104封印の崩壊、殲滅宣言
エデルガーデンのシルヒハッセ邸に着いた3人。
アリスがタクシー代を支払うと鍵で扉を開けた。
「ただ今戻りました」
「アリス一体どこに行って……、エルシアとファルトじゃない! 拐われたって聞いてたから心配してたのよ。それにその格好は何? 早く着替えてきなさいね」
「はーい」
「分かった」
2人は2階の自分たちの部屋へ行くと着替えるのであった。
アリスはルルに事のあらましを話す。
するとリビングに点いていたテレビに速報が流れた。
『速報です。今日午前6時頃アヴァロン州王城、軍駐屯地にて大量の遺体が発見されました。その中にはガブリーラ女王陛下の遺体もあり、死因は不明です。』
「これが話してたこと?」
「はい。ガブリーラは闇に飲まれて死にました。エルシアさんとファルトさんを利用しようとしていた人たちも」
「そう……。それで2人は――」
その先を話そうとした時だった。
テレビのニュースキャスターが新しい速報を読み始めた。
『現在上空に魔法陣が空一面に広がっているとのことです。詳しいことは不明。家の中、近くの店等に避難してください』
アリスとルルは窓を開ける。
そして空を見上げると神代文字で構築された超複雑な巨大魔法陣が空一面に広がっていた。
それは不安定な光りを発し、今にも破綻しそうな魔法陣だ。
「天叢雲が反応している? まさかこれは!」
その時ドタバタと階段の方から音がした。
アリスが見に行ってみると、階段から落ちたエルシアとファルトの姿があった。
「いってえ」
「あいたた……」
「どうしたのですか、2人とも!」
「ああ、エルシアがよろけてな。支えようとしたら俺まで落ちたんだ」
「ファルトさんにしてはどじですね。まだ回復してないのでしょうか……。それより! 外を見てください!」
「外?」
3人はエントランスから外に出ると空を見上げた。
先程見たときよりも魔法陣は不安定になっており破綻寸前だ。
そして魔法陣に亀裂が入っていく。
それは小さな亀裂だった。
次第に亀裂は連鎖し、より大きな亀裂へとなっていく。
「壊れる」
ファルトが一言。
その瞬間魔法陣はバラバラになり砕け散ったのだった。
強風が吹き荒れ空間が歪む。
そこには空に浮かぶ大陸の姿が2つ現れたのだ。
「何でしょうか、あの大陸は」
「あれは……俺の」
「私の」
「故郷」
2人が同時に言う。
今まで天界と魔界は別空間に存在していたが例外的な行き来ができていた。
しかし封印が無くなった今、天界と魔界は人界の空へと再び現れたのだ。
民衆が空に現れた大陸を見ている中、空から魔法で声が響いた。
それはエルシアとファルトにとって二度と聞きたくない声だった。
『我々天界騎士団は先の報復としてアリオス・レイ・トラウドの名で』
『妾の魔王軍は先の虐殺の報復としてアレクサンドリア・ミレアニの名の下に』
『人界に存在する全ての人類を絶滅させることとする』
テレビでは今の宣言になんとコメントして良いか困り果てていた。
しかし直ぐに番組は緊急放送に切り替わった。
まだ生きていた軍関係者がコメントを発表したのだ。
戦争はまだ終結していないと。
『えー。天界、魔界共に一般市民を含め軍に多大な損害を与えたことは事実です。えー。今回の戦争に駆り出された新兵器は既に破壊されており、空を飛ぶと言うアドバンテージを持っている天使と悪魔に苦戦するものかと思われます。先の事件で軍も壊滅的な被害を受けており残存戦力で対抗せざる負えません』
伊邪那美の闇は戦争に参加していない兵も含め軍の8割を壊滅させており人界に残された戦力は凡そ3万程だ。
いくら天界騎士団や魔王軍を撃滅したからと行って相手は空の上。
人類がどんなに背伸びしようが銃を向けようが届かない。
その間に再び軍を再編成され人界に天使と悪魔が来るだろう。
『今から銃の指導をしていては間に合いません。冒険者の皆様、こういうのは悪いですが。死にたくなければ戦ってください』
その言葉に王国民は激怒した。
王国のトップが居ない中、ヘイトの集う先は会見した軍の関係者である。
直ぐに軍の施設にヘイトデモが行われた。
戦争が始まることは確実。
一人でも多くの人間が看板を持ち和平の交渉に挑めとデモを始めたのだ。
その裏には自分は死にたくない、自分は最初から戦争には反対だったと言う言い訳を作りたいだけである。
★
その日の夜。
ファルトはエルシアに認識阻害の結界まで張らせて2人で話を始めた。
「エルシア、もう体調の事は気がついているだろ?」
「うん。だるくてだるくて、いくら休んでも良くならない」
「この症状。俺、いや俺たちは見たことあるはずだ」
「え?」
「ネルガンの爺さん覚えているか?」
「師匠?」
エルシアはそこまで聞いてファルトが何を言いたいのかを理解した。
寿命による体力と魔力の低下、異常な眠気。
全てネルガンの時に起きたことだ。
「そっか。実感は無かったけど私達ももう終わりか~短かったね」
「そうだな。最後に何か残せたら良いと思うんだが」
「私達なにか残せるのかな?」
「わからん」
「私は平和だったこの世界を残したいな」
「? 世界を残す?」
エルシアの突拍子もない言葉にファルトは思わず聞き返してしまった。
「うん。人界も天界も魔界も一切の干渉を受け付けず双方が平和に過ごせる世界を残したい」
「はは、夢物語みたいだな」
「そのためにも! 私達に出来ることを頑張ろう!」
「おう。残り2ヶ月走り抜こう」
認識阻害の結界を解く。
それだけでもエルシアの魔力は底をつこうとしていた。
「はあはあ……」
「大丈夫か?」
「はー。ふー。大丈夫……寝れば良くなるから……」
エルシアはそのままベッドに倒れ込むと寝息を立てた。
それを見届けたファルトはベッドに倒れ込む。
直ぐには眠らずに考えを巡らす。
(世界を残すか……。一体どうやったらそんな事が出来るんだ? 残りの寿命じゃ渡守も請け負ってくれないだろうしな)
1人の死者蘇生の秘術でも寿命の半分700年を持って行かれたのだ。
世界を分割するような奇跡を起こすとなれば死者蘇生どころの話ではないだろう。
それこそ天地開闢に等しい。
(残り2ヶ月で出来るのか? 2ヶ月も持たないかもしれない。何としても生きている間に成し遂げないと)
★
「アリオス様。天界騎士団再編成完了しました」
「ご苦労。ドリアドを呼べ」
「はっ!」
ドリアド・レイ・アルターニは天界騎士団の長であり天界最強と言われる天使である。
今回の人類殲滅作戦の最前線で指揮を取ることになっている。
「お呼びですかアリオス様」
「呼んだのは人類殲滅作戦の事だ。希望など与えず1人残らずに殺してこい。魔界の悪魔共も同じ事をやるそうだ。屈辱だが一時休戦の申立をした。悪魔には構わず人類だけ狩れ」
「はっ! アリオス様のお心のままに」
★
「新生魔王軍よ! 天界から一時休戦の報が入ったのじゃ。今は天界と戦争している時ではない。人類を撃滅する時じゃ! マベニウスの仇を、家族を、友人を今こそ取るべき時! 皆のもの! 出陣じゃ!」
「おおお!」
「殺せ! 殺せ!」
魔王軍は家族や友人を王国軍兵士に殺された者を積極的に雇入れ、仇討ちの機会を与えたのだ。
その恨みの力を利用し通常以上のポテンシャルを発揮させようとしていたのだった。
ここに後に記録される天魔人界虐殺戦争と呼ばれる出来事の始まりだった。
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