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「こんにちわ、は『こんにちは』っす」
「ううむ……『こんにちは』……『こんにちは』……」
カルミナ師匠の住まう森を出た俺たちは、現在獣王国に向かう行商人の馬車に乗せてもらい、獣王国に向かっていた。
で、今はココに獣人語を教わっている最中である。
……うん、国が違えば言葉も違う。当たり前のことだが俺たちは失念していた。
とはいえ、教えているココは獣王国出身なので当然話せる。
そして俺はといえば、勇者召喚の特典で文字が読めるだけでなく、この世界のあらゆる言語も聞き取れる。
……うん、まぁ言われるまで気づかなかったんだけど。
まぁ、これも言われてみれば当然だった。こういう能力がなきゃ異国どころか異世界の人と言葉が通じるはずもない。
俺ってアホだなぁと思いつつ、ココとニーナを見る。
「ありがとうございますは、『ありがとうございます』っすよ」
「『ありがとうございます』……『ありがとうございます』……」
ココと俺は問題なかったが、ニーナはそうはいかない。
東の大森林というところからやってきたニーナは、獣人語が全くわからないので、こうしてココが教えているわけだ。
俺も手伝いたかったのだが……能力でズルしている関係上、どちらの言語も日本語に聞こえてしまうので教えようがない。
さっきから変な会話に聞こえるのはそれが原因だ。
……まぁ、結果としてはそれで良かったのかもしれない。
「違うっすよニーナちゃん、最初の音にアクセントを置くんす」
「あー、こうか?」
……美少女二人が微笑ましく教えあっている姿、ご馳走様です。
二人だけで絡んでいる姿とか滅多に見かけないからなぁ……俺という異物が存在しない美少女だけの絡み……いいなぁこういうの。
こっちに召喚されてからは我がバイブルである百○姫も読めてないし、こういうところで百合成分を補給しておきたい。
俺、百合が嫌いな男って存在しないと思うんだよね。あ、間に入りたい奴は死んでどうぞ。ていうか殺すわ。地獄の果まで追いかけてぶち殺す。
「……? どうかしたんすかサクヤさん?」
「あ、お気になさらず。俺のことは壁のシミかなんかだと思ってくれ」
「どういうことっすか!?」
ああいいんだよ俺なんか無視してくれて。
はぁー、存在感のないゴミかチリになりたい……。
「冒険者さん、もうすぐ着くよ」
おっと、そんなことをしている間にどうやら到着するようだ。
荷物の間から顔を出して正面を見れば、栄えた街とそれを囲む城壁が見える。
「あの城壁を越えれば獣人たちの国……獣王国だよ」
「うーん……なんか、普通?」
「結構普通の人族も多いな」
なんていうか……建物の建築方式もそんな変わらないし、通行人も獣人だけかと思いきや人族と半々くらい。
……なんか、あんまり道中の街と変わらないぞ?
「そりゃまぁ、ここは国境付近の街っすからね。国同士は緊張状態っすけど、一般人は普通に往来してるっすから」
「そういや警戒されるかと思ったけど普通に歓迎されたな」
城壁前の関所で、冒険者カードを出したらなんだかすごく歓迎されたのを思い出す。
普通、他国出身の戦闘能力の高い人間が入ってくるのは警戒すると思うんだが。
「ああ、あれは帝国の戦力が下がったのを喜んでたんすよ。ほら、Aランク冒険者が一組帝国から抜けて、獣王国に入ってくれば二倍の戦力が動いたわけっすから」
「……スパイとかの可能性もあるだろ?」
「たぶんそこまで考えてないっすよ。それに、なにされようと力でねじ伏せればいいって思ってますから」
「……なんというか……自信過剰、いや脳筋か?」
「まぁ脳筋っすねぇ……実際身体能力だけは強いっすからねぇ獣人は」
「身体能力だけは?」
「ええ、獣人って魔法はからっきしなんすよ。例外はあたしら妖狐族と猫又族くらいで。まぁ、あたしらは代わりに身体能力が普通の獣人より低いんすけど」
物理極振りの種族だったか。
とはいえ、魔法使いなのにソロで戦えるココが比較的身体能力低めというのだから、魔法というアドバンテージがあっても侮れるものではないだろう。
「まぁあたしらは戦争しにきたわけじゃないんすから、気にする必要ないっすよ」
「それもそうだな、争いごとには関わらなきゃいいわけだし」
はっはっはと笑いながら、ふと思った。
あれ、これフラグじゃね?
「ああん? てめぇみたいなガキがなんでギルドに来てんだよ?」
……はい、やっぱりフラグでした。
ことの始まりは、ひとまずココの故郷へ行くために同じ方向へ向かう商隊の護衛依頼なんかがないかと冒険者ギルドにやってきたところだった。
この護衛依頼、基本的についていくだけでいいし、結構美味しいのだ。
んで、依頼を受けようと受付に向かったところで、このおっさんが難癖つけてきたわけだ。
……どうでもいいけどおっさんのケモミミマジきつい。
……いや、まぁ、別に舐められることに特に不満はないんだけどさぁ。東洋人って若く見られるし、実際まだ十七歳のガキだし。
でもさ、こういうイベントってもっと早く起こるものじゃない? 冒険者登録初日とかさ。
なんでAランクになってからこういうイベントが起こるんだよ。
……あー、もうめんどくせぇ。適当に流そう。
「はいはいガキだけど冒険者なんですよ。依頼受けたいんでちょっとどいてくれます?」
「はっ、テメェみてぇなヒョロガキが冒険者たぁ世も末だな! あいにくとお前らみたいな雑魚が受けられるような依頼はこの街にはねぇよ」
「あ、受付の方すみません、BランクからAランクまででいい依頼あります?」
「無視すんなや!!」
あー、もうだから面倒なんだって。
怒り? 湧かないよこんなのに。呆れしかないわ。
あれだよ、感覚的には子犬にキャンキャン吠えられてる感じ。子犬のほうが可愛い分マシだが。
向かい合って、会話してなお実力差もわからない木っ端に何言われてもねぇ……。
「え、ええと……そのランク帯だとBランクかAランクの方でないと受けられないんですが……」
「無視すんなっつってんだろ!」
おっと暴力はいけませんよお客様。
殴りかかってきた腕を軽く受け止めて懐から冒険者カードを取り出す。
「失礼、こちらを出すの忘れてました」
「ああ、どうも……って、ええ!? Aランク!? ワイバーンの討伐に魔族撃退……貴族の不正摘発に……グレーターマンモスの討伐!?」
おお、まるでなろう系小説のテンプレのような驚き方。まさかリアルで見れるとは思わんかった。
ていうかあの腐れ貴族の摘発も功績の一つにカウントされてるんだ。知らんかった。
「この……いってぇ!! いてぇんだよ離せ!」
「おっと、すまんな」
軽くひねるように投げて離せば、荒くれ者は冗談みたいに跳ねて飛んでいく。
狙い通りの軌道で、そのままギルドの出口まで吹っ飛んでいった。
……このくらい、グラインさんならまず掴ませないし、カルミナ師匠ならありえん剛力で掴んだこっちを投げ飛ばしてくるだろう。
ココだって俺の投げようとする力を利用して投げ返すくらいできるし、ニーナなら多分掴んだ瞬間腕を切り落とされてる。
……うーん、もしかして獣人ってそんなに強くない?
「いや、それは流石に早計か」
みたところ巨体はほぼ脂肪でロクに鍛えられてないし、殴りかかってきたフォームからして格闘術の心得もない。
こんなのを獣人全てと同じにするのは流石に甘い考えだな。つーかなんであれで冒険者やってけてるの?
ていうか初の絡まれイベント終わっちゃったよ。あっけねぇなぁおい。
……まぁいいや、面倒は早く終わるに限る。
「んで依頼なんですけど、なんかあります? 護衛とかだと嬉しいんですけど」
「……はっ! あ、はい! 護衛ではないんですが……是非お願いしたいものが一つあります!」
そう言って受付の人が差し出してきたのは、なんとも苦い思い出のあるあの魔物の討伐依頼だった。




