上がった。
それによりアリスの連れていたエルシアとファルトの印象も良くなったのであった。
昼頃になり、悪魔の死体処理が進みスプラッタと化していた物も片付けられ、風が匂いを飛ばしていた。
しかし内臓やら脳やらが飛び散った遺体もあったため細かな物はその場で燃やされている。
「エルシアさん、ファルトさんお昼ですよ。軍の炊き出しに行きましょう」
「あ、私ちょっと疲れちゃったからもうちょっと休憩してから行くね」
「俺は食べるわ。エルシアの分までもらってくるから安心してろ」
「うん。ごめんね」
そう言うとエルシアはベンチで横になった。
アリスとファルトは2人で炊き出しに行き食事を貰ってくる。
昼飯はおにぎりと豚汁の2つでエルシアの分を含め3つ貰った。
エルシアの元に戻ると、まだ気だるげそうな体を起こし昼飯を食べる。
アリスは何か言いたそうな顔をしている。
ファルトはそろそろ隠し通せそうにないと、どう話すか考え込むのであった。
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