10奇跡と代償
『大御神の代行者たる我が命ずる。天之癒』
エルシアを光が包み、その光が金色の水滴になり身体に浸透していく。
先程までの苦しみの表情は一切なくなり、感じる魔力もほぼ全回復しているのがファルトにはわかった。
『了。病も治しておいた』
「本当か? エルシア助かったぞ!」
「う、う~ん。あれ? 私また無理しちゃったのにさっきより元気になってる!」
2人が喜んでいる中、口を挟んできた。
『喜んでいる所悪いが代償を払ってもらう』
「代償? 何の話?」
「ああ。エルシアを助けるために奇跡を起こしてもらったんだ。その代償って話だ。で? 代償は何なんだ?」
『2人の寿命を100年ずつ貰い受ける』
それを聞いたときファルトはキョトンとした顔になった。
聞き取れていたがあまりの代償に頭が理解出来ていないのだ。
もう一度聞き直すことにした。
「は? あ? え? なんだって?」
『しつこいぞ。2人の寿命を100年ずつ貰い受けると言っただろう』
しっかりと自分の頭で再度認識し不条理に反論した。
「なんでエルシアの寿命も取るんだ! 俺が願った奇跡なんだから俺の寿命だけを取れ!」
『少し勘違いをしているようだ』
「何を言って……」
『先程も言っただろう。2人で1つのオールだと』
「だからそれがどうした!」
『まだわからないか? 私はオール、お前たちに現世に呼び出された。そしてエルシアが倒れた。そこで残りのハーフオールをもう1人の代弁者として理解した。即ちファルト、お前の決定がエルシアの総意となった』
「そ、そんな馬鹿な……俺はエルシアを救おうとして……」
受け入れたくなかった。
相手が話している途中からはっきりと理解していた。
2人で1つのオールだと。
降臨させてしまった以上1人が倒れても片方が残れば奇跡はなる。
「俺は……俺は……ただ、エルシアを救おうとして……エルシアを巻き込む気はなかったんだ。俺はなんてことを……」
「ファルト」
パチンっとエルシアの平手打ちが決まった。
それにはファルトも驚きの顔を表していたのだった。
「ファルトは悪くないよ。何も悪くない。私を助けてくれたんだよ? そんな代償の事なんていいの。ただ思いを形にしただけなんだよ」
「エルシア……」
『覚悟は決まったか?』
「私とファルトの寿命を持っていってください」
『……代償は払われた』
代行者が幽世に帰ろうとした時、それを呼び止めた。
「師匠の、師匠の寿命を返してください!」
『あの人の子か。無理だ』
「ど、どうして! 奇跡をおこせるんでしょ!」
『わかり易く説明しておこう。寿命とは1本の蝋燭と考えよ。それは生まれた時から炎により短くなっていく。炎を激しく燃やせばその分だけ短くなる。そして短くなった蝋燭は、あとは燃え尽きるだけ。即ち一度短くなったものは決して元には戻らないということ』
「で、でも奇跡で!」
『お前たちは理解力が欠けているのか? 仮にも私は現世と幽世の渡守の一柱の代行者。そんな規則違反できるわけ無いだろう』
流石にエルシアも引き下がるしかなかった。
一度削れてしまった寿命は元には戻らないという事実。
そんな事ができてしまえば奇跡の代償は代償たる意味を失う。
『理解できたか?』
「……はい」
『せめて最後まで付き合ってやることだ。それが老い先短い人の子への捧げものだ』
そう言うと光となり幽世に帰ってしまったようだ。
空にあった門も閉まり、いつもの青空が戻ってきた。
「師匠! 起きてください!」
「おい、爺さん起きろ!」
2人でネルガンを起こす。
呻きながら目を開け、身体を起こした。
「すまんのぅ。やられてしまったわい。すまない、儂の不手際であの様な恐怖を与えてしまって」
「そんなことより師匠の寿命が!」
「そうだよ、そんなことはどうでもいいんだ。爺さんの寿命が明日の24時までになっちまったんだよ」
「そうか。老い先短い儂の事じゃ、寿命が明日になっても驚かんわ」
ほほほっと笑う。
だが、エルシアとファルトは納得しなかった。
あの時プレッシャーに負けていなければ、こうなる事は無かったと。
「エルシア、ファルト。お主ら頑固だのぅ。これでは人間の街に出てもうまくやって行けんぞ」
「で、でも!」
「エルシア、それにファルトよ。もっと柔軟になれ。硬い精神は時にあっさりと砕け散るじゃろう。柔軟な精神を持て生きよ」
「わかり……ました」
「ほほほ、では家に入るか。2人とも埃だらけじゃ。風呂でも入ってさっぱりしてくるがいいぞ。2人一緒での!」
「し、師匠! それは駄目です! ファルトがへんたいおおかみさんになっちゃいます!」
「うおーい!? 誰がへんたいおおかみさんだ!」
3人は家の中へと入っていったのだった。
★
お風呂にて。
ファルトが最初に風呂に浸かっていると、不意に先程の行動が恥ずかしくなって来た。
先程とはエルシアを庇い覆いかぶさったことや、奇跡を起こすときのセリフなどだ。
「っかぁ~! こっ恥ずかしい! とっさにとった行動とはいえ、あれは恥ずかしい! せめてもの救いは爺さんに聞かれなかったことだが……」
「ファルトー、着替え置いておくよー!」
「あ、ああ、わかった」
不意にエルシアの声が聞こえてびっくりしたファルトだったが、とっとっとと離れていく足音に心を鎮める。
「はぁ、びっくりしたぜ。流石に俺の教育が効いているな。これで入ってこられたら恥ずかしすぎて死んじまうぜ……」
すると再び足音が風呂場に近づいてきた。
何か忘れ物でも届けに来たのかと思い声をかけようとしたその時、しゅるりっと布が擦れる音が聞こえてきたのだ。
「んな!?」
鎮めた心が再び火がつく。
なんとかして逃げなければと辺りを見渡すが、小さい小窓があるだけで唯一の出口は今服を脱いでいるだろう方向にしか無い。
そして風呂場のドアノブがひねられた。
「ちょ! エルシアちょっとタンマ! 今は駄目だ! 俺はへんたいおおかみさんになりたくない!」
「……」
「……ん?」
ちらっと目を開けてみるとそこに居たのは……。
「なんじゃ。儂じゃなくてエルシアの方が良かったのかの? ほほほ」
「爺さんてめぇ!」
★
「ふぅ。お風呂入ってさっぱりしたね」
「おう……」
「ほほほ。さっぱりして何よりじゃ」
風呂を上がった後3人はリビングのテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には金貨と地図が置かれている。
ネルガンは地図を指差しながら、あれやこれよと2人に知識を叩き込んでいく。
時間は有限。
残り24時間と少ししか無いのだ。
「儂は明日死ぬのじゃから全財産を2人に託そう」
「とか言って雀の涙程度しか無いってことはないだろうな?」
「それは心配ない。たんまり持ってるからのぅ」
そう言うと一枚のカードを取り出した。
長方形で何かの金属で作られている。
表面にはネルガン・ソニトンと書かれていた。
「これは?」
「銀行で使えるキャッシュカードじゃ。儂の名義になっとるがこの書類も一緒に提出すると良い」
「この書類は?」
「出さないと不正使用で憲兵に牢屋に入れられるぞ」
「ファルト、絶対に出してね?」
「俺をなんだと思ってるんだ?」
「無銭飲食?」
「あれは例えだ……」
街への行き方と金を渡し終えたネルガンは、夕食の準備を始めた。
その間2人は地図を眺めていた。
その後夕食を食べ眠りにつく2人。
1人夜灯に照らされている老人がいた。
「この夜も人生で最後か。この数日は実に生きがいを感じたのぅ……。儂の本業も終わりじゃな……片翼の墓守か。最後は良いもの見せてもらったわい」
1人そっと呟くと紙に何かを数行書き留めた。
それを机の上に置くと床についたのだった。
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