106苦戦
アヴァロンや周辺都市には荷物を抱えた人や車でごった返していた。
民衆に余裕はなく、いつ爆発してもおかしくなかった。
憲兵達はそれを監視しながら避難所へ案内する。
「避難所はこの先3キロ先です! 押さないでゆっくりと移動してください!」
とある家族が話をしていた。
「お母さんお腹すいたー」
「さっき食べたばっかりでしょ? 我慢しなさい」
「えー! あれだけじゃ足りないよ! もっとちょうだい!」
騒ぐ子供に舌打ちをする者がいた。
それが聞こえていた母親がとっさに謝る。
「すみません。すぐに言い聞かせますから」
そう言うとすぐに子供を落ち着かせようとする。
しかしそう簡単には行かないのが子供である。
言い聞かせをさせようとすればするほど子供の声は大きくなり、歩いていた歩幅は止まる。
「お腹へった! お腹へったのおおお! ご飯頂戴!」
「静かにしなさい!」
「びええええ!」
「おい! うるせえぞ! さっさと歩け!」
「後ろ詰まってんだ! 早くしろ!」
親がひたすら謝る中、子供は大声で泣き喚く。
歩道に横になり足をバタバタと暴れる。
周りからより一層冷たい視線と怒りが飛んでくる。
泣きたいのは母親の方だった。
「第一お前、父親はどうした? まさか片親か?」
「夫は先日の襲撃で亡くなりました」
「へ、そんな親だからその程度の子供しか生まれないんだ」
「……」
「なんか言い返したらどうだ!?」
「このお!」
母親の堪忍袋が切れ、後ろにいた男性に掴みかかる。
異変を察知した憲兵がすぐにやってきた。
「こら! そこの2人止めなさい!」
「俺は何もしてねえよ! この女とガキが最初に仕掛けてきたんだ!」
「この人が夫のことを馬鹿にしたから!」
「びえええ!」
「話は車の中で聞きます! ついてきなさい!」
母親は歩道で横になっている子供を抱えると憲兵の後について行った。
絡んだ男はその内に人混みに紛れ込み姿を消したのであった。
★
最高司令官は軍の本部を王城に移した。
いつ上空から敵襲があるか分からないため、防御力が高い王城にしたのだ。
「……避難状況はどうなっている?」
「アヴァロン周辺都市の指定避難場所に誘導中ですが、土地が足りなさそうです」
「王城を避難場所として開放すべきか」
「南方からの緊急連絡です! 天使の軍勢が現れました!」
「ついに天使も来たか。ミックス弾で応戦しろ!」
通常弾と特殊弾を混ぜたマガジンを称してミックス弾と呼んでいるのだ。
特殊弾をあまり使わず、防御魔法の魔力を分解した所にアサルトライフルの連射力で通常弾を貫通させるのがミックス弾のコンセプトである。
軍隊はすぐに車両に乗り込むと現場へ急行する。
近くの駐屯地からも出撃した。
天使たちは槍と魔法で人々を殺害している。
建物の中に逃げ込んだ者には炎属性の攻撃魔法で追い打ちを。
地下に逃げ込んだ者は水攻めを。
立ち向かってきたものには槍で串刺しに。
「騎士達よ! 仲間や家族、友人を殺された恨みを晴らせ!」
「はい!」
「隊長! 遠くから鉄の馬車が向かってきています!」
「遊撃しろ!」
「我の威を示せ、ライトニングアロー!」
天使の攻撃魔法に被弾した軍用車両は左右に振れながら建物に突っ込み炎上した。
後続の車両は窓から身を乗り出すとアサルトライフルで天使に射撃した。
司令部の思惑通り天使の防御魔法を貫き上空から地上へと撃ち落とす事ができた。
「トーマス! この人間め、よくもトーマスを! 我の威を示せ、マナ・エクスプロージョン!」
車両を起点に爆発が起こり、5両の車両を破壊した。
それに浮かれていると違う地点から車両が接近してきていた。
特殊弾頭の4連装ロケットランチャーを発射した。
生活魔法のホーミングが付与されており、天使に向かって飛んでいく。
防御魔法を付与するが魔力が分解され爆発をもろに受ける。
「防御魔法で受けるな! 攻撃魔法で対抗しろ!」
再びロケットランチャーが放たれる。
「我の威を示せ、サンダーレイン!」
自分と相手との間に雷の雨を降らせる。
金属で出来ている弾頭は雷を誘引し、火薬が爆破する。
新米の天界騎士団の天使はそれにガッツポーズを取る。
しかしすぐに上官が檄を飛ばす。
「安心するのは早いぞ! 気を引き締めろ!」
「はい!」
新米が多い天界騎士団は人類の戦術に苦戦していると、そこに魔王軍が現れた。
天界騎士団の隊長は訝しんだが、天界と魔界で交わした協定がある。
嫌でも共闘しなければならない。
「よお。苦戦しているようだな」
「悪魔が何のようだ? 笑いに来たのではなかろう?」
「ハハハ! 手伝ってやろうと思ったんだよ。お前ら! そこら中に隠れている蛆虫共を探す出せ!」
「おう!」
「我の威を示せ、ライフサーチ」
生活魔法ライフサーチは生命力を持っている全ての生物を感じ取る魔法だ。
魔力探知と違って縦方向の識別が出来ないが誰でも使えるお手軽な魔法である。
お手軽と言っても全ての生命力を持つ生物が対象のため絞り込むのが難しいが。
「居ましたぜ。あそこの物陰に10人、あの建物に27人、あっちに18人だ」
ライフサーチはその他にも術者の技量で生命力の大小を識別できるようになる。
人間の生命力を分かっていればその他の生物と分類できる。
「我の威を示せ、イリュージョンバリアー」
幻惑を起こす結界を辺り一帯に展開した。
下では人間たちの叫び声と銃声が相次いで聞こえてくる。
今まで隣りにいた戦友が突然天使になっているのだ。
とっさにトリガーを引いてしまい同士討ちになっている。
「ふん。悪魔の手など借りずとも直接手を下すこともない」
「強情な奴だ。せっかく手を貸してやったのにな。なあ、お前ら」
「そうだそうだ!」
「なんとでも言え。我々天界騎士団は悪魔の手など借りん」
「ほーう。それじゃあ俺らは蛆虫狩りと洒落込もうか。行くぞ!」
そう言うと悪魔たちはより都心部へと向かっていく。
天界騎士団は残った王国軍兵士を殲滅すべく、幻惑結界を解除した。
そこら中から叫び声が聞こえ、そこに天使達が槍を構え突撃していく。
★
軍司令部では非常にまずい雰囲気が漂っていた。
「第1小隊通信途絶……。第2、第3小隊とも通信途絶しました……」
「残りの部隊はどれくらい残っている?」
「第4から第8小隊までが戦闘しています。戦闘している小隊で連絡を取れる所はそれだけです」
「まずい……敵の抵抗が激しい」
「悪魔までも現れたとの情報もありますが……」
「悪魔と天使が手を組むなど……」
司令官は決断を迫られていた。
このまま兵を無駄死にさせるか撤退命令を出し、兵を戻すか。
だが今の状態ではどちらにしても相手からの追撃がある為、兵の消耗は避けれないだろう。
「第5小隊残存兵力残りわずか! 第7小隊残弾ゼロ!」
「第7小隊を戻せ。地下を通らせろ」
「了解。こちら司令部。第7小隊聞こえるか?」
「報告! 民間人避難区域に悪魔が侵入! 遊撃のために動き出した模様!」
「もう我が方の兵力と補給も無いぞ! 民間人まで回せん、違う駐屯地から兵を出させろ!」
この日天使と悪魔、人類とも両方に多大な死者をだし、実質人類は敗北した。
街を奪われ避難していた民間人も虐殺され、守りに行った兵士達も死んだ。
日に日に戦況が悪くなる人類。
守るべき民衆からも罵声が上がり、新たな命令が出たのは3日後の事だった。
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