3-08
望月嵐蔵。俺の父方の祖父であり、吸血鬼の能力の使い方を教わった師匠でもある。
父さんは平和な時代に戦いの技術なんかいらないって言って教えてくれなかったからな……一方でじいちゃんは万が一再び人間との戦いになったときに戦えるようにと、俺に戦い方を教えてくれた。
といっても、俺は教わっておきながらあの体たらくだったのだが。
このように、じいちゃんはかなりの武闘派な吸血鬼であり、その武勇伝は枚挙にいとまがない。
……まぁ、大半がフカしだろうけどな。なんだよ海釣りに行ったら頭が五個あるサメと戦ったって、B級映画じゃねぇんだぞ。
他にも千年以上生きてるとか(吸血鬼の寿命はおよそ五百年から八百年ほど)、織田信長を暗殺したとか、新選組と戦ったとか、第一次世界大戦ではナイフ一本で暴れまわったとか、第二次世界大戦では某閣下を上回るほど戦闘機を撃墜したとか……ホントだったら日本負けてねぇよ。
そんな嘘かホントかわからん武勇伝の中に、こんなのがあった。
『儂は六百年くらい前に異世界に行ってな、今流行りの異世界転移モノっぽいのはだいたい経験したぞ』
「はぁー……真面目に聞いときゃよかった……」
大きくため息を付き、うなだれてしまう。
まさか流行りに乗っただけの嘘っぱちだと思っていた言葉が本当だったとは……。
いや、でもわかるわけねぇじゃんあんな妄言が本当だったなんて。そしてその知識が必要になるときが来るなんてさ。
「はぁー……まさかお前さんがあの男の孫とはねぇ。言われてみりゃ目元とか似てるね」
「ああ、よく言われます……じいちゃん、じゃない祖父は他になにか言っていましたか?」
「んー……と、言われてもねぇ……別れるときは帰る方法と暴走を止める方法を探すってことしか……ああ、でも一つだけ言い残してたっけね」
「なんです?」
「『自分と向き合う、その強さを私は手に入れる』……そう言ってたよ」
「……自分と、向き合う?」
……どういう意味だろう?
自分と向き合う……ううむ、そんな哲学的なこと言われてもなぁ……。
「まぁ、詳しいことは私も……おっと、こんな時間に誰か来たね」
話の途中で、ドアをノックする音が聞こえる。
……こんな時間に、あのトラップだらけの森を越えて訪問者?
しかも師匠が気づかなかったってことは、おそらく一切トラップに引っかからず、魔力も極限まで抑えているってことだ。
そんな手練、間違いなく――
ガシャンと窓が割れ、黒ずくめの男が入ってきた。
「吸血鬼だな、おとなしくしていれば楽に殺してやる」
「絶対ゴメンだね」
――厄介な敵、だよな。
「師匠、そっちは任せます!」
「あいよ、私の弟子に手を出すんじゃないよ!!」
すぐさま突き出された剣を躱し、枕元に置いてあった紅椿を抜く。
「お前が力を封じられていることはあの天使族から聞いて知っている。勝てると思っているのか?」
……あの手羽先女、チクりやがった。今度会ったら絶対シメてやる。
「逆に、なんで俺が負けると思ってるんだ? 俺はお前らの想像以上に、鍛えたぞ」
言うと同時に斬りかかる。
夜闇は俺達の味方だ。いかに黒ずくめだろうと、俺の目にはヤツの姿がはっきり見える。
「簡単な話だ」
男に刃が届く、その瞬間だった。
男が何もせぬまま、甲高い金属音が響いて俺の剣が止まった。
見れば、影に潜んでいた男が、黒塗りの短剣で俺の剣を止めていた。
「俺達は三人」
三人、その言葉を理解すると同時に後ろに飛び退る。
その瞬間、さっきまで俺がいた場所に細剣の一撃が飛んできた。
「お前がどれほど強くなろうが、力を失った吸血鬼が吸血鬼狩り三人に敵う道理はあるまい」
そしてリーダーであろう、最初に飛び込んできた男が片手剣を構える。
「ちぃっ! 氷雪縛!!」
「む……」
待機状態にしていた魔力を開放、連中の足を凍らせる。
無論、この程度では一瞬しか時間を稼げない。
だが、俺が欲しいのはその一瞬だ。
破られた窓から、俺は外に躍り出る。
狭い室内では囲まれて終わりだ、開けた場所でなければ三人も相手できない。
飛び出した瞬間、俺は背中を浅く斬られた。
おそらく片手剣のやつだ、短剣では届かないし細剣ではこんなふうに斬れない。
「ちっ……やっぱ足止めにすらならないか……」
振り返れば、俺を追って外に出てくる三人。
……どうする? ヤツの言う通り相手はプロの吸血鬼狩り、前に戦った白装束と同じくらいの実力はあるだろう。
それが三人、いくら強くなったとは言え、勝ち目は薄い。
どうする、逃げるか……? だがココたちを置いて逃げるわけには……。
「外に出たのは失策だったな」
「なにを……ぐうっ……!?」
瞬間、俺の肩に矢が突き刺さった。
飛んできたほうを見れば、弓に矢をつがえる人物が木の上に潜伏していた。
「くっ……!」
今度は魔法、それ認識するのと同時に回避して難を逃れる。
これは……陽光魔法か、ミエルのやつが使っていたやつだ。
こちらも目を向ければ魔法使いの出で立ちをした男がいる。
「五人……かよ……」
「残念、六人だ」
「がはっ……!?」
後ろから、心臓を貫かれた。
血反吐を吐きながら、振り返れば槍を持った男。
……まずい、今の俺じゃあ、心臓を貫かれたら……もたない……。
「がっ……くそっ……!」
槍が引き抜かれた瞬間、俺はすぐさまその場から横に飛び退り、懐から一枚の紙を取り出した。
これは以前、ココがいないと回復もままならないということで作ってもらった、回復魔法のスクロールだ。
これと俺の再生能力を合わせれば、今の俺でもだいたいの傷は回復できる。
「げほっ……はぁ……はぁ……」
大量の魔力を流し込み、スクロールを胸に当てる。
すると回復魔法の術式が働き、心臓が少しずつだが修復を始めた。
「なるほど、便利なものを持っている。あの獣人の女か?」
「ぐ……関係……ねぇだろ!」
スクロールは魔力を通して起動し、紙を当てて部位を確定させれば後は離しても問題ない。
すぐさま血まみれのスクロールを投げ捨てた俺は、紅椿を構えて敵の剣を受け止めた。
「面白い。お前を殺したら、あの女は投獄してそスクロールを量産させるとしよう」
「ふっざけんな……誰がそんなことさせるか!!」
くそ……出血で力が出ねぇ……ぬおっ!?
「くおっ……!」
「ちっ……勘がいい」
慌てて飛び退いて横から出てきた細剣を躱す。
同時に飛んできた魔法を即席の氷の盾で受け止め、蒸発する前にその場から離れる。
それを狙うように飛んできた矢は紅椿で弾く。
そして再度不意打ちで突き出された短剣はバック転で回避し、少しでも着地の隙を減らす。
「やることが……やることが多い!」
「まだまだ増やしてやろう」
「御免こうむるね!」
回避、回避、回避、回避……ああもう攻められねぇ!!
攻めなきゃジリ貧なのに回避しないと死ぬというジレンマ……まずい、まずいぞこの状況。
しばらくすれば目を覚ましたココとニーナが助けに来てくれるだろうが……それでも六対三はまずい、今のうちに減らしておかないと……。
「ぐっ……あ…………!?」
……そんな焦りのせいだろうか。
「隙だらけだぞ」
黒塗りの短剣が、俺の心臓を貫いた。
……まずい、回復も終わってないのに、この傷は……。
やばい、意識が、もう…………。
――そして、俺の意識は闇に堕ちた。